祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか


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作:刈刈シテキタ刈
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第29話【Vendetta】


 

 

 

 

 アイズ達を追ってダンジョン中層を駆け下りてきたフィルヴィス達は、遂に24階層まで辿り着いた。

 目指す場所は、北の食料庫(パントリー)。理由としては、大量のモンスターの死骸が北の方角へと続いていたからである。

 夥しい灰の山という痕跡から、これがアイズ達の仕業であるとレフィーヤ達は確信したらしい。

 

 前衛のベート、中衛のフィルヴィス、後衛のレフィーヤによって構成されたパーティは中層のモンスターをものともせず、アイズ達の足跡を追う。

 

「あの、ベートさん……?」

 

「ああ?」 

 

 そんな折、レフィーヤが唐突に足を止めて周囲に視線を巡らせた。

 おずおずとベートに声をかけるものの、それ以上何も言わずに辺りを見渡す。

 

「どうかしたのか?」

 

「えっと、いえ、その……」 

 

 何か気になる事があるならば、さっさと報告すれば良いのだが。

 フィルヴィスの問いにもレフィーヤは言い淀んで、首を傾げるばかり。

 

「何もねえんだったら行くぞ。食料庫(パントリー)までもう少しもねえ」 

 

 そうして、怪訝な顔をしたベートに急かされるまま、一行は食料庫(パントリー)への進行を再開する。

 最後尾に居たレフィーヤも来た道を一瞥したのち、早足で彼らの後を追った。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 やがて、彼女らが立ち去った通路に、音もなく一つの影が現れる。

 それは、黒い外套を身に纏い、不気味な紋様が刻まれた仮面で相貌を覆い隠した人物だった。

 

 仮面の人物は先行するレフィーヤ達を追跡しながら、頭の中で思考を巡らせる。

 これから接敵する冒険者の中で、特に警戒すべき存在について。

 

 ロキ・ファミリアに所属する【剣姫】、及び【凶狼(ヴァナルガンド)】。言わずと知れた第一級冒険者。

 

 そして、【彷徨う者(ストレイド)】。

 

 彼らに対抗できる怪人(クリーチャー)は、()()()()()()。あれ程の戦力を前に、彼女だけで宝玉を守り切るのは厳しい。

 申し訳程度に配置された闇派閥(イヴィルス)の連中では、時間稼ぎが関の山だろう。

 

 宝玉の状態を確認し次第、食料庫(パントリー)を放棄して早急に回収すべき。というのが、仮面の人物の判断だった。

 

『………………』

 

 懸念点は幾つもある。だが、行動しなければ計画に支障をきたしてしまう。

 この先で何が待ち受けていたとしても、必ずや為さねばならないのだ。

 

 そうして、仮面の人物は極限まで気配を殺し、黒い外套を翻しながら食料庫(パントリー)へと歩き出した。

 

 

 

━━━━━━────────────

 

 

 

「ちっ……アイズの奴、何に巻き込まれてんだか……!」

 

「………………」

 

 生物の体内めいた異界の通路を、フィルヴィス達は食人花の残骸を辿って駆け抜ける。

 不気味なまでに変容した食料庫(パントリー)の様相は、目の当たりにした彼女らの足を逸らせるには十分過ぎた。

 

 食料庫(パントリー)の最奥にある大空洞には、特大の石英が存在する。

 モンスターの栄養源となる液体を生む水晶の大主柱は、光を放ち大空洞を常に照らしているのだ。

 24階層の大主柱は赤水晶。通路の先にある赤い光を目視し、一行は終着点まで残り僅かであることを悟った。

 

 やがて、最深部まで近づくにつれて聞こえてくるのは、人間のものと思しき怒号と戦闘音。

 それに加えて、幾重にも連なるけたたましい食人花のものと思しき咆哮と爆発音。

 

「──────!」

 

 そして、光の方まで駆け抜けた先で彼女達を待ち受けていたのは、これまでと同様に緑の肉壁に侵食された大空洞だった。

 差異を挙げるとすれば、大きさが異なった無数の蕾が緑壁の至る場所から垂れ下がっている事。

 そして、宿木めいた様子で大主柱に絡みついた三体の巨大花か。

 

 周囲に視線を巡らせれば、冒険者の一団に対して、白いローブの集団と食人花の群れが雪崩れ込む光景が目に映る。

 戦況は冒険者側が劣勢。数の暴力と命を厭わぬ自爆特攻によって、彼らは追い詰められていた。

 

「ったく、どういう状況だっての!」 

 

 即断即決。混沌とした光景に悪態を吐きながらも、ベートは食人花が襲い掛かっている勢力、つまり冒険者側に与するという判断を取った。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 彼の後に続くように、レフィーヤも詠唱を開始。それに伴って、フィルヴィスは動けない彼女の護衛に回った。

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

 

 レフィーヤの魔力に反応した食人花が大挙して襲い掛かってくるが、フィルヴィスが短剣と超短文詠唱を駆使し、次々と退けてゆく。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!!」

 

 詠唱の完結と共に、彼女の足元に展開された魔法円(マジックサークル)が励起状態に移行する。

 何重もの円によって構築された紋様は、【魔導】の発展アビリティを有する卓越した魔導士の証だった。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 そして、杖を前方に構え、レフィーヤは魔法の名を発した。

 

 直後、放たれたのは燃え上がる鏃型の魔力弾。夥しい火の雨が宙に弧を描き、食人花目がけ殺到する。

 着弾と同時に轟音が響き渡り、大空洞のおおよそ半分が炎の海へと変貌する。

 

「………………」

 

 モンスターの群れを全滅させたレフィーヤを横目に、フィルヴィスは改めて辺りを見渡す。

 目視出来るのは、各所に点在する焼死した亡骸と冒険者の一団、そして食人花。

 

 先行していた筈のフェイドの姿は、何処にも見当たらなかった。

 食人花の焼死体の中に、彼が紛れている可能性は否めないが。

 

「お前……確か、レフィーヤ!?」

 

「えっ、ルルネさん!?」 

 

 フィルヴィスがそんな可能性を危惧していると、レフィーヤの知己と思われる犬人(シアンスロープ)の少女が駆け寄ってくる。

 この食料庫(パントリー)を占拠した勢力と敵対する冒険者の一員だったようで、その身体は傷だらけだった。

 

 そうして、話に割り込んできたベートがアイズの行方について、ルルネへと詰問している中。

 大主柱の根本付近に立つ、とある男の姿がフィルヴィスの目に留まる。

 

「──────」

 

 それは、全身を白ずくめの衣装で包み、相貌をモンスターの頭骨で覆い隠した男だった。

 剣呑かつ殺気立った感情を湛えた黄緑の双眸が、眼窩の奥から覗いている。

 

「………………っ」

 

 きっと、あの男こそが元凶だ。そんなルルネの叫びに、フィルヴィスは奇妙な胸騒ぎを覚えた。

 

 決して、あの男を生かしておくな。そんな不可解な叫びが、フィルヴィスの頭の中で反響した。

 

「───私達の事情は後で全部説明する、だから今はアスフィを……!」

 

 仲間の助命を懇願するルルネの声によって現実に引き戻され、フィルヴィスは短剣を握り直す。

 そのまま、双剣を装備したベートの後に続くようにして、前へと駆け出した。

 

 フィルヴィス達の参戦によって戦局は変わり、食料庫(パントリー)の最奥部にて攻防の第二幕が催される。

 群れを成す食人花の咆哮が、奮戦する冒険者たちの雄叫びが、大空洞に響き渡る。

 

 

 

 そうして、敵味方が入り乱れる乱戦の折。

 

 

 

 フィルヴィスが抱いた予感は、的中する事となる。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 一方その頃、食料庫(パントリー)の大空洞から外れた通路にて。

 アイズとの共闘を選択したフェイドは、彼女の援護に徹していた。

 

 対峙するレヴィスに【雷の槍】を投擲して牽制し、必要に応じて【炎術のロングソード】で挟撃し、アイズの攻勢を補助する。

 フェイドの後押しを一身に受けたアイズは、怒濤の勢いでサーベルを振るい、続々と攻撃を仕掛けてゆく。

 

 刀身に風を乗せ、全身に風を纏い加速する。使用者に絶大な効果を及ぼす攻防一体の付与魔法(エンチャント)

 嵐のように縦横無尽に躍動するアイズの姿は、かつて相見えた失地騎士や宿将を想起させた。

 

「………………」

 

 オラリオでも屈指の実力者であるLv.6、【剣姫】との共同戦線。

 彼女の援護をすれば、人外めいた能力を有するレヴィスであっても無事では済まない。

 

 

 

「はははは……! お前はもう出しゃばらない方がいいんじゃないか、アリア?」 

 

 

 

 といった事はなく、レヴィスは尚も健在だった。

 

「くっ……!」

 

 大小様々な傷を与えられながらも、致命傷には届かず。忽ちの内に回復しては、戦闘を続行する。

 そんな、余裕綽々と言ったレヴィスに歯軋りし、アイズは風の出力を上げて斬撃を見舞う。

 

「………………」

 

 何重もの旋律を奏でて繰り広げられる剣戟。それらを眺めながら、フェイドは己の失策を悟った。

 レヴィスという怪人(クリーチャー)が、Lv.6の実力者をも凌駕する猛者である事を考慮していなかった。

 

 加えて、フェイドが得意とするのは、純粋な一対一での戦い。

 協力者が居れば生存確率は上がるが、その分だけ敵の挙動(モーション)の見極めに齟齬が生じる。

 たとえ、それが誤差程度の違いであったとしても、寸分の狂いが与える影響は計り知れない。

 

 フェイドにとって戦いを共にする者の存在は、言うなれば立ち回りを搔き乱す不確定要素。

 フェイドが単独の敵に対して遺灰を積極的に使わないのも、それが理由だった。

 

 レヴィスを相手に使える時間は有限。アイズの援護に使える精神(FP)も同様だ。

 このまま徒に共闘を続けていては、敗北を喫するのはこちら側である。

 

 などと、考えていたところで。

 

 

 

 所持品の中のとある物が、()()()()()

 

 

 

「っ……私、まだやれます……!」

 

 やがて、沈黙するフェイドを横目に見たアイズは、彼の傍に降り立ちながら続行の意思を表明する。

 

 アイズには、為さなければならない目的がある。滅ぼさなければならない存在が居る。

 それは、目の前のレヴィスに屈服するようであれば、到底叶わない悲願なのだ。

 

「………………」

 

 だが、フェイドはアイズの言葉に何も反応せず、閉口したまま佇んでいた。

 このままでは見限られてしまう。彼の沈黙に内心慌てたアイズは、更に言葉を重ねようとする。

 

「今の言葉は本当か」

 

 すると、口を開く前にフェイドは問いかけてきた。今の言葉に嘘偽りは無いのかと。

 突然発せられた質問に若干驚くが、ややあってアイズは眦を決した。

 兜の隙間から覗く瞳を見つめ返し、首を縦に振る。自分を信じて任せてほしいと。

 

「分かった」

 

 アイズの首肯に淡々とした返事を述べると、フェイドは持ち手の付いた鈴を取り出す。

 そのまま、彼は右手で四角い物体を掲げ、左手で鈴を振り鳴らした。

 

 それに伴って辺りに鳴り響くのは、清らかな音色。

 

 何処からともなく灯るのは、淡い色の霊炎。

 

『──────』

 

 そして、その霊炎に誘われるかのように、2Mを優に超す巨躯の騎士が現れた。

 

 龍を象った意匠の兜に、重厚な全身鎧。自らの巨躯すらも超える大きさの斧槍(ハルバード)

 身に纏う気配からして、並々ならぬ強者であることが窺える。

 

 この騎士を加えた三対一でレヴィスと戦うのか。アイズがそう思った矢先。

 

「此処はお前に任せる」

 

 フェイドは踵を返し、この場から去ろうとした。

 

「貴様、何処へ行くつもりだ」

 

 突如として行われた奇行を遮るようにして、レヴィスが声を上げる。

 表情は依然として変わらないものの、彼を見据える眼差しには赫怒が込められていた。

 

()()()()()()

 

 そんな彼女に対して、フェイドは淡々とした声色で告げる。この場でお前と戦うよりも、重要な用事が出来たのだと。

 

「──────」

 

 その発言が引き金となったのか、レヴィスは泰然とした表情から一変。

 眦を吊り上げ、眉を逆立て、殺気を迸らせながらフェイドへと飛び掛かる。

 

「───ちいっ!」

 

 だが、フェイドに振り翳した凶刃は、霊体の騎士が差し込んだハルバードによって防がれた。

 地面を踏みしめ、横に薙いだ斧槍によって暴風を引き起こし、彼女を退ける。

 

【失地騎士、イングヴァル】。

 

 かつて、嵐の王の双翼として名を馳せた失地騎士の霊体。

 王の居ない城を長きに渡り守り続けた、ストームヴィルの英雄。

 アイズとの相性を鑑みた結果、フェイドはこの騎士を召喚した。

 

「俺と戦いたいのなら、そいつらを殺してから来ればいい」

 

 フェイドは去り際にそう言い、指笛を鳴らしてトレントを召喚する。

 最早、彼の意識はレヴィスやアイズ達には向いていなかった。

 そのまま、蹄の音を打ち鳴らしながら通路を駆け抜けて行く。

 

 

 

 今朝、交わした約束を果たす為に。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 食料庫(パントリー)の最深部に位置する大空洞は、混沌の様相を呈していた。

 咆哮、爆発、雄叫び、剣戟、断末魔。戦場に響き渡るのは、そんな数多もの殺伐とした旋律だった。

 

 牙を剥いて涎を撒き散らし、大挙して襲い掛かってくる食人花。

 自らの命も厭わず、自爆特攻を仕掛けてくる白いローブの集団。

 それらを相手に、決死の面持ちで徹底抗戦する冒険者達。

 

 そして、第一級冒険者、ベート・ローガと互角に渡り合い、食人花を自らの手足のように使役する白ずくめの男。

 自らの怪物じみた膂力を誇示するかの如く振るう、紛れもなく難敵だった。

 

 だが、フィルヴィスの援護と、瀕死のアスフィによる不意打ち。レフィーヤが咄嗟に効かせた機転。

 そして、それらが生み出した隙を見逃さず、ベートが繰り出した会心の蹴撃。

 

「………………」

 

 底力を見せた冒険者達の反撃によって、白ずくめの男は現在沈黙していた。

 

 伴って、ヘルメス・ファミリアによって食人花と白いローブの集団も撃破され、大空洞に束の間の静寂が訪れる。

 入れ替わるようにして、大主柱に絡みつく巨大花の拍動が、大空洞を微かに揺らす。

 

「………………」

 

 そのまま、ベートの一撃によって舞い上がった煙が徐々に晴れてゆき、向こう側の景色が見えてきたところで。

 

「……惜しかったが」

 

 固唾を呑んで見守っていた者達の肩が、一斉に跳ねた。

 何故ならば、白ずくめの男は仕留め切れていなかったから。

 

 防御に用いた両腕の損傷は著しく、前腕は折れ曲がって焼き焦げた出血の跡が残っている。

 他にも胸を始めとした部分の戦闘衣は大きく破け、薄紅色の血肉を晒していた。

 白骨の鎧兜も破壊され、くすんだ色の長い白髪が流れ出ている。

 

()()に愛された体が、この程度で朽ちるわけがない」

 

 血の気のない男の唇が動く。俯いて目もとを隠す前髪の下で、彼は薄気味悪く笑う。

 

「っ………………」

 

 その言葉と共に男の身体は蒸気に包まれ、ゆっくりと再生を開始する。

 煙が完全に晴れる頃には、与えられた諸々の傷の殆どは癒えていた。

 

 魔法を行使した気配は皆無。つまり、これはこの男が有する自己治癒能力。

 眼前で繰り広げられる人外めいた光景に、全ての者達が声を失っていると、男がおもむろに顔を上げる。

 

「──────」

 

 その瞬間。病的なまでに白い男の相貌を見て、フィルヴィスの時間は停止した。

 

「フィ……フィルヴィス、さん?」

 

「……どうして」 

 

 呆然とするあまり、異変に気付いたレフィーヤに反応を返す余裕も無い。

 彼女が見つめる横で、フィルヴィスは震える唇でその名を呟く。

 

「オリヴァス・アクト……」

 

白髪鬼(ヴェンデッタ)】という二つ名を付けられた賞金首。悪名高き闇派閥(イヴィルス)の使徒。

 

 そして、27階層の悪夢の首謀者。

 

 彼自身も、自らがおびき寄せたモンスターの餌食となり、下半身だけを残して死亡が確認されていた。

 そんな死者の出現に居合わせた冒険者達は、目の色を変えて狼狽える。

 

「ふっ……はははははは!」

 

 彼らの驚愕など知った事ではないと言わんばかりに、オリヴァスは喜びとも恍惚とも知れぬ表情を浮かべた。

 

「………………っ」

 

 視線を向けていれば嫌でも目に入ってくるのは、食人花の体皮に酷似した黄緑色に染まる二本の足。

 そして、先程の一撃によって皮膚と血肉が抉れた胸部。その中心に埋め込まれた、極彩色に輝く結晶。

 

 ここまで来れば、否が応でも認めざるを得なかった。オリヴァス・アクトは27階層の悪夢を経て成り果てたのだと。

 

 フィルヴィスと同じ怪人(クリーチャー)に。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ! 他ならない、()()に!!」

 

 哄笑と共に紡がれる言葉が、立ち尽くすフィルヴィスの中で反響した。

 彼の言葉を肯定するかのように、大主柱に寄生する雌の胎児が大きく胎動する。

 

 嬉々とした言動で自らの祝福を謳歌するオリヴァスを、その場に居合わせた誰もが、悍ましい存在を見る目で眺める。

 

「っ……っっ……」

 

 目眩と吐き気を堪えるので精一杯だった。

 

 あんな悍ましい男と同類の怪人(クリーチャー)に、フィルヴィスは成り果てたのだと。

 冒険者達があの男に向ける視線は、本来フィルヴィスにも向けられて然るべき視線なのだと。

 

 そうして、打ちひしがれるフィルヴィスを置いて行くかのように、刻一刻と状況は動いてゆく。

 

 

 

 ()()の願いを叶えるため、オラリオを滅ぼす。

 

 

 

 そんな宣言と共に、オリヴァスは大主柱に巻き付いていた巨大花を嗾けた。

 

「蹴散らせ」

 

 オリヴァスの命に従い、巨大花が動く。超重量の体を蚯蚓のごとく蠕動させ、周囲の冒険者達を纏めて薙ぎ払おうとする。

 階層主をも凌駕するその巨体は、蛇行のみで冒険者を轢殺し得る威力を有していた。

 

「………………」

 

 やがて、堪らず散り散りに逃げ回る面々を横目に、フィルヴィスは歩み寄る。

 

 愉快そうに歯を剥いて、一方的な蹂躙を見物するオリヴァスへと。

 

「オリヴァス・アクト」

 

 冷え切った声色でフィルヴィスが声を掛けると、彼は怪訝そうな面持ちで振り返ってきた。

 

「……ああ、お前もあの計画の生き残りか」

 

 瞋恚の念を湛える双眸を受け、フィルヴィスが27階層の悪夢の生き残りであると察したオリヴァスは、そう呟く。

 

「貴様をあしらってやるのも一興だが……同胞を放っておいていいのか、エルフの娘よ」

 

 しかし、相手をするつもりは無いと言わんばかりに、彼はとある方向へと目を向けた。

 

「──────!」

 

 促されるまま、そちらを見れば。視界に映るのは巨大花が暴虐の限りを尽くす戦場。

 そして、冒険者達に紛れ、巨大花と食人花の蹂躙に曝されたレフィーヤ。

 

「仲間が死んだらしいが……今度は、あのエルフも見殺すのか?」 

 

 四方八方からの激しい攻撃によって、全身が傷だらけになってゆくエルフの少女の姿が、赤緋の瞳に映り込む。

 

 フィルヴィスに突きつけられたのは、二択。

 

 前方のオリヴァス、後方のレフィーヤ。どちらを取るのか。

 怨敵を殺す復讐、仲間を救う高潔。どちらを捨てるのか。

 

「くっくっくっ……」

 

 フィルヴィスがどちらを選択するのか、オリヴァスは醜悪な笑みを浮かべながら待ち構えている。

 

 悪夢だった。斯様な悪意を振り撒くオリヴァスが、怪人(クリーチャー)としての素質を有しているという事は。

 口の端を吊り上げ嘲笑うあの男と、フィルヴィスの根本は、()()からすれば然程変わらなかったという事なのだから。

 

 目の前に立つオリヴァスが指し示す事実は、どう足掻いても変えられない現実は、フィルヴィスを酷く苛んだ。

 

 こんな時、(フェイド)が傍に居てくれたなら。

 

 そんな都合の良い妄想をしてしまう程度には。

 

「っ──────」

 

 だが、彼は此処に居ない。

 

 そして、選ばなければ状況は悪化の一途を辿る。時間はこちらの選択を待ってはくれない。

 己にそう言い聞かせ、震える心を無理矢理奮い立たせ、フィルヴィスはレフィーヤを助けようと踵を返す。

 

「──────」

 

 刹那。大空洞の壁が、大規模な爆炎によって焼却された。

 

 それと同時に、レフィーヤに襲い掛かっていた食人花の群れも焼き払われる。

 続々と放たれる十一発の火の玉が、爆音と共に食人花の断末魔を無数に生み出してゆく。

 

「なんだ!?」

 

 やがて、驚愕するオリヴァスの視線の先。

 

 

 

 燃え盛る業火の中から、一人の男が姿を現した。

 

 

 

「──────ぁ」

 

 真っ直ぐにこちらへ歩み寄って来る全身鎧の男を見つめ、フィルヴィスはふと気づく。

 一つだけ、たった一つだけ。オリヴァスとの間には決定的な違いがあったのだと。

 

「フィルヴィス」

 

 それは、一途にこちらを想ってくれる、仲間の存在だった。

 何度も聞いてきた抑揚の失せた声が、フィルヴィスに発せられる。

 何度も見てきた色彩の褪せた瞳が、フィルヴィスに向けられる。

 

「っ……どうして……」

 

 どうして、お前は来て欲しいと思った時に来てくれるんだ。

 

 瞼を閉じて俯き、熱くなる双眸を隠しながらフィルヴィスは問いかける。

 

「お前が俺を呼んだからだ」

 

 フェイドの言葉に呼応し、右手の薬指に嵌められた【白い秘文字の指環】が淡い光を放った。

 どうやら無意識の内に、この指輪で彼を呼んでしまっていたらしい。

 

「そうか……」

 

 濡れた目元を袖で拭ったのち、フィルヴィスは警戒を示すオリヴァスへ向き直って眦を決する。

 レフィーヤが窮地を脱した以上、後顧の憂いは断たれた。残された選択肢は一つのみ。

 

「……頼む、力を貸してくれ」

 

 今この瞬間を以って、【白巫女(マイナデス)】、フィルヴィス・シャリアは受容すると決めた。

 

「私は、あの男を殺したい」

 

「分かった」

 

白髪鬼(ヴェンデッタ)】に復讐するという、昏い感情を。

 

 

 

 己の胸に埋め込まれた、極彩色の穢れを。

 

 

 





ヒロインの(精神的な)ピンチに参上するのは主人公の特権。

というわけで、次回はフィルヴィスとの共闘となります。
なんだかんだ描写してこなかった部分なので、楽しんでいただけると幸いです。

読んでいただきありがとうございました。
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