「まず、君が欲するメリットの中身を教えて欲しい」
「んー……私は装備品を集めるのが趣味でね。価値の高い装備であればあるほどいい……それか腕のいい鍛冶師を紹介してもらえると嬉しいな」
親指を舐めて頭を働かせるフィンは、ミストを味方に引き入れるために必要なのは誠意や下手に出ることではなく、打算による繋がりの方が的確であると考えた。事実、ミストはオラリオ最大派閥である【ロキ・ファミリア】の主神たるロキが頭を下げようとも、微塵も価値を感じない。ミストは神時代ではなく古代に生きる者たちに近い価値観を持っているのだろうと推測した。
本来なら適当にあしらって、しつこいようなら全員殺してもいいかとも考えたミストだが、自らの武器を整備する者がいないことに思い至って話を続けていた。かつて狭間の地でミストの持つ武器を鍛えていたのは、円卓の鍛冶師であるヒューグだったが、当然この世界に彼はいない。鍛冶道具を渡されれば、自らの手である程度の整備はできるが、本格的な整備をするにはやはり本職の者でなければ信用できない。ミストにとって戦場で最も信頼できるのは己自身ではなく、手に持っている武器だけなのだ。
「いい鍛冶師か……そう言えば君は【ヘファイストス・ファミリア】のテナントを眺めていたね。お眼鏡に適いそうな鍛冶師はいそうなのかい?」
「ヘファイストスか……正直、心奪われる武器は幾つかあった」
「なんやファイたんの所か。そらオラリオ随一の鍛冶ファミリアやしな」
取り敢えず、ミストが【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師に興味を持ってもらえたことに、フィンは安堵の息を吐いた。ヘファイストスでも足りないとなれば、この世界には彼ら以上の鍛冶師が存在しない事実と共にメリット足りえなくなってしまう。
探索系最大派閥として、鍛冶ファミリアである【ヘファイストス・ファミリア】とそれなりに良好な関係を築いている【ロキ・ファミリア】としては、簡単な話ではあった。
「当然それ以外の要求もあるだろう。他にはなにかあるかい?」
「なにか? 装備以外には何もないが?」
「……ほんま神みたいな気分屋やなぁ」
装備以外に特に言うことはない。そもそもミストとしても、色々な武器を振るうのが好きなだけであり、別段装備に拘って生きている訳ではない。ただ見たことのない形の武器があれば振りたくなり、振れば満足する。その程度の価値観しかないミストにとってみれば、装備に拘る冒険者の方が異常である。
まるで神のように好奇心の向く先がころころ変わるミストに、ロキは大きな溜息を吐いた。天界でも様々な神を見てきたロキとしても、異質と言えるその明らかなまでの達観的な思考は、彼女の秘密に関係しているものであると推測していた。
「ほんで自分は
「彼らが面白いことをするのならば味方するよ」
「うちらとこんな話しといてか?」
「邪魔になれば消せばいい。いつものことさ」
言葉と共に圧倒的な殺意を向けられたロキは、頬を引き攣らせていた。フィンも暴れるように疼く親指を抑えながら、ちらりとミストへと視線を向ける。彼女の目は嘘をついていない真っ直ぐなもの。つまり、彼女は本当に自分の利にならないと判断した瞬間に【ロキ・ファミリア】を滅ぼしてしまうだろう。
「……肝に銘じておくよ。君とは争わないと、ね」
「私は殺り合ってもよかったけどね」
「勘弁してくれ……相手にもならないだろう?」
「多分ね」
都市最強派閥と言われている【ロキ・ファミリア】であろうとも相手にならない。傲慢なように聞こえる言葉だが、そこには自分の実力を等身大に評価している戦士としての自信があった。そして、なによりフィンは親指の疼く感覚から彼女がまだ特大の秘密を隠していることを察して、乾いた笑みが自然と出ていた。
「……ほんまに、自分は何者なんや?」
「私は私だよ。神ロキ」
ゆっくりと立ち上がったミストは、ロキを見下ろすようにして微笑んだ。
「……得体の知れない存在だとは思っていたが、これ程までとは思わなかったよ」
「せやなー……」
【ロキ・ファミリア】のホームである『黄昏の館』から去っていくミストを見送りながら、フィンは大きな溜息を吐いた。初めて会った時から強いとは思っていた。しかし、そんな認識では甘い存在であることを今回の会話でようやく理解することができた。そして、その力が彼女の気分次第ではオラリオに向かって放たれる可能性すらも。
「普段は温厚であんまり騒がん。けど売られた喧嘩は絶対に買う。執念深くて一度敵と見た相手は絶対に逃がさないって感じやな」
簡潔にまとめたミストの特徴を聞いて、フィンは再び大きな溜息を吐いた。
「鍛冶師を紹介するだけで味方になってくれる……訳はないよね」
「んー……そのベル・クラネル言う奴に手を出さなきゃ問題なさそうに見えるけどな」
強大な力を持つミストが気にかける英雄の素質。彼女の言葉を信じるのならば、ベル・クラネルという人物は【ロキ・ファミリア】に所属しているどの冒険者よりも優れた素質を持っているらしい。
「この先あんな奴が闇派閥に与しようもんなら……オラリオは終わりや」
彼女が持つ秘密を全て暴き出せた訳ではない。今回のことでわかったことなど、彼女が異世界からやってきた存在であり、ベル・クラネルという人物に一定の執着心を持ち、現在オラリオにおいて最も強く最もあやふやな存在であるということだけである。
「今回のことではっきりしたんは、あれの伴侶とやらには手を出すなってことだけやな」
「……姿を見たのはロキとアイズだけなんだろう?」
「まぁな……けどなんも知らんで?」
「知らない方が好都合だろうね。誰かが利用しようものなら、オラリオごと滅ぼしかねない」
誇張表現ではなく、ミストルテインは本気でそうするだろう。そう思わせるだけの雰囲気が彼女にはあった。
結局、ロキとフィンはミストに対してこれからどう接していくのかを答えを得ることもできないまま、ミストを見送ることしかできなかった。