こんにちは、ポスト田イット乃です。
本日は随筆を。
父親がワンダーフォーゲル部だった、だから私は生まれた。ワンダーフォーゲル部は国土確認活動を目的とする部活だ。自国の山や里にいき、その有り様を確認する。健全なナショナリズムを育むドイツ発祥の部活であることなどをユースホステルの冊子で読んだ。
父が部活で向かった島に母がいたから、私は生まれたのだ。海は父母らの思い出の中心で、海の遠い京都暮らしに私は消耗していた。そんな父母らから離れたかったから私は京都にいるのだ。私のわがままなのだ。しかし、京都の家を買ったあとに、海の遠さと魚の高価さに落ち込むことも多かった。
先日、幼い子ども2人を連れて手漕ぎボートで海に漕ぎ出した。凪の海は素晴らしく、しかし、子ども心にそれは届かず、ボートの上で喧嘩を始めた。案の定である。漕いでいる私は楽しいが子どもは暑いだけなのだ。1時間借りて返したが海水浴の方が余程楽しかったようだ。大人二人で来ていたらボートの上から下りて海の生き物が溢れる海をスノーケリングできたな、と少しの後悔がわいた。
海の写真をLINEで母に送ると、子ども連れで一人で海に行くなんてと散々なじられた。変わらない過保護に心がいじけることもなくなったのが、大人になった証だ。先日Twitterで拾った「過保護は自立の芽を育み、過干渉は自立の芽を摘む」とはその通りだと独りごちる。母は文句や心配は言うが、私の前を遮ったことはなかった。
帰りのラジオで美浜原発の新原子炉の土地の計測が始まったことを知った。国土の確認をした分だけそれが身近に感じられるようになる。観光地にしては砂利と磯の多い海、それゆえ人が少ないので子連れ旅に持ってこいな海。頭ごなしに原発反対とは言わないけれど、万が一が起こったら思い出がある分辛くなるのだろうと覚悟をした。
お読み下さりありがとうございます。