先回記事末部より
次の一文に注目してください。
「愛の種があり、それが相対を中心として吸収してみたところ、神様自体が性相と形状によって構成されるようになりました。」
たった一人で性相と形状が完全一体となっていた神様が、形状が対象であることに覚醒した段階での、神様自身による感動のみ言に他なりません。無意識世界と意識世界で展開される「見えない宇宙の中」で、自己中心的な喜びを得て存在していた神様です。知情意の思考展開の機能は、形状のエネルギーの持つ作用の力によって、法則性に則り、意識世界と無意識世界を存在環境として情的喜びを展開させていたのです。
知情意の心の機能は、作用と完全一体となって思考展開されていました。知情意の機能は、エネルギーから起こる作用があって展開し、作用がなければ機能も「無」の状態です。つまり、機能と作用は分けることができない状態で思考展開は為され、その思考展開そのものが神様自身の喜びを展開させていたのです。
その状態から知情意の機能と作用を、神様自身がなにゆえに分けて捉えることができるようになったのかについて、真のお父様はヒントを与えてくださっているのです。それが次のみ言です。
宇宙の根本 第二章人間創造と愛の理想の完成 1)愛の絶対価値①人間の男性と女性
神様の愛と人間の愛がいつ一つになるのかということが問題です。これが歴史的な問題であり、宇宙創造以降の重大な問題です。これが解決されない限り、宇宙の根本が解決されない限り、絶対に結果が解けないのです。真の愛を中心としては、神様は核の位置に立たなければなりません。それでは、アダムとエバは何でしょうか。アダムとエバは、核を包み込む二つのかけらと同じです。皆さん、くりのようなものを見れば、二つのかけらになって胚芽を包んでいるでしょう? それと同じように、神様を核として、男性と女性が愛を中心として完全に一つになるのです。(177-142, 1988.5.17)
いよいよ、このみ言に込めた真のお父様の祝福家庭に対する真の愛が、より多くの祝福家庭の方々に理解してもらえる時が来たようです。
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真のお父様の生心には、夜の神様が臨在しておられたのです。2021年3月23日に二代王様がそのことを再度公表するまでは、祝福家庭のほとんどの方々が、本当の事だとは受け止めることができなかったのではないでしょうか。2012年1月29日に亨進様が家庭連合の世界会長として公表されましたが、そのことについて真剣に受け止めることができた食口はほとんどいなかったのです。
真のお父様の生心に、夜の神様が臨在しておられることが明確になっている三代王権のもとにある私たちです。真のお父様が語っておられたみ言は、神様御自身が語られていたみ言として、私たちは再度真剣に向き合い、理解し直さなければならないのです。
「真の父母様の本体論」は、真のお父様のみ言の解釈に徹して解説してあるものです。真のお父様は自ら執筆した原理原本について、「比喩と象徴の表現による詩的文体で書かれているので、私が直接に解説しなければ意味が分からない。」と語られていました。しかしこのことは、原理原本に対してだけではなく、真のお父様が地上で語られたみ言の本質的内容に迫れば迫るほどに、人間的思考を超えるとてつもなく高度な比喩と象徴の詩的文体になっているのです。
2003年8月頃の亨進様とヨナ様の「天愛夫婦」と称された「絶対性」の関係性から、三代王・信俊様の生命が与えられました。そのことが重要基点となって、2004年5月5日に双合十勝日の宣布が成されました。
2006年6月13日真のお父様のみ言より
それから三年(神様王権即位式から)、台風のように吹きつける天運の鍵を握り、一日を千年のように走って勝利した真の父母様の基台の上に、天はついに2004年5月5日、「双合十勝日」を宣布しました。長き恨の歳月の先天時代を閉じ、この地に新天新地を創建できる後天開闢の時代を開いてくださったのです。実体的にこの地球星を天の前に還元させるための歴史的大革命の出発でした。
「実体的にこの地球星を天の前に還元させる」というみ言も、比喩と象徴で表現されたものです。神様の真の愛が完成基準に達しておられるので、被造世界すべてを存在させている心情エネルギーが、神様が構想した「神人愛一体理想」を実現できるエネルギーに到達したことを表しているのです。
この時を基点として、2003年8月以前の「神様の誕生」に関わるみ言は、問題提起の意味で語られていました。それ以降のみ言は問題提起に対しての回答として、凄まじいまでに高度な比喩と象徴の詩的文体で語られているのです。
私の記事に対して、いつ明確な答えを書くのかとじれったく思う方々も多いでしょうが、「見えない神様の教本」として語られた真のお父様のみ言は、読んですぐに理解できるようなものではありません。また、解説されたところで、その内容は人間としては体験できない神様本体の異次元世界での内容です。
心の真っ芯から悔い改めて、自分が築いた概念や観念を捨て去って臨んだ時に、聖霊は私たちの心を対象となって導いてくれるのです。
1990年10月21日の次のみ言は、凄まじいまでの比喩と象徴の詩的文体なのですが、通常の文章として読んでも「真の愛」に関する重要なヒントが込められています。
「愛の種があり、それが相対を中心として吸収してみたところ、神様自体が性相と形状によって構成されるようになりました。」
「愛の種」とは神様の心に生じたものですが、それが生じた神様は「相対を中心として吸収してみた」と語られているのです。神様を主体とし、神様を中心にして吸収したのではなく、相対となる対象を中心にして吸収したというのです。
私たちはこのことを真剣に受け止めて、「真の愛」を考察しなければならないのです。実際に神様は、私たちに働こうとするときに、聖霊の働きとして一人一人の息子娘を中心に立て、対象の位置に徹して働いて来るのです。
聖霊は神様の親の心情としての顕現です。聖霊の立つ位置は本質的主体でも、私たちが天一国主人さらに氏族メシヤ王王妃となり主体として立てるように、我が子を愛する親の心情で環境まで整えて導いてくれるのです。
聖霊は私たちに対して主体として働いて来ることは、よほどの事でなければありません。それは、私自身が神様を完全に主体として立て、「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」に徹した時から、聖霊は完全対象となって私を導いてくれるのです。その中でも、「絶対服従」の真の意味を理解しなければならないのです。その真の意味とは、「神様の誕生」を理解してこそ腑に落ちるようになるのです。
その為には、たった一人で他のなにものをも意識することなく存在していた神様の、「見えない宇宙の中」とはどのような世界であるかを理解しなければならないのです。
「真の父母様の本体論」を批判する方々が、神様の母を作り出したとか。女性神を崇めているとか真逆の誤解をしています。
その「愛の種」が生じた、「見えない宇宙の中」とはどのような世界であり、環境圏であるのかを解説していきましょう。長文になるので、この記事では先回記事の一部を再度掲載し、図解をしますがその解説は次に回します。
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