バンドで出会った“困った人たち”
――でも、全部が大事な経験だった
バンドって、音楽だけじゃなくて人間関係でもありますよね。
ステージの上で鳴っている音が、実はリハでのすれ違いや、スタジオでの空気の読み合いから生まれていることって、案外多い。
今回は、私がこれまでの活動のなかで出会った「ちょっと困ったバンドメンバー」たちの話を、少しだけ振り返ってみようと思います。
今だからこそ言えることもあるし、当時は気づけなかったこともある。
もし、これからバンドを組もうとしている人がいたら、少しでも参考になればうれしいです。
① 🎸音の壁に飲み込まれた、“無自覚の轟音ギタリスト”
オリジナルバンドをやっていた頃の話だ。
大学時代に組んでいたオリジナルバンドで、私はリードギターを担当していた。
当時のサイドギターは、とにかく音に酔っていた。
ディレイとリバーブを重ねがけ。しかもリバーブが2つ、しかも両方オン。
ゲインも過激で、EQはローもハイもブーストされたドンシャリの極み。
ライブではその音がステージ上で炸裂し、彼のギターがひとつの壁のように鳴り続けていた。
結果どうなるか?
私のリードはかき消される
ベースの存在もわからなくなる
ボーカル(叫ぶ系)だけがなんとか浮かぶ
いま思えば、PAさんもよく耐えてくれていたなと思う。
でも、当時の私は気づいていなかった。
「私の音作りが悪いのかもしれない」と、自分を責めていた。
エフェクターの順番を変えたり、EQをいじったり、アンプを替えたり。
いろいろ試しても、「抜けない」「聴こえない」「乗らない」。
ライブの録音を聴いても、自分のギターがほとんどいない。
でも、それもまたバンドのあるある。
後になって気づくのだ。「原因は複数あった」と。
いまなら冷静に言える。
「それ、音圧じゃなくて音量と残響で暴れてるだけなんだよ」って。
エフェクターで作った空間に、バンドの音が飲み込まれていた。
自分の“気持ちいい音”と、アンサンブルで必要な音は、必ずしも一致しない。
それを学ばせてくれた、忘れられないギタリストである。
② 🥁曲中で時空がねじれる、“そよ風ドラマー”
バンドにおいて、ドラムというのは屋台骨である。
…と、今では理解している。だが当時は、違った意味で“空気”のような存在だった。
いや、そよ風だったのだ。文字通り。
当時のうちのドラマーは、フィルを入れるたびにテンポが変わる。
「別の曲に行った?」と思うほどの速度変化。
一緒に演奏している私たちですら、プログレに迷い込んだかと思った。
もちろん、彼自身は“グルーヴを出してる”つもりでいる。
最初は、「変拍子やメトリックモジュレーションのセンスあるのかも」と好意的に解釈しようとしたが、ある日確信した。
「これ、ただの理解不足だ。」
フィルだけじゃない。
通常のビートでもリズムは常にそよ風のように揺れ、グルーヴは流れる砂のように崩れていく。
そのせいで、ギターのリフが下手に聴こえる。
いや、本当に下手に聴こえる。
タイムが安定しないと、上モノは全員道連れになるのだ。
それでも「演奏が成立している」ならマシだったかもしれない。
だが、最も困ったのは──
曲の3分の1くらい、ドラムが“いなくなる”ことだった。
まったく叩いていないのではなく、「いつ叩いているのか、わからない」状態。
拍も、アクセントも、強弱も、全てが霧の中にある。
必然的に、私たちはベースを頼りにしながら演奏した。
むしろ、そのベースの存在感だけが救いだった。
(今考えると、彼がいなければ空中分解していただろう)
③ 🎤スタジオを“カラオケBOX”と勘違いしていたボーカル
最後はボーカルの話だ。
バンドの顔、歌の要、メッセージの中心。
そんな大切な役割を担うボーカルにおいて、何よりも大切なのは──
歌の上手さより、周囲との“噛み合い”だと思う。
だが彼女(仮に彼女としておこう)は、そのすべてを“カラオケの延長”で済むと思っていた。
初回のスタジオ練習。
PA卓に誰も近づこうとしないので仕方なくこちらが音響を確認する。
マイクも渡しても握らず、スタンドも立てず、当然のように他人任せ。
ようやく歌い始めたかと思えば、マイクの頭を手で覆って持ち始める。
……ハウリングが鳴り止まない。
しかも、音が不安定だと指摘すると返ってきたのは、
「え、エコーかかってないからじゃない?
なんか下手に聴こえるんだけど」
──いや、そうじゃない。
問題は環境ではなく、基本操作の未経験だった。
でも、彼女はそれを「わからない」と言わない。
「バンド経験はある」と言っていたので、最初は「まあ、慣れていないだけかな」と思っていたが、やがて確信する。
「これは、カラオケで歌が褒められて“できるつもり”になったタイプだ。」
結果として、
スタジオ機材が扱えない
マイクの使い方もわからない
それを“機材のせい”にしてしまう
という悪循環に。
音合わせをするどころか、自分のセッティングすら人任せでは、バンドとしてどうにもならない。
当然、そのままでは進まないので──
やむを得ず、やり方を一からレクチャーすることになった。
それからしばらくして、ようやく最低限の環境構築ができるようになったが、
その間にこちらの心はけっこう消耗していた。
歌が上手いかどうか以前に、“共に音を出す覚悟”があるかどうか。
それがボーカルとして、なにより大事な要素なのだと知った。
🎹【番外編】 雨に消えた、ライブ当日ドタキャン姉さん
これは、少し時期の違うバンドでの話だ。
初の屋外ライブ。
天気は不安定だったが、主催から「中止」の連絡はなかった。
曇天の空の下、機材を抱えて会場へと向かう。
ところが──
キーボードが来ない。
時間になっても、現れない。連絡もない。
ようやくスマホに届いていたのは、一通のメールだった。
「雨が降ってきて、中止になると思って泣いちゃった。
道中、折り返しで帰っちゃった。」
あまりに感情ドリブンすぎる判断だった。
現場はすでに晴れており、ライブは決行される様子。
主催の判断で出演バンドは絞られたが、我々はキーボード不在のため辞退。
その後、彼女から再びメールが届く。
「もう行けません。」
──それが、最後の連絡だった。
リハの調整も、スタジオのブッキングも、手探りで積み重ねてきた数ヶ月。
本番の朝、たった一通のメールで全部が“なかったこと”になった。
そのライブを境に、バンドは自然と活動停止。
次第に連絡も途絶え、解散の言葉もないまま、
私たちはバンドを失った。
この出来事から学んだことがある。
バンドは、音だけじゃない。
信頼と覚悟でできている。
どんなに音が合っても、
どれだけ曲が良くても、
一人の「行かない」で、全部が終わることがある。
📝まとめ
以上、私が出会った「困ったバンドメンバー」たちでした。
でも、どの人も悪気があったわけではなく、
「知らないまま突き進んでしまった」だけだったと思う。
自分もそうだった。
あのサイドギターの音の壁の中で、自分の音作りに悩んでいた。
ドラマーのそよ風リズムに巻き込まれ、自分の演奏力を疑った。
ボーカルのセッティングを手伝いながら、「どうして何もやらないんだろう」と思った。
でも今なら言える。
「音楽は、人と一緒にやるものだ」
演奏力や機材よりも、
「相手とどう合わせるか」「知らないことを認められるか」
そういう姿勢こそが、バンドの空気を作る。
そして、それができる人と出会ったとき──
音楽は、ただの音以上のものになる。


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