ニュースの「男消し構文」生む先入観 女性の登場「2割」が示す背景

聞き手・松尾一郎

GMMP日本代表コーディネーター・高橋恭子さんインタビュー

 ニュースの見出しや記事で、事件の加害者が男性だと性別が明示されないなど、男性の加害性を目立たなくする表現を指す「男消し構文」。SNSなどで広がるこの指摘について、ライターのヒオカさんが実際の記事で例示したRe:Ron寄稿に大きな反響がありました。

 ジェンダー視点でのニュースの構造分析では、世界一斉で30年続く「グローバル・メディア・モニタリング・プロジェクト」(GMMP)の調査でも、問題点が明らかになっています。GMMP日本代表コーディネーターを務める早稲田大学教授・高橋恭子さん(映像ジャーナリズム論)に、「男消し構文」が生まれる背景を聞きました。

 ――世界110カ国以上で研究者や一般人からなるモニタリンググループが参加していますね。どのようなプロジェクトでしょうか。

 世界共通のコーディング(評価と分類)マニュアルに基づき、各国の報道における「女性の置かれている状態」や「メディアにおける女性」を理解することを目的としています。カナダと英国に主要拠点を持つ非政府組織「世界キリスト教コミュニケーション協会」が主催し、5年おきに実施されてきました。

 調査が始まった1995年、ニュースにおける女性の登場比率は世界平均で17%。それから25%程度まで上がってきましたが、日本では20%程度で足踏みしています。つまり、日本では、女性の登場比率がほとんど変わっていない。

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日本の「ニュースに登場する人」において、「全メディアで女性の比率は20%」にすぎなかった=2020年のGMMP日本語要約版から、松尾一郎撮影

 2020年の調査では15年よりも少し割合が落ちたのですが、コロナ禍のさなかだったため、男女の役割分業が「ケアする人」「ケアされる人」というような側面が強化されてしまったようです。

■「ニュースに登場する人」男性が8割 少数女性の役割は

 GMMPでは、「ニュースを伝える人」と「ニュースに登場する人」という区別もしています。

 「ニュースを伝える人」については、どの国のメディアも女性の割合は増えています。日本でも特にテレビは、半分近くになっています。ただ、年齢を見ると女性は圧倒的に若い人、20代、30代がほとんど。それが男性になると、35歳以上、40代が多く、50歳や65歳を超えてもコメンテーターやキャスターとして出てくる人がいるのに、女性は非常に少ない。

 一方、日本で「ニュースに登場する人」は、すでに述べたように、20年の日本でのモニタリングでは圧倒的に男性が多く8割ほどで、女性は2割程度。そこで、女性の役割についても調べています。

 ・ニュースのテーマに関する人

 ・目撃者

 ・そのニュースにコメントする人

 ・専門家としてコメントする人

 ・個人的経験を述べる人

 ・ある組織のスポークスパーソン……

 女性は、「一般的意見を述べる人」(50%)や「個人的経験を述べる人」(29%)としてが中心で、「専門家・コメンテーター」として登場する割合(13%)は少ない。特に、政治経済のニュースにおいては非常に少ないと言えると思います。

■世界同時「ある1日」をモニタリング

 ――調査対象のメディアはどのようなものでしょう。

 1995年に始まった当初は新聞、ラジオ、テレビでした。2015年からはインターネットニュース、20年にはメディアが持つツイッター(現X)アカウントが分析対象に加わりました。ただ、今回の25年調査では、Xの分析はやめています。主催者が「我々の目指しているものとXは相反する」と判断したためです。

 モニタリングは、ある1日に世界同時に実施されます。

 今回は5月6日でした。担当者は、世界共通のコーディングシート(記入用紙)を使ってモニタリングしていきます。

 新聞、テレビ、ラジオ、インターネットニュースが対象ですが、経済やスポーツに特化した新聞などは対象にしません。日本では、新聞が、朝日、毎日、読売、産経です。テレビは、欧米などとの時差を考慮し、夜のニュースを対象にしています。NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」、日テレ「news zero」、テレビ朝日「報道ステーション」、TBS「news23」、フジテレビ「Live News α」といった具合です。一方で、インターネットニュースは、朝日新聞デジタル版とか読売オンラインのような新聞社のサイトは避け、Yahoo!ニュースとLINEニュースを対象にしています。

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GMMPについて紹介するユネスコ(国連教育科学文化機関)のサイト。GMMPの最新報告書をダウンロードできる

 ――調査から見えてきた世界的な傾向は。

 コーディングシートに、マニュアルに基づく評価点を入れていきます。分析に際しては、数値だけを見るのではなく、背後にある考え方や価値観についてワークショップで話し合って、参加者が気づきを得ることを大切にします。

 例えば、マニュアルには「女性は家族の一員として登場しましたか」や「被害者・サバイバーとして登場しましたか」というチェック項目があります。

 なぜかというと、中南米やアフリカの女性がニュースに出る時に顕著なのですが、「誰々の妻」とか「誰々の母」という形で登場することが非常に多かったから。事件事故が起きた時、「レイプされた」「飛行機が落ちたら、その被害者が女性である」「被害者・サバイバーである」というような形で女性が取り上げられる比率が圧倒的に高いことが見えてきたからです。

 日本でも同じ傾向がありました。

 ――特定の1日だけの調査には、限界もありそうです。

 今回は5月6日がモニタリング日だったわけですが、日本では休日でした。そのため、テレビのニュースでは男性のメインキャスターが休みを取っていて、女性キャスター2人が出演ということもありました。また、「ゴールデンウィークをどう過ごしましたか」といったニュースで、家族での過ごし方を尋ねるような内容だと女性の登場割合は増えるでしょう。特異だったのは、国民的なアイドルグループ「嵐」が26年5月で活動を終了するというニュースでした。女性ファンのコメントなどが多く取り上げられたりするでしょう。今年9月以降に公表予定の25年の報告書では、男女の登場比率や数値だけを追うのではなく、どのように女性が登場したかを見極め、書くようにしていかないといけないと思います。

 ――ジェンダーについての視点で、GMMPが注目するニュースのチェック点は。

 「ジェンダーの平等、人権規制、人権政策への言及がありましたか」

 「特定の女性や女性グループについてのものですか」

 という2項目がまず並んでいます。

 「女性と男性の不平等に関する問題を明確にしていますか」

 「どの程度女性と男性のステレオタイプに挑戦していますか」

 といった点も問います。日本では15年辺りまでこれらのチェック項目で「イエス」に該当するものはすごく少なかった。

 ジェンダーの視点で見る「質的」な分析が始まったのは05年以降です。「ジェンダーの視点で更なる分析が必要」と判断したニュースについては、次のような選択肢で掘り下げます。

 1、あからさまなステレオタイプ的表現が含まれている

 2、微妙なステレオタイプ的表現が含まれている

 3、ジェンダーバランスを欠いている、ジェンダーの視点が欠けている

 4、ジェンダーの意識を高める表現か

 私が前回20年のモニタリングで大きな問題だと思ったことは、ジェンダーバランスとジェンダーの視点が欠けている「女性が不在のニュース」です。

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NTTによるNTTドコモの子会社化についての記者会見を報じた朝日新聞の記事(2020年9月30日朝刊)

 モニタリングがあった9月29日は、「NTTがNTTドコモを子会社化する」というニュースがありました。一見、普通の経済ニュースですが、内容を精査すると、NTTの社長、NTTドコモの社長、それからスポークスパーソン、すべてが男性。テレビではスマホ利用者への街頭インタビューもありましたが、女性が1人も出てこないものもありました。スマホを使うおそらく半分は女性にもかかわらず、です。「女性不在」のニュースでした。

■「男消し」に通ずる先入観

 ――「男消し構文」が生まれる背景といえそうですね。

 そこには、あからさまなステレオタイプがあるかもしれません。

 例えば、2020年9月29日の朝日新聞朝刊2面(時時刻刻)にあった「教員わいせつ行為 難しい対策」がそれでしょう。

 書き出しには「教員による児童・生徒へのわいせつ行為が後を絶たない」とありますが、教員の性別がわかりません。ヒオカさんの寄稿を踏まえて読むと、「これは『男消し』という考え方もできるけども、『大抵の職業で大抵は男性が主語だ』と思い込んでいる、ステレオタイプだな」と思いました。

 つまり、「教員による」といった場合には、もう既に「男だ」というふうに私たちは思っている。通念として大体が男性だということが私たちの中にまずあり、「犯罪者もほとんど男性」と思っているということ。この記事の分析者はこう指摘しています。

 「被害者、被害者の保護者、被害者団体代表、専門家が登場するが、全て女性であった。男性は加害者の教員と文科省大臣のみであった。被害者は女性、加害者は男性の構図が見られ、ジェンダーを超えた議論になっていないという風に感じました」

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2020年9月29日朝刊2面「教員わいせつ行為 難しい対策」(時時刻刻)の紙面

 また、男性が加害者、女性が被害者の場合、サムネイルに女性が使われているとヒオカさんは指摘していますね。これは「被害者が女性」とするのは、その悲しみだとかを強調するということでよく使われているというパターンです。

 一方、女性が加害者の場合には、意外性があるから、男性が4人で女性が1人だけだったとしても「少女ら」という言葉を使って、「女性がいた」ことを非常に強調している。私たちが思い込んでいる先入観があるということを改めて思いました。

 20年9月のモニタリング日には、元衆院議員の杉田水脈氏が「女性はいくらでもうそをつける」と発言した問題の関連記事があり、橋本聖子参院議員(当時は男女共同参画相)のコメントが載っていました。しかし、併せて男性議員のコメントを載せていたのは読売新聞だけ。GMMPの分析者は「こういう時に、女性のコメントだけを載せて、男性の視点が盛り込まれていないのはおかしいのではないか」と指摘していました。

■問われるジェンダー視点

 ――報道機関はどうしていくべきなのでしょうか。

 さきほどの、NTTドコモ子会社化のニュースのように、女性がスマホユーザーの半分を占めているにもかかわらず、無視されているように見えるのは問題です。

 日本は、世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」でも女性の専門家や企業幹部の少なさを指摘されてきました。テレビ局であれ新聞社であれ、メディアにおける女性幹部はまだ少ない。日本で、ニュースに登場する女性の比率が20%ぐらいしかないというGMMPの20年調査結果は、そのまま、日本社会の現実を映し出していると言えるかもしれません。

 それでいいのでしょうか。

 NHKでは、一部の番組で出演者のジェンダーバランスを整えようという動きがあります。メディアに多様な意見を取り入れようとするのならば、コンテンツ制作でもジェンダーバランスのことを考慮しなくてはならない。制作現場においても、女性記者がある程度の割合を占め、企画を通せるような立場に女性が就いていないと、コンテンツはなかなか変わらないのではないでしょうか。

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高橋恭子・早稲田大教授=2025年7月25日、東京都新宿区、松尾一郎撮影

 たかはし・きょうこ 1955年生まれ。コロンビア大学大学院芸術学研究科(映画)修了。ビジネス・ウィーク東京支局勤務やフリーランス・ジャーナリスト、慶応義塾大学環境情報学部特別招聘教授、早稲田大学川口芸術学校校長を経て、2011年から現職。専門は映像ジャーナリズムと次世代ジャーナリズム、メディア・リテラシー。GMMPには05年と15年以降の調査に参加。

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この記事を書いた人
松尾一郎
デジタル企画報道部|Re:Ron+データジャーナリズム担当
専門・関心分野
地方政治、旧ソ連、国連、民族問題、科学
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    成川彩
    (韓国在住 文化系ライター)
    2025年8月6日15時0分 投稿
    【視点】

    私も8年前まで新聞記者だったので、この記事を読んで思い当たることはたくさんあります。確かに、男性の場合は男性とあえて書かないのに、女性の場合は女性と書くことが多かったように思います。新聞記事はできるだけ短く書く傾向があり、おそらく読者は男性と書かなくても男性と思うだろう、とか、女性と書かなければ男性と誤解して読むだろうという判断理由だったように思います。 ただ、記事に出てくる「教員による」というのが、それだけで男性だと思う人がどれだけいるのか、疑問です。むしろその後に続く「児童・生徒へのわいせつ行為」をしたのはおそらく男性だと思う人が多いだろうという理由で男性と書かなかったように思います。それはそれでステレオタイプで、「男消し」につながるということだとは思いますが。 メディアにおける女性幹部の少なさがニュースに登場する女性の比率の低さに影響しているというのは、そうだろうと思います。2015年、慰安婦問題をめぐる日韓合意の翌朝、新聞紙面を見て、コメントしている人がほとんど男性だったことに唖然としました。幹部に女性がもっといたら、こうはならなかったのではと思いました。

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連載Re:Ronメディア・公共

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