理不尽な昔話・中学野球部
私は岩手県の三陸地方の中学出身だが、中学では野球部に入った。
その中学は地元では一番生徒数が多く、全校生徒は1000人弱。
野球部員は50~60人で、田舎の強豪校だった。
とにかく上下関係が厳しかった。
1、1年生から3年生に話しかけてはいけない。
2、先輩がどんなに遠くにいても、肉眼で認識できれば、大声で挨拶をしなくてはいけない。
見なかったことにして挨拶をスルーして、先輩がこちらを認識していればアウト。
3、外出は学生服、運動着以外は不可。
4、先輩のダ洒落は、つまらなくてもひとまず笑わなければいけない。
5、昼休みに3年生のホームラン競争の守備につかなければいけない。
6、授業が始まる前にもグランド整備をするのだが、街の真ん中にある公園から、7時ちょうどに時報代わりに鳴り響く音楽が終わるまでに、グランド整備を始めていなければならない。
7、6時間目の授業が終わったら、どんなことがあっても先輩より先にグランドに出て、グランド整備をしていなければいけない。だからユニホームの上に学生服を来て授業を受けていた。
まかり間違って1年生から3年生に話しかけたりしたらとんでもないことになる
1年生がこれらの不文律を破った場合、3年生が2年生を説教し、2年生が1年生を説教する。
そうなると2年生は1年生を全員を集めて、全員後ろ向きで尻を突き出して並ばせて、端から順番にケツバット、さらには長時間直立不動でかかと上げ。
今の時代だったら大変な問題になるだろうが、当時は先生も、親も、近所の大人も、子供も、運動部とはそんなもんだろうと思っていた。
ある時、たまにしか試合に出ない先輩がランナーで、タイムリーヒットが出て本塁に突っ込んできたが、ホームベースの5メートルくらい前で転んでしまって這いつくばって進んだもののバックホームでタッチアウト。
何人かの先輩が声を出して笑ったものの、下級生は心の中で笑うしかなかった。
試合後にその先輩が下級生を全員整列させて、「お前、俺のヘッドスライディングを笑ったか?」一人一人顔を10センチまで近づけて問い詰めた。
みんな「いえ、自分は笑っていません、惜しかったです」と返答したものの、気の弱い一人がその圧力と口臭に耐えきれず「少しだけ笑いました」と白状してしまい、下級生全員が山の上にある団地までランニングするしごきを受けてしまった。
2年生の先輩達はジュースを飲みながら自転車でついてきて、「ビリから3人は腕立て伏せ100回」とか言うもんだから、みんな必死で走るしかない。
しかし、そのランニングのしごきがその後野球を続けていく上で、下半身強化という財産になったから、悪いことばかりではなかったかな。


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