戦時中のお金のこと 蛍の墓で、セイタさんのお母さんが、銀行に7000円預けていたらしいです。当時の7000円は、今の金額のいくらくらいに相当しますでしょうか。 また、セイタさんのお父さんは海軍のいい人だったようですが、どのくらいの給料を貰っていたのでしょうか? 最後に、その給料は、どのように支給されていたんでしょうか?指定の銀行口座に振り込みですか?じゃないと家族が生活に困りますよね?

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戦時中はインフレなどもあり、一概には言えませんが、だいたい当時(1939年水準ですみません、米価ベース)の1円=1600円~2000円 位を目安に考えています。 ただし終戦後には1円=200円にまで落ちています。 大卒初任給78円、人夫20円、ライカ一台700円~1000円、地下鉄の初乗りが7銭(0・07円=110円~140円)の時代です。 ならば7000円と言えばざっと、1200~1400万円といった感じです。 当時なら家が建ちます(当時は比較的家が安かった) セイタの父親は何やっていたかは不明ですが、「父ちゃんの巡洋艦は?連合艦隊はどないした」との発言からは、海軍大佐(巡洋艦以上だと大佐が艦長を勤める)と推定されます。 当時の海軍大佐の俸給は年俸4100円ぐらいですから、計算すればざっと800万円位かと思います。 あと、戦時中ですので諸々手当(役職や危険など)期待できます。 当時としては極めて高級取りの分類です。 人件費が安すぎると思われると思いますが、当時の日本の一人辺り国内所得は(乱暴にいって)現在の中国並なので、その辺はご理解下さい。