キタトシオ

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キタトシオ
@kitatoshio1982
今は亡き大宮市出身。本とお酒と野球が好き。大松尚逸世代の千葉ロッテファンですが、野球のことを呟く際は古い時代の話が多いです。 『過去は前方にあり。未来は後方にあり』。週刊ベースボールでコラム「あの日、あのとき、あの場所で」を連載中。平日は普通のサラリーマン(営業)です。
今は浦和の人Born September 16, 1982Joined March 2019

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8月6日発売の週刊ベースボールに「あの日、あのとき、あの場所で」(連載第116回目)が掲載されます。 今回は「1968年8月8日」 セ・パそれぞれを代表する若き剛腕サウスポー。互いにライバルと認め合う2人が、奇しくも同じ日にとんでもない記録を達成したというお話です。 よろしくお願いします。
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電車の中で、目の前の男が延々とリモート会議をやっている。いくぶん若いように思えるが、話ぶりから管理職のようだ。 ようやく終わった。「電車に乗っていたので、周りがうるさくてごめんね」だって。 うるさかったのはこっちだよ。
沼津に仕事で行ったとき、タクシーに乗ったら運転手さんに沼津出身の偉人を知っているかと聞かれた。知りませんと答えた。彼は言った。 「誰もいないさ。冬でも暖かいし、魚も酒も美味い。だからみんなのんびりしちまって頑張って偉くなろうなんて思わないのさ」 なんだよ、それ最高じゃないか。
サッカーで日本がドイツに勝つのは野球に例えるとどれくらい凄いこと?という例えで「ドイツが日本に勝つくらい」というのを見かけて笑った。
高校卒業後、どうしても上の学校で勉強したいと親に懇願したものの「女に学歴は必要ない」と許されず、仕方なく都内の会社に就職。成人式に合わせて帰郷したら、豪華な着物が用意されていて「こんなの買う金があるならそれで学校に行かせて欲しかった」と泣いた過去を持つ人を知っている。70年代の話。
支持しない人は「アンチ」、支持する人は「ファン」。そういう言葉は政治では使ってはいけないと思うのだがな。
石丸氏が後援者であるドトール創業者のつまらない質問に呆れたように半笑いしたり、「先ほども答えましたが、もう一度言えと?」、「まとめて質問してくださいますか?」などと返したら彼はホンモノで、それならそれでと思うけど、そうじゃないんだよね。 相手見て意識的にやってるんだよ。それが嫌。
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というか、誰が聴いているかもわからないのに、機密だろう話をベラベラ喋る神経が俺にはわからん。少なくとも俺は「へー、そうなんだ」と思いながらずっと聴いていた。
昔誰かが言ってた。伊集院光のラジオがつまらなくなったという話になったとき、その人たちにとって一番面白い時期はいつかだったかを聞くと時期がてんでバラバラで、それは結局自分がティーンエイジャーで最も感性と好奇心が豊かだった時期だったと。つまり伊集院光のせいではなく、自分達の問題だと。
広末涼子が早稲田に入学したときに、マスコミがやれ履修届を出したの出さないの、授業をちゃんと受けてるかどうかだのといった小姑じみた重圧をかけず、適度に無視する温かい対応をしていれば、彼女はキャンパスライフを楽しみつつちゃんと卒業して、その後の人生も変わったのではと思わなくもない。
戦後すぐ、妖艶なスパニッシュ・ダンスを踊る国籍不明の「謎の舞姫」として話題になったジュリー・アリンダ。 進駐軍のアイドルとして人気を博した後に日本の舞台にも進出。日劇の踊り子の月給8千円の時代に、月80万円稼いでいたという。 その正体は日系人で、1950年当時16歳の少年だった。
繰り返すが、白井球審が佐々木朗希の行動に問題があると思ったなら、それこそ退場処分にすればいいんだよ。ルールブックにある通り。 ただ、生意気だと思った投手に威嚇的な態度で詰め寄るのはダメだろうと思うわけ。そんな権利はルールブックには書いてないよ。
パ・リーグの試合中断の最長記録は1963年8月29日南海-阪急戦(大阪球場)の2時間14分。降雨のためだが、野村克也に本塁打王のタイトルがかかっており、ノーゲームにしたくない南海はグラウンドに溜まった水を蒸発させるため、ガソリンを撒いて火をつけた(現在は消防法により当然禁止)。
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高額な着物を用意したということは、親に娘への愛がなかったわけではない。むしろとても大事に思っていた。 ただ、親の思う「女の幸せ」と、娘の「自分の幸せ」がすれ違っていた。それが切ないなと思う。
昔VHSで金曜ロードショーあたりを録画する際、CM入るたびにこまめに録画停止ボタン押してたけど、後で見直すなら当時のCMごと録っていた方がかえって味が出た気がする。時代の空気感がそれで出るというか。 つまり変に加工したものを残すよりも、一見余計な物が入っていた方がいいこともあるよ、と。
広岡達朗がヤクルト監督時代に「乳製品は体に悪い」と選手たちに豆乳を勧めたところ、親会社から「ウチを何の会社だと思っている」と怒られた話、好き。
もう19年近くも前の話だし、25歳前後なら記憶も曖昧かもしれない。 戦争体験じゃないが「君が愛してやまないパ・リーグは2004年に無くなってたかもしれないんだよ」と、歴史を語り継ぐのは大事なことだと思う。 他球団をむやみに煽る愚かさにも気づくだろう。 戦いつつも、根本は仲間ですよ。
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スターリンは幹部を集めて飲み会をするのが大好きだった。 ジョークを飛ばせばみんなが笑う、みんな楽しんでくれている…と思っていたのはスターリン1人だった。 実際、幹部連中は死ぬほど行きたくなかった。 独裁者の機嫌を損ねたくないから、必死で楽しい雰囲気を作り、笑顔を浮かべていたのだった。 x.com/hitokuikangaro
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これ、鳥肌立つくらい凄かった。 だって…80歳ですよ?
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埼玉西武ライオンズ
@lions_official
80歳の #土井正博 選手が、ライト前にナイスバッティング! しかし、真剣勝負のためライトゴロとなりました。 #埼玉西武ライオンズ #seibulions #西武OB戦
「赤穂」が読めない30代半ばは教養がないのか、知らなくても仕方がないのかという話題をちらっと見かけたけど、40歳以下は一部を除き忠臣蔵は全然知らないくらいに思っていた方が無難だ。情けないとか嘆かわしいを超えて、とりあえずそこから始めないと話にならない。
キダ・タローや上岡龍太郎といった人たちが亡くなったときの反応を見るにつけ、やはり東と西では文化が違うんだなと思う(良い悪いではない)。
>肝心の野球の成績も、ドラ1で入団したわりには毎年数勝するのみで、9年間で18勝にとどまっています。チームへの貢献度もほとんどなく いくらなんでもこの評価は違うだろう。リリーフだから勝利数は度外視すべきだし、3年間で167試合も投げた投手に貢献度がない訳がない。 news.yahoo.co.jp/articles/c3bd5
こち亀で両さんが大原部長に「部長は海外に行ったことないでしょう。あ、ありましたか。ニューギニアでしたっけ?」みたいなことを言うシーンがあったが、今の小中学生だと意味がわからないかもな。
1959年の巨人対阪神の天覧試合、敗れた阪神ナインは静かに宿舎に帰った。何となく皆が部屋に集まり、誰となく戦争中の話が始まった。ポツリポツリとそれぞれが体験談を語った。 卓の上には天皇陛下から下賜された恩賜の煙草があった。 誰かが言った。これをもろうために死んだ人もいたんやな、と。
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志事(しごと) 輝業(きぎょう) 最幸(さいこう) ご財増す(ございます) 顔晴る(がんばる) この辺の言葉をナチュラルに使う人とはお友達になれそうもない。
中島敦といえば、丸メガネをかけたインテリ然とした風貌で、早逝したというイメージも相まって生真面目な人格者だったのかと思いきや、大学生の頃から女好き遊び好きで、女学校の教師時代は教え子に手を出していたゲス野郎だったと知ってえらく驚いた。
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上岡龍太郎は念力や幽霊といったオカルト話を信じなかった。 「本当に念力があるなら甲子園の4万人のファンが必死で『打たないでくれ』と願っているのに、なぜ王はホームランを打つのか」、「原爆の被害者の霊が大勢いるはずの広島で、なぜアメリカ人のバースがホームランを打てるのか」と言っている。
佐々木朗希の態度も責められるべきってツイート見た。審判の判定に不服な態度をとったり、不満気な表情を浮かべるプロ野球選手が佐々木朗希ただ1人を除いて他に誰もいないのならその指摘はごもっともだと思う。
沢村栄治がベーブ・ルースから三振を奪ったことが、日本ではいまだに伝説として語り継がれ今に至る。 同じように、中国の投手が大谷翔平を打ち取ったことが神話として残り、それがレベル向上のきっかけになるなら、アジア野球の発展のために、WBCはそれだけで意味がある。
←2012年に出たこの本を 版元曰く加筆修正を加え再構成して この前発売されたのがこの本→ 「加筆修正を加え再構成」のレベル超えてるだろ、これ。
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前橋のゲームセンターだかにスピードガンコーナーがあって、そこの最高記録をずっと「前橋工業 渡辺久信君」が持っていたというエピソードを思い出した。
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みやび
@L0TTE57
とんでもないやつおるな
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その時稼いだお金は母親が土地の購入に回していた。先見の明があったということだろう。20代で引退した後は実業家として数多くのマンションを経営し、財産を築いたという。
東京ドーム三塁側「長嶋ゲート」に掲げられているレリーフで、「ミスター・プロ野球」は、ホームランを打っているのではなく豪快に空振りしている。 そこには野球の持つ本質的な魅力の一旦が、見事なまでに表現されている。