「男は無力だからなあ。」
そんなことを言われたのは、妊娠が分かってすぐ、一族の男の一人からの言葉だった。
最初、姉である千手アカリことうちはアカリから妊娠うんぬんの話を聞き、またかと思った。以前の騒動を思い出し、今度はどこの馬鹿がやったのかと考えたが。
イドラの腹に、というそれで全てが吹っ飛び、そのままイドラの元に飛雷神の術で飛んだ。
そうすれば、部屋の中で、机に寄りかかるようにしてすよすよと寝ている女がいた。
よしよし、言いつけ通りに指輪でもつけているのだなと扉間は寝ているうちはイドラこと千手イドラの頭を撫でた。
そうすると、イドラは微かに震えながら、目を開けて、扉間を見た。完全に、今にもまぶたが落ちそうであったが必死に扉間を認識すると目を見開いた。
「扉間様!扉間様の赤ちゃん出来ました!」
「おお、そうだな!よくやった!」
扉間は本心からようやくそれを喜ぶことが出来た。己の胸の中でじたじたとふんすと鼻息を荒くしてそれを報告する女に扉間はそうかと頷いて抱きしめた。
赤ん坊のような甘い匂いと、干したての布団のような匂いがいつもより強くなっている気がした。
「・・・体のこともある。いいか、家のことはこれから一族の者に手伝って貰うのだぞ。あと、医者にも定期的にかからねばな。」
扉間はそう言ってイドラの体を持ち上げ、ひどく自然な動作で己の膝の上に乗せた。動き回るイドラを拘束するためにこの頃はよくするようになった動作だ。他意は無い。
(・・・・食事についても見直すか。妊婦には、吐き気が酷くて食欲が出ず、痩せる場合があるそうだからな。子への栄養のためにしっかり食わせねば。あと、産婆についてもどうするか。経験があるのは。)
「それでですねえ、アカリ様が産着を作ってくださるそうなんです。」
「そうか、姉者はそういったことが得意だからな。」
扉間はイドラの話に相づちを打ちながら、これからのことを考える。
(医者には、姉者のことだ、口止めはしているだろう。ある程度までは皆に口止めをせねば。護衛、必要か。身重のこれに無理をさせるなど言語道断。うちはと、千手。うちはから選ぶか。あやつら、護衛への適性も高いことであるし。マダラに話をつけておくとして。選出はあちらに任せるか。体を冷やすのは大敵のはずだ。何か、上着になりそうな、暖かな衣服を用意せねば。あと、ミト殿に言って、これの千手での仕事の軽減も出来るように調整をするとして。)
扉間は今後についてをずらずらと考えて、己の腕の中に囲い込んだ女に淡く微笑んだ。
「広間がいるんですねえ!嬉しいなあ、扉間様に似てるんですよ?早く、産まれてこないかな。生まれてくる子、みんな、扉間様に似てたらいいな!」
それに扉間はちょっと遠い目をした。
いや、これからの里のことを考えて、己のような割り切った思考の人間が産まれてくるのは結構だ。育て甲斐もあるだろう。
けれど、自分に似ている子どもがそんなに大勢は扉間自身もちょっとなあ、と思う。
正直、子はいらないと言っていたのは、その部分もある。自分と似ていては、おそらく、弟子には出来ても子としても関係を築けるような想像が出来なかったのだ。
「ワシは、お前に見た目も中身も似た女がいいがな。」
それは振り回す人間が二倍になると言うことなのだが、それ以上に自分のクローンが増えるような状態も扉間は嫌だった。
ならば、振り回されても癒やしが二倍になっている方がいい気がする。
扉間の脳裏にはイドラに似た娘がにっこりと微笑んで自分に手を伸ばす様が浮んだ。
だいぶ、良い感じがした。
「私ですか?でも、扉間様に似ておられる方が優秀ですよ。」
「イドラよ、それとこれとは別なんだ。」
扉間の遠い目にイドラは不思議そうな顔をする。扉間はそれに女のほっぺたを掴みながら、切実に願った。さすがに、生まれてくる子全員が自分に似ているなんて事は無いようにと。
広間は中身は自分に似ていても、表面上はイドラに似ていたからよかったものの、自分と中身まで瓜二つはなあと思うのだ。
(・・・まあ、千手の誰かを。いや、後は姉上に任せて、ワシは段取りをした後は、仕事に。)
そこでふと、扉間は気づく。腕の中できゃらきゃらと笑うそれ。
これ、放っておいて大丈夫なのか?
扉間の脳裏には、積み重なったイドラのもろもろが浮んだ。
「どうしました?」
こてりと首を傾げて自分を見上げるそれは、角度的に完璧で、普段よりもずっと幼く見えた。
監禁、誘拐、なにかの陰謀に巻き込まれる可能性。
考えれば考えるほどに可能性が湧き出てくる。
飛雷神の術?
いいや、あれはあくまでこちらから向かうためのもので危機を感じ取らねば意味が無い。声を受信するための忍術も未完成で、効果が続くかはわからない。
(・・・・仕事は抜けられんぞ!?)
いいえ、あなたの自宅は仕事場から走れば数分ですし、周りを千手とうちはで固めた邸宅に乗り込む馬鹿がどこにいるのですか。
なんて、そんな当たり前のことが頭をよぎれど、扉間は己の膝の上にいる女を理解していた。
そんな斜め上を行くのがこの駄犬なのだと。
扉間は壊れ物を扱うようにイドラを膝から下ろした。
「イドラよ、いいか、ワシは少し出てくる。大人しく、大人しく、ここにいるんだぞ?」
「はい?」
そうして、扉間は在宅での仕事が赦された。
が、どうしても出勤して調整しなくてはいけない部分がある。
「・・・・おい、扉間、大丈夫なの?」
「ああ、これの編纂が終れば、ともかく一段落だ。そうだ、クズハの理解度はどうだ?」
「うん、良い感じだよ。ただ、クナイの投げ方とかは氏族なんかで癖もあるし、均一にするの?」
「ああ、教育に関して出来れば均一の方が実力が測りやすくていいだろうな。あと、どうしても親のいない子どもについては教育での遅れが出る。家庭での教育はあくまで補完に止めるべきだろう。」
その日は、忍術アカデミーのための教科書の編纂をイズナと行っていた。ちなみに、柱間とマダラは仲良く里にやってきた氏族の不満などについての話し合いと、まとめを行うために缶詰にされている。
本来ならば、家でしても構わなかったのだが、他に確認が必要な機密文書があったため、ついでにと行っているのだ。
「おーい、食事を持ってきたんだが。」
そう言っていると、ひょっこりと扉から千手アカリことうちはアカリが顔を出した。
その手にはお盆があり、握り飯と湯飲みと急須があった。
「ほら、扉間のは魚の甘露煮、イズナ殿のは火薬飯のおにぎりだ。」
「やった!」
イズナは嬉しそうに言って、いただきますと言いながら握り飯を食べる。アカリは湯飲みに茶を注ぎながら扉間に声をかけた。
「扉間も食べなさい。」
「・・・いらん。これを先に終らせる。食べるなら、家に持ち帰っても良いか?」
イドラの腹が膨れるにつれて、扉間の過保護さは増している。それにイズナはこいつ、本当に姉さんのこと好きだなあと扉間を見た。
できるだけ家に人を入れたくないようで、家事も率先して扉間がしているようだ。
おかげで、イドラがめそっとしながら、私、穀潰しでは?なんて言っている始末なのだ。
思えば、あの、扉間の最低な所業を知ったとき、一族の人間は皆、男を拒絶していた。
いくら好きでも、敵対している一族の姫に手を出して、子どもまでこさえたあげくに、否定するとかまじでない。
けれど、扉間はイドラの夫としてよくやっている。
いや、本当によくやっている。
攫われれば迎えに行き、よくわからん生き物をブチ飛ばし、何かわからない少年を引っかけてきても対策をしている。
いや、本当によくやっている。
正直、イドラにこれだけ食いついていく男はこれまでいなかった。
大抵、すいません、手に負えないですとさじを投げたり、どうにかなりそうでも死んでしまったりと様々だ。
敵対する一族の女を娶る覚悟はあったのだろうと理解する。
もちろん、扉間にそんな覚悟はないし、事が進む内に覚悟を決めさせられたというのが真実なのだが。
(・・・千手って面食いなのかな。)
イズナはそう思いつつ。隣の女を見た。
イズナは、それが嫁ぐと決まったときに聞いたのだ。
己の父や兄を殺した氏族の男に嫁ぐ気分は、と。
それは鎌をかけようとしたことと、そうして、女の覚悟を見るためだ。イズナはその時、その、焔のような女の身内がどうやって死んだのか知らなかった。
それにアカリはいつもの無表情のままに握りこぶしを作って叫んだ。
「あんな美形に嫁げるんだ。毎日、毎朝、あの顔をタダで眺められる。政略結婚最高だ!!」
(いや、あの精神性を持つ女には勝てない。)
イズナは、何か、小舅として嫁をいびってやろうと思っていた感情がそれでしぼんでいくのを感じた。
いや、あの精神性の女にどんないびりを加えれば良いのだろうか。
正直、女が突っかかってくるうちはの人間の顔から目を離さないのは、正直、顔面の鑑賞をしているのでは無いかと疑っている。
その図太さを前に、イズナは静かな完敗を覚っていた。いくら何でも、嫁ぐ相手にそれを言う図太さには勝てないだろう。
「・・・・なんで、母親でもない扉間が、産まれてもない子のいかく期に入るのか。」
「いかく期?」
「子どもを産んで間もない女は、神経が過敏になるんだ。それで、近づく人間への警戒心が高くなったりな。」
「それで少しでも警戒心が高くなればいいがな。」
扉間のそれにイズナとアカリは、たぶん無理だろうなあと互いでうなずき合う。
「・・・・男など無力な者だと、何人にも言われてきたんだろ。調べれば調べるほどに、妊娠の危険性も出てくる始末だ。」
「千手はまだ、出産で亡くなることはないほうだからな。女が丈夫だ。」
「それに比べて、うちはの死亡率はなんだ!?」
それにアカリは小さく息を吐いた。扉間がそんなにも苛立つ原因はそれなのだろう。
うちはは、出産が原因で亡くなる女が多い。
元より、体が華奢で難産が多い。それと同時に、体力が無い者も多く、子どもを産んだ後に亡くなるものもいる。
それを知った扉間が明らかにイドラの体調に気を遣いだした。
ちなみに、それに関してアカリはもちろん、マダラもイズナもそこまで動揺はしていない。
元より、女を束ねるアカリにはそういったことは耳慣れているし、そう言ったときに助けようと医療に関しても術を磨いている。
マダラとイズナに関してはもちろん、心配しているが、出産とはそう言ったものだと理解している。何よりも。
「・・・・・出血。再生では間にあわんのなら、いっそのこと、チャクラを直接注ぐことで生命力を移すことも考えては。」
「何か、やばい方向に行ってないか、お前?」
アカリはため息を吐きながら、さっさと帰れと扉間に言った。そこで、ふとと扉間は思い立つように顔を上げた。
「そうだ、姉者。眠りが深くなる茶がなかったか?妊婦でも飲めるものを。」
「ああ、用意は出来るが、どうしたんだ?」
「姉さんのこと?」
「あやつ、時々、夜中にうなされておるんだ。」
「神経が高ぶっているのか・・・・」
「・・・何やら、ごめんなさい、母様と泣いているんだが。」
それにイズナとアカリは遠い目をした。
あの子は何を、夢の中まで母親に怒られているんだと。
「何を夢でまで怒られてるんだ・・・・」
「お気に入りの猫を追いかけて、肥だめに嵌まったときの記憶かなあ・・・」
夢を見る。
この頃、すっかりと重くなった腹のせいか、寝返りも打てない。そんな感覚の中、イドラは腹にあった扉間の腕の重みの不在にどこだと無意識に探る。
そんなとき、少しだけ目を開けると、頭上に誰かの顔が見える。
(あれ、私?)
そう思うほど、その顔は自分に似ていた。そこで、イドラは思い立つ。ああ、母様の夢を見ているのだと。
嫁ぐぐらいの年になった娘の夢枕に立ってくれたのかと思っているが、そこでふと、誰かが泣くような声がする。
それは、すすり泣くような、微かなものだ。それに、イドラは咄嗟に母が泣いているのだと覚る。
(・・・・千手に嫁いだ私に怒っているのかも。)
それは仕方が無い。確か、母は身内を千手との戦いで失っているはずなのだ。イドラは咄嗟に起き上がり、母に向かい合った。
「母様、あの、色々と納得されていないでしょうが。でも、あの、扉間様はお優しいので・・・」
なんて、寝ぼけた感覚のまま言ってみる。そこで、ふと、気づく。目の前で自分を見てぽろぽろと泣いているその人は、母ではない。
いや、母にはもう、それはそれは似ている。けれど、言い方は可笑しいのだが、顔立ちはよく似ているのに、目の前のその人は格段に美しかった。
何か、纏う空気が、まるで、輝かんばかりに美しいと感じさせる。
泣いているその様は、どうにかして、泣き止ませてあげたいと願ってしまうほどに可憐だった。
「あれ、あの、どなたで・・・・」
「誠に、優しいなどと、思っているのか?」
「えっと、え?あの・・・・」
イドラは母親をすっ飛ばして、ご先祖様!?と慌てていると、その人は口を開く。まるで、鈴を転がすよう、なんて形容詞の似合うこれまた可憐な声だ。
ずっと聞いていたいと、そんなことを思ってしまう声だった。
「愛しい娘よ、子どもなど産んではならん。」
女はぽたぽたと、まるで狂わんばかりに悲しげに涙をこぼして、イドラの手を掴んだ。その言葉に、イドラは腹を庇う。
それに女は恨みがましそうに腹を見たる。
「や、やです!私と、扉間様の子です!可愛いですもの、どうしてそんなことを言うんですか!」
「優しいものか!ならば、聞くぞ!お前の記憶にある男は、うちはが滅んだことを、嘆いたか!?己の弟子のしたことに後悔を持ったのか!?」
それにイドラの中でフラッシュバックするのは、あの、漫画の中でのワンシーンで。
そうだと、思う。
そうだ、あの、物語の中で、誰も、うちはが滅んだことを間違いだとか、後悔だとか、いいや、意図して起こされた滅びを罪だと悔いてくれただろうか?
イドラの喉の奥で、何かがぐるりと、うごめいた。
それに女は、美しいが故に、その瞳がぎらぎらと輝いて自分を見ている。
「ほうれ、見ろ!優しいなんてことなどなかろうに!そうだ、子など、産まなければ良かった!」
その女は顔を覆って、悲しそうにすすり泣く。
「あの、男の言葉など信じなければ。あの男の事なんぞ信じずに、腹に収めて連れて行ってしまえばよかったのだ。ああ、可愛い、妾の娘。その子はこちらに引き渡せ。産んでなんとする。どうせ、男の目的の薪に使われるだけのこと・・・」
イドラはそれにやだやだと首を振る。
「や、やだ!やだやだ、やっだ!兄様も、イズナも、一族のみんなも会いたいって言ってくれてるのに!アカリ様だって、抱っこしてくれるって言ってますし!やだ、私の子ですもの!」
「こんな地獄に、産み落とすのか?」
イドラの目の前で、美しい女が、涙を流している。
その女は、どこまでも、泣いていた。何か、とても悲しんでいた。気が狂わんばかりに、その美しい女は、何かを嘆いていた。
「産まなければ、地獄など知らずに済んだのだ。導きも、言葉も、願いも、全て与えられずに終る子どもの多きこと。」
女はそう言って、イドラのことを抱きしめた。
赤ん坊のような甘い匂いと、太陽の匂いがした。とても、良い匂いだった。
「でも、産んで、一人で歩けるようになるまで、助けてあげるんです。そうしたら、きっと。」
イドラは必死にそう言いつのる。女はとんとんとイドラの背中を叩いた。
「無意味なことだ。所詮、妾たちが望まれるのは産み落とすことだけ。育むことは、所詮は望まれていないのだ。のお、信じるな。所詮、あれらは、妾達が命を引き換えに産み落とした命と、他人のために消費するのだ。」
ああと、女が、泣いている。
可愛い、インドラ、すまないと。
「イドラ!」
自分を揺すり起こす声でイドラは眼を覚ました。頬に冷たい感触が流れる。
「とびらまざまああああ・・・・」
「どうした、うなされていたが・・・」
「わかんないです・・・怖い夢を見たような、気が・・・」
イドラは重い腹を抱えて、自分が何を見たのかと少しだけ頭をひねったが、何を見たのかとんと覚えていなかった。
のう、姉者、兄者。
なんぞ?
なんだ?
ワシの顔は、母上に似ておるだろう?
ああ、そうだの。
私は祖母似だから、お前とは似てないな。
それでだな、ワシは昔から、父上がそのせいでこの顔に弱いということを理解していたのだが。
・・・・柱間のこともよく庇っていたものなあ。
お前、自覚してやっておったのか。
それでだな、広間が大きくなっただろう。見た目はワシに似ておるのに、纏う空気や仕草だとか、イドラによく似ているわけだが。
ああ、本当に、不思議な感覚になるな。
あやつ、この頃、ワシにものをねだるとき、口調を若干イドラに寄せてくるようになってな。
・・・・それは、また。
不思議とな、無理ではない範囲を責めてねだるのだ。
感想は?
・・・・ダメだ、つい、頼み事を聞いてしまう。
カエルの子はカエル・・・
この場合、ミイラ取りがミイラでは?
幼い頃は効率的にと思っていたが、親になってこう、弱点を突くこの技は何というか、なかなかにエグいやり方だったのだと自覚してしまってな。
なんだ、仏間殿に申し訳ないとでも。
いや、まったくおもっとらん。
扉間、お前な・・・・