執務室には、見事に雁首をそろえて、千手柱間に千手扉間、千手アカリ。そうして、うちはマダラに、うちはイズナが頭を抱えていた。
「・・・どうするんだ?」
「どうもこうもないだろうが。」
五人の前には、一つの書簡が置かれていた。それは、まあ、色々なことが書かれているが、ざっくりを言ってしまえばこんなことが書かれていた。
イドラ殿へ、うちの息子があなたに惚れてしまったようなのできっぱり、すっぱり、振ってください。
そんなことが書かれていた。
扉間はそれ以上に慌てた日など無かった。
入念に準備に準備を重ねまくって、絶対に失敗できない案件だったのだ。
彼が視察に来る日さえも隠し、そうして、出迎えたのは一人の少年だ。
分家筋の彼は、まあ、悪くないと言って良かった。
扉間達にとっては、わざわざ大名の血筋を寄越したのだとアピールできたし、大名側にとっても万が一死んでもそこまで響かない人間を選んだのだろう。
「まどかテンチだ。」
「お待ちしておりました。」
少年はその立ち位置の通り、少しだけ怯えたように、けれど気取られはしまいと平静を装っていた。その少年はあくまで大名側が木の葉隠れの里を気にしているというアピールをしているだけで、実際の視察は彼につけられた家臣達が行う。
が、それはそれとしてその少年をぞんざいに扱う気は無かった。
着いてすぐは、千手柱間の屋敷に泊まり、次の日から里の案内や説明を行うことになっていた。少年の案内は、柱間とマダラが行うことになっていた。
二人がつるんで里を歩いていてもおかしくはなく、柱間の愛想の良さならば警戒心のある少年をほぐすにも丁度良い。
護衛において、マダラほど目の利く者もいない。
(完璧だ。)
もちろん、そんなことを口に出すことはなかったが、それでもそう思える程度に練った計画だった。
扉間たちの目元に浮んだ隈がその努力を表していた。
さあ、明日が本番だと扉間たちは警備の配置などについて話し合っていたわけだが。
思わぬトラブルが起こった。それが、分家の少年であるまどかテンチが屋敷から抜け出したことだ。
もちろん、屋敷には護衛として幾人かが配置されていた。
が、その日は見事になんというか、トラブルが重なった。
うちはの本邸のほうでは、火遁を習ったばかりの子どもがボヤ騒ぎを起こした。
千手一族の区画では土遁を習った少年がはしゃいで道をめちゃくちゃにした。
とある忍具好きが作った唐辛子入りの爆竹がハジケ、忍犬見習いの子犬にヒットして群れが里を駆け巡った。
何故だ!!??
事態を知った扉間が叫んでしまう程度に細かなトラブルが連発したのだ。
そんなものは序の口で、見事に、里の内でトラブルが連鎖した。イドラがいれば、なんて最悪なピタゴラスイッチなど表現していただろう。
さて、そんな騒ぎが一気に起きれば護衛に置かれていた忍も何かあったのかと、いっそのこと敵襲かと疑いを持った。
そのため、護衛の内で扉間たちに指示を仰ぎにいく者や、トラブルの様子をうかがうもので配置に穴が開いたのだ。
そうして、テンチは何故か見事にその穴をすり抜けて里に抜け出したわけだ。
「それで、テンチ殿はなぜ抜け出したんだ?」
「本人曰く、忍の里への好奇心だって。」
扉間の問いかけにイズナが答えた。それに、マダラが待ったをかける。
「いや、んなことより、先にこっちの処理だろ!?」
「・・・・そうよなあ、どうしたものか。」
柱間が困ったように首をひねる。
何故、そんな手紙が来たのかというと、少しだけ遡る。
テンチがいなくなり、それが扉間に知らされた瞬間、彼はぶっ倒れたくなった。
なんでそんなことになっているんだ?
え、里中でトラブルが?
なんで????
叫びたくなる衝動をこらえ、ともかくはと、柱間やマダラたちに伝えるように部下に言いつけ、騒動の象徴たる少年を探しに行こうとした。
感知能力を使えばすぐに見つけられると踏んでのことだった。そんな矢先に、また部下が飛び込んできたのだ。
「イ、 イドラ様が、テンチ様を連れてこられたのですが!?」
さらなるトラブルの気配を感じて、扉間の顔は青くなった。
大慌てで向かった玄関先には、知らせを聞いてすっ飛んで来たらしい兄やマダラとイズナ、そうしてアカリがいた。そうして。
「あ、あの、イドラ様のお好きなものは・・・」
「好きなもの?どうかされましたか、テンチ様?」
「きょ、今日のお礼をと思いまして!」
「そのような気を遣われずともよいのですよ?」
「な、なんと、謙虚な・・・・」
いつも通り、とはいかず、普段よりもきりっとした顔のイドラと、それにはわわわと、目をキラキラさせているテンチがいた。
扉間は嫌な予感に、先に来ていた四人を見た。それに、四人はそれぞれ気まずそうに視線をそらした。
「あ、護衛の方が来られましたよー。」
「・・・名残惜しいですが、その、また後日お礼をしますので!!」
扉間はそんな会話を聞きながら、大名側の護衛に釘を刺した。そうして、テンチ自身にも柱間と共に軽く言葉をかける。
そのまま屋敷に入っていく彼らを見送り、皆でイドラに視線を向けた。
「イドラ、おま、何があったんだ?」
「ええっと、それが。」
マダラのそれにイドラはテンチと会った経緯を話した。それに、男4人は頭を抱えた。
下手をすれば、今回の大名達からの支援がなしになっていたのだ。
「・・・・偶然が重なったとはいえ、こんなことになるなんざ。」
「大名側には書面で送っておこう。交渉が有利になるやもしれん。」
「だが、なぜ、このようなことを。」
「何か思惑があるのかもしれないけど。」
イドラは4人の話を不思議そうに聞きながら、じっと扉間を見ていた。
(扉間様だ、朝ぶりだなあ。抱きついちゃダメかなあ。さすがに、イズナもいるしなあ。お姉ちゃんとしての威厳もなあ。)
なんてことを考えていると、アカリがひょっこりと顔を出した。
「イドラ。」
「?はーい、なんですか?」
「いいえ、坊ちゃまを保護してくれてありがとうございます。おかげで、大名側との決定的な決裂は避けられましたから。それで、テンチ殿におかしなようすはなかったですか?」
「おかしな?」
「例えば、顔が赤くなったり、急に流暢に丁寧に話したりとか。」
それに男共は動きを止めた。出来れば、本当に出来れば、そこら辺については最後に触れたかった。めちゃくちゃにめんどくさい気配しか感じない。
けれど、んなこと気にしないアカリはイドラに聞いた。それにイドラはうーんと首を傾げた。
「最初に会ったときはお顔が真っ赤で。でも、扉間様の所に送ろうとしたときに、やっぱり、改めて怖くなられたみたいで。なので、大丈夫ですって抱きしめてあげました!」
イドラの元気なそれに皆で少年とイドラの背を思い出す。
それは、丁度、イドラが抱きしめれば、少年の頭が女の胸の辺りにくるほどで。
「確実に一人の幼子の何かが歪んだ気配は感じるな。」
「言っとる場合か!?」
扉間はそう叫んだが、イドラは不思議そうな顔をした。
「・・・えっと、すみません。確かに、少し不躾すぎたかもしれません。ただ、怯えられていたようなので少しでも落ち着かれるかと思って。私も、恐ろしかったとき、兄様に抱きしめて貰えたらほっとできたので。」
しょんもりとするイドラにマダラはちょっときゅんと来たのか、彼はそっと妹の頭を撫でた。
「いいや、お前は何も悪くない。」
「そうですか?」
そんな微笑ましい光景を見ながら扉間は頭を抱えた。
けして、悪くないはずなのだ。勝手に抜け出したという事実は、大名側へ有利な交渉材料になるだろう。
だが、嫌な予感しかしない。というよりも、明らかに自分の妻へ秋波を送っている存在が気にくわない。
いいや、というか、今後のことを考えて、こう、色々と大丈夫なのか?
(・・・すでにワシと婚姻をしているイドラに何かをすることはないだろうが。ない、だろうが!)
「・・・・抱きしめられて、頭まで撫でられたのか。これは、確実に歪んだな。」
「何が?」
「イズナよ、優しい姉というものに幻想を持っているものには効くものがあるんぞ。」
「あ?」
「なんでもありません!!」
アカリに胸ぐらを掴まれている柱間を尻目に、扉間は頭を抱えてイドラを見た。
「ともかく、だ。イドラ、ワシは大名側を迎えねばならんから今日は帰れん。アカリの所に泊まるんだ。いいな?」
「過保護すぎじゃないか?まだ、子どもだろう?何かをするとは思えんが。」
「一応だ、一応・・・」
なんて会話をした後にすぐに送られてきた手紙がそれだった。
「一応、交渉時に譲歩はしてくれるみたいだけど。」
手紙は、言ってしまえば、下手に引き離して反発したり、妙な振り方をして女嫌いになっても面倒なためしっかり振って欲しいということだ。
忍ならそれぐらいできるだろうというそれに、四人は顔を見合わせた。
できるのか、あれに?
脳裏に浮んだのは、わふんと自分に尻尾を振る女の姿が思い浮かんだ。
「・・・振ろうとしてドツボに嵌まりそうな気配がするのお。」
「かといって断るわけにはいかんだろうが。」
「扉間があれだけ頭を抱えるのなんて、これから見れないだろうなあ。」
アカリが視線を向けた先には、文字通り頭を抱えた扉間がいた。
(どうしろと!)
さすがの扉間もこんなアクシデントを経験したことなどない。思春期真っ盛りの少年の心を傷つけずに振るなんてやり方見当が付かない。
何よりも、何が悲しくて、自分の妻が関係していることに首を突っ込みたいなどと思うだろうか?
「イドラに指示を出したとして、それを上手くこなせるのか?」
「お前、あいつも任務の時はしゃっきりするからな?」
「だとして、傷つけずに振るなどどうするんだ!?」
「そりゃあ、お前達が幼い頃にどうすれば傷つかなかったかを考えれば・・・・」
そう言ってアカリはちらりと、その場にいた面子を見た。そうして、少しの間黙り込んだ後、手をぱあんと叩いた。
「かいさーん!!」
「どういう意味だよ!?」
「じゃあ、聞くが初恋は?」
それに皆で黙り込んだ。そんな健全な少年時代を過ごした人間はその場にいなかった。振り返ってみても、戦場戦場、修行修行しかしてこなかった。
「だめじゃねえか!この恋愛初心者共!」
「いや、待て!扉間は違うぞ!?」
「その恋が叶ってるんだから、振り方云々については信用できねえじゃねえか!ともかく、それについては下の奴らに情報収集をして、その後に台本作って、イドラに全力で暗記させる!」
喝!と吐き出したアカリのそれに四人は思わず頷いた。まどか一行が滞在する時間は短く、早急に行わねばならない。具体策がないのだからと、その案に従うことにしたのだ。
そうして、以前から礼をしたいと再三要望があったため、イドラに町を案内させるということで合意した。といっても、テンチ側の護衛はありきでの話だ。
それでも、実力のあるものには負ける程度の実力なのだが、うちは側から、イドラがいるならば護衛については大丈夫だろうと太鼓判が押された。
そんなこんなで相成った失恋作戦ではあるが。
「・・・うん、扉間のことを考えれば、圧倒的な爽やかさ。」
「いや、忍に爽やかさは出せねえだろう。」
「でも、姉さん、年下に関してはだだ甘なんだよねえ。」
「やはり、年下は可愛いからなあ。」
「といっても、イドラ様の場合、良くも悪くも接触が多いですからねえ。」
「あ、確かに、おひいさん、そう言った系統の距離感ないよなあ。」
「・・・・扉間様とイドラ様の中を引き裂こうとするなど。」
「ええ、本当に。大名の分家であるとしても赦せぬ行為!」
「いやあ、でも、あれぐらいの容姿だから惚れる云々はわかるけどなあ。」
「だからといって、身分も違う。任務などでないのなら、あそこまで秋波を送るなど。不誠実だろう?」
「だいたい、あちらとてイドラ様が婚姻していることなんぞ、とっくに知っているはずだ!」
「待てよ、まてよ!?そのクナイはなんだよ!?」
「号令が出れば、確実に・・・」
「はいはい、それは仕舞っとこうなあ。なんかあるなら命令出るから。」
「アメでも食って落ち着けよ。」
扉間は背後からするそれに眉間に筋を浮かべた。
「ええい!だまらんか、貴様ら!というか、いったい、何人おるんだ!?」
扉間の言った先には、柱間やマダラを筆頭に、何故か、千手やうちはの人間も物陰に隠れてイドラ達を見ている。
それに、うちはの、この頃扉間にやたらと懐いているらしい一人がぴょんと手を上げた。
「イドラ様と、扉間様の危機と聞きました!そのため、警備として割り振られた人間の他に非番の人間も集結をしております!」
「どおりで、気配をやたらと感じると・・・」
「命さえあれば速やかに。」
そう言って、うちはのそれはクナイをちらつかせる。それにアカリがはいはいと、それの肩を引いた。
「何かあれば命が下るから、ちょっと待て。」
「そうですか?ばれずにやれる自信があるのですが・・・」
「うん、大丈夫だから。上手くやれるようにしてるから。」
「そうですか。」
「これから、何かしたいとかあるなら相談しなさいね?」
うちはの青年はとぼとぼと引いていく。それに扉間が頭を抱えた。
なんでこう、自分を慕ってくるのは突き抜けたやつしかいないんだろうか?
「・・・・つまりは、ここには警備の他に、イドラのことを聞きつけた野次馬が何人もいると?」
「野次馬とは失敬な!」
「そうですよ、俺ら、扉間様のことが心配で!」
「そうです!千手の皆も、うちはの皆も、イドラ様のことが心配で来たんです!」
扉間は千手の人間を睨んだ。純粋に、目をキラキラさせているうちはは百歩譲って良いが、千手のてめえらはこれを酒の肴に飲む気だろうが?
扉間の鬼気迫る睨みに千手の人間はそっと目をそらした。
そりゃあ、扉間という堅物が嫁さんを寝取られるかもしれない瀬戸際だ。もちろん、んなことはイドラやテンチの背景からして絶対にないし、上手く事を収めるという信頼があるために楽観的に構えている部分はある。
そのため、楽しそうと見に来た人間は多い。
「安心しろ、あとで締めておくから。」
「え、アカリ様!?」
「言い訳あるか?」
「・・・ないです。」
アカリの睨みに、その場にいた千手の人間は怯えるように体を縮こませた。それをうちはの人間は尊敬の目で見た。
すでにうちはの人間の多くが、アカリがマダラに嫁いでくるものだと思っている。
厳しい男であるマダラであるが、やはり、その強さは尊敬を集めている。この頃は、少しだけ丸くなったこともあり、早く次世代をと望む声もある。
うちはとしては、自分たちの可愛いイドラを嫁に出したのだから、千手からも嫁を貰うべきだという声がある。
それも、ただの女では嫌だとも。
アカリという女は、そんなこんなでうちはでは人気だ。乱雑な千手の人間をにらみ一つで黙らせる彼女の強さは、まさしく頭領の妻にふさわしいのだと。
「にしても、姉さんの着物、よく用意できたね。あれ、すっごく上等だよね?」
「ああ、あれは元々、扉間がイドラに贈っていた分だ。」
その言葉に一同は、イドラの纏うそれを見た。青地に、白い糸で花の柄が細かく縫われたそれは、まさしく、扉間を連想させる色合いだった。
(こいつ!)
自分の好みの衣服を着せて、接待とは言え他の男の元に送り出してやがる!
扉間の隠そうともしない独占欲を垣間見て、人間って変わるもんだなあとなんとも言えない顔をする。
その事実を初めて知った一同は思わず扉間を見た。扉間は己の背中に突き刺さる視線を無視した。
千手の人間は、さすがに大人げねえと扉間を見ていたが、うちははキラキラとした目で扉間を見た。
(やはり、扉間殿にイドラ様を任せてよかった!)
うちはからの好感度が爆上がりしている中、思わず、柱間が口を開いた。
「・・・・扉間よ。」
「なんだ?」
「さすがに、テンチ殿が可哀想だろうが?」
「知らん!」
「知らんじゃないぞ!?そりゃあ、テンチ殿も悪いが、いたいけな少年の初恋への返しが酷すぎるぞ!?」
「知らん知らん!大体、あれとて、仕事が落ち着けばどこかに出かける約束のために買った物だぞ!?急遽用意が出来んかったから仕方が無く着せたというのに!」
扉間の切実なそれに世帯持ちが柱間を止める。
「いや、そりゃあ、しかたがないっすよ。」
「扉間様は悪くないです!」
「やはり、ひと思いに・・・・」
「それ、何回するんだよ!」
そんなことを言っている中、アカリは心配そうにイドラを見ていた。扉間のそれについては今に始まったことでもないだろうと。
「本当に大丈夫か。なんだかんだ、指示は出しているが。」
そこにマダラとイズナが大丈夫だと頷いた。
「・・・・まあ、そこまで俺としては心配はしてねえんだ。」
「そうなのか?」
「ああ、見せてやろうじゃねえか。」
マダラはどや顔で言った。
「イドラの、恋愛感情の壊しっぷりを!」