(・・・・朝。)
うちはイドラこと、千手イドラになったそれはむくりと起き上がる。そうして、ちらりと隣に目を向ける。
そこには空っぽの布団があるだけだった。
「・・・扉間様、帰ってこられなかったんだなあ。」
イドラはしょもりと、顔を下に向けた。
里の予定地、イドラの記憶の通りの木の葉隠れの里、の開拓が一応終った。
開けた場所には、今のところ千手とうちは、そうして同盟に参加を希望している氏族がぞくぞくと集まっている。
(・・・でも、おかげで扉間様や兄様たち、ものすごく忙しくなってるんだよなあ。)
イドラは寝ていた布団を片付け、家の仕事に取りかかった。
イドラは現在、千手の頭領である千手柱間の屋敷の近くに建てられた、こじんまりとした家に住んでいる。
宗家の人間とは言え次男であるのだから、夫婦と、あとは子どもが数人暮らせる程度の家でいい、と扉間からの要望であった。
イドラも掃除が楽なため、小さめの家で構わないと頷いた。
「・・・・子ども、何人生まれるんだろうな。」
家を見た義姉である千手アカリの発言について、残念ながら聞き届ける人間はいなかった。
といっても、現在住んでいる家もうちはの基準からすれば十分に大きいのだが。
千手は、他の氏族とも交流や下に置いているものがあるため、権威付けのためか規模が大きい。
千手の柱間と扉間が住んでいた屋敷なんて、正直、御殿という響きが似合うぐらいの大きさだった。
そんなこんなで、イドラはいつも通り、家の掃除だとか、洗濯だとかをしたあと、家を出た。家を出てすぐ、柱間の家がある。その家は、まさしく御殿という物にふさわしい。
「毎日、お掃除大変だろうなあ。」
そんな感想を抱えつつ、イドラは勝手口の方に向かった。
「こんにちはあ!」
「ああ、今日も来たんですね。」
そう言って出迎えてくれたのは、千手アカリと、そうしてすっかり顔なじみになった千手の女衆に、うちはの女衆だった。
現在、イドラは何日もの間、夫である千手扉間はおろか、兄であるうちはマダラや、うちはイズナに会えていなかった。
丁度、里の創設の立役者である四人はひいひい言いながら仕事に忙殺されている。
里が出来て、何が一番大事かというと、誰を受け入れるかという部分だ。
忍の連合を組まれるのを嫌がる者たちは存在する。それ故に、早い内に内部分裂を企んでいる存在が入り込むことは予想された。それと同時に、里の規模が大きくなれば、商人たちに職人も里に必要になっている。
千手兄弟とうちは兄弟は、大量にやってくる里への加入希望者のより抜きに、氏族たちの構える居の配置、氏族達からの不満の処理、商人達の相手に、里の外のやりとりに、大名達との調整、そうして諸諸の雑務。
「うちの夫、全然帰ってこないんですよねえ。」
「うちは、兄が。」
「皆、新しくやってくる一族の件でごたついているからな。」
女が集まれば姦しいというように、その場は非常に騒がしい。その場に集まっているのは、仕事をしている男達のために食事を用意している女達だ。
後は、うちはと千手の交流として行われている。任務に就いている人間は強制的に行動を共にするが、家にいるものたちはなかなかそうはいかない。
そのため、少しでもと、アカリとイドラが始めたものだ。その場にいる女達はアカリとイドラが選んだ、互いの氏族への感情がそこまで苛烈ではない者たちだ。
女達もその場の意味を理解しているため、言ってはならないことは察している。そのため、和やかな空気の仲、おしゃべりに興じていた。
「そう言えば、柱間の奴はこの頃帰れていないが。扉間もか?」
「はい、この頃はまったく帰られていないですよお。」
「頭領にイズナ様もですよ。」
「イドラ様、会われていないんですか?食事の差し入れの時も?」
うちはの女の一人が、不機嫌そうな顔をした。その女もイドラを可愛がっていた一人だ。イドラをないがしろにされている気分で顔をしかめる。
「扉間様が来るなと言われていて。」
「会うと家に帰りたくなるからイドラ断ちをしているんだと。」
それに女衆があらあらと口元に手を当てる。その仕草の意味がわからずにイドラは頭の上にはてなを浮かべた。
そんな中、千手の女の一人がアカリを見た。
「アカリ様も会われていないのですか?」
「私は時々、会っているな。」
「そうなのですか?」
「私がいると柱間が怯えて仕事が早く進む。」
それにうちはの人間はどよめいた。千手柱間といえば、自分たちの頭領と肩を並べる、最強と名高い忍だ。そんな彼が怯えるとはいったいどういうことなのだろうか。
「柱間様、昔からアカリ様に勝てませんものねえ。」
「どうかしらねえ。アカリ様の同世代の男達なんてやんちゃな奴ほどアカリ様に勝てない奴しかいないじゃない。」
「どんな強い奴でも、小さい頃に叩き込んでおけば反射で従うぞ。」
「その思考は少々邪悪では?」
そんなことを話しながら、弁当作りは進んでいった。
(・・・えっと、今日はこの後どうしましょうか?)
イドラ自身、特別にこれをやるというものはない。
自宅の手入れに、女同士での交流の場の取り仕切りが主ではあるが、それがものすごい量があるかというと違う。
里の構造がしっかりと決まれば、忍として任務を振って貰えるかもしれないが、それまでは特にない。
(・・・うちはの爺様達のところに顔でも見せに行きましょうか?)
ちなみに、うちはの里での居住区の割り振りは少し特殊になっている。
というのも、居住区が分けて二つあるのだ。一つは、火遁の修行のために川に近い、里の端。ここにうちはの人間の殆どが住んでいる。
そうして、もう一つが、中心街に置かれたマダラやイズナ、そうしてうちはの主な地位にある人間達が住んでいる一角だ。
秘密主義のうちはなら、隅の方に引っ込むんじゃないのか?
そう思われるかもしれないが、一部の人間達の熱烈な要望でこんな形になったのだ。
イドラに子が出来たとき、気軽に来れる場所に居住区を置いて欲しい!
そんな古参連中からの要望で、千手と対の形でそんな割り切りになった。ちなみに、マダラに気軽に会えるぞ~と柱間も喜んでいたりする。
そんな感じで、中心街の方に溜まっているだろうじじばば共に顔を見せに行こうかとイドラは考えながら道を行く。
道を行けば、千手の人間達が挨拶をしてくるのを、いつも通りわんこフェイスで応えて進む。
(あれ?)
イドラは帰ってきた屋敷にて、女が一人、立ちすくんでいるのを見つけた。
(ありゃ?)
ちなみにイドラと扉間の家に女中のような存在はいない。家の規模も小さく、また、二人ともあまり他の人間を家に置くのを好ましく思わなかったためだ。
イドラ自身、家のことは自分で行っていたため、一人でよいと考えていた。
子どもが出来たとき、そこら辺はおいおい考えようと言うことになった。
そのため、留守にしていた家に女を出迎える人間はいなかったのだろう。
イドラはじっとその女を見た。そうして、それが自分よりも弱いことを理解して、そっと女に近寄った。
「こんにちは!」
「え、あ、あの・・・・」
びくりと肩をふるわせたのは、美しい女だった。
金の髪に、青い瞳。
イドラはそれに、ふわああああと目を輝かせた。
(美人さんだあ!)
どこか、ビスク・ドールのような、西洋の絵に出てくる貴婦人のような美しい女だった。イドラはそれに目を輝かせた。
やっぱり、人間、美しいものは好きだ。アカリのあれはちょっと極端的すぎるが。
「どうかされましたか?あ、もしかして、新しくやって来られた氏族の方ですか?すみません、扉間様に挨拶ならば、今、留守にされていて。」
「あ、その・・・・」
改めて夫である男の不在に寂しさを覚えて、イドラは女を見た。よくよく見れば、女は己の腹を庇うように手を置いている。
何か、訳ありなのだろうか?
イドラはそれを察して、少しだけ考えた。
「・・・お腹空いてませんか?」
「え?」
「私、ご飯まだなんです!それで、誰かに一緒に食べて欲しいんですけど。あなたも食べませんか?」
女はたじたじになった。まあ、初対面の人間にそんなにがつがつ来られれば怯えもするだろう。けれど、イドラの後ろには幻視できるような尻尾が存在した。
足下でわんころが遊ぼう遊ぼうと全力で飛び回って、嬉しくない人間なんて早々いないだろう。
イドラのニコッ!!と擬音が付きそうなそれに女はこくりと頷いた。
「なら、準備しますね。そう言えば、お名前はなんていうんですか?」
「わ、私は、波風ウミと申します。」
「ウミさん!わあ、素敵な名前ですね!」
そう言った後、イドラは固まった。
待ってください、何ですか、そのめちゃくちゃ聞き覚えのある家名は。
波風、ナルトの中で覚えている人は少ないだろうが、はちゃめちゃに有名な家名だ。
なんたって、主人公の父親の家の名前なのだから。
(そっかあ!この時期からいたんだあ!いや、そりゃあそうだけど!)
イドラは頭の中で何に興奮しているのかわからない中、頭をぐるんぐるんとさせながら食事の用意をしていた。
「朝に炊いたお米に、お味噌汁に、扉間様達への差し入れの残りに・・・」
もてなしをせねばと、イドラはせっせと食事を用意した。
何と言っても、あのナルトのお父さんの、なんだろうかお母さん?おばあちゃん?なのだから。
何がだからなのか自分でもわかっていないが、よくわからないミーハー心みたいなものがあったのだ。
そうして、何故かひどく沈んだ顔で机の端に座る女の前に食事を並べていく。
顔色が悪い女に、イドラは体調が悪いのかと心配そうに顔をのぞき込んだ。
「あの、ご気分が悪いのなら一度休まれますか?ええっと、お布団敷きますか?」
「・・・・奥様は、私が何故、ここを訪ねてきたのか、お聞きにならないんですか?」
イドラは女が何故、家を訪ねてきたのか問おうとは思わなかった。何か、女からは寄る辺のない孤独な何かを感じた。そんな女の顔を、イドラはよく見た。
戦で、待っていた誰かが帰ってこない。待って、待って、待ってそれでも帰ってこない。
己の手からこぼれ落ちたもの、喪失、理不尽への諦観。
何かを亡くして、崩れ落ちる寸前の女。
たくさんいたのだ。葬式を上げて、葬列に並ぶ人間の顔を幾度も見たから。
だから、イドラはなんとなく、その女が助けを求めてここに来たような気がしたのだ。
「あなたがこの里の一人であるのなら、あなたも私の身内です。なれば、崩れそうなあなたを支える手を与えるのも、寝床を貸すのも、辛いというその背を撫でるのも、この身には義務であり、当たり前のことでしょう。」
イドラは何のためらいもなくそう言った。
普段はぼっけぼけの、駄犬である女だが、それは確かに幼い頃から宗家の人間として末端の人間の保護を行うということを教えられた身だ。
ならば、里の人間であるらしいそれを気遣うのはイドラにとっては当たり前のことだった。
それに、それに、女はばっとその場にひれ伏した。
「申し訳ありません、奥様。」
「えっと、何が・・・」
「私の腹には、扉間様の子がいるのです!」
「へ?」
一瞬の沈黙の後、イドラは叫んだ。
「えええええええええええええええええ!!!???」
「・・・ねえ、これの確認お願いできる人は?」
「むりぞ・・・・」
「俺ならまだ余裕があるからこっちに回せ。」
「ありがと、兄さん。扉間は?」
そこは仮設の仕事場だった。本格的に政治の中核の場としての建物は現在建設中だ。現在、四人は柱間の木遁で作った仮設のそこにいた。
隈の目立つイズナのそれに、机に座って書類を確認しているマダラは指さしをした。
そこにはイズナの何倍も黒々とした隈を抱えた扉間が怨念でも飛ばしてるんじゃないかというレベルで淀んだ空気を漂わせてそこにいた。
けれど、その処理速度は他の四人よりもよほど速かった。
「うわあ。すごい・・・」
「柱間の馬鹿が使えねえから千手でしか処理できねえ分はあいつが肩代わりしてんだよ。」
「ひどいぞ、マダラ!」
「うるせえ!てめえのせいでうちの妹は毎日寂しい思いしてんだからな!?」
意外というのは余計だが、書類整理などの細々とした事務に関してはマダラは得意であったりする。
元々、イズナと二人で一族の運営をしていたため、雑務などの道理を理解している分もあるだろう。そうして、柱間は出来ないわけではないのだが、机にずっと着いているのが苦手なため、集中力がすぐに切れる。
「お前の姉貴召喚すんぞ。」
「それは止めてくれ!俺は、本当に姉上のことは怖いんだぞ!?」
「たく、でも、もうそろそろ一息はつくんだよな。」
「うん、里に加入希望の氏族の選別が終るから。ああ、後、商人たちの選別も一応終ったからねえ。賑やかになるよ。」
「・・・・家に帰って寝てえな。」
「俺、これが終ったら結婚ぞ。」
「お前、嫁さんどんだけ待たせるんだよ。」
「そういうマダラは姉上のことどうするんぞ?」
扉間はそんな雑談を聞き流し、頭の中で事を整理しながら指示を紙に書いていく。
もうすぐ、この仕事が終る。そうしたら、家に帰るのだ。
(・・・帰る前にイドラに知らせて、風呂に入って。)
扉間の脳裏にはぱあああと顔を輝かせて、無いはずの尻尾をぶん回して自分に駆け寄ってくるイドラのことを想像した。
この頃、イマジナリーイドラの挙動の想像が上手くなっていってるのだが、どうなのだろうか。
(・・・こちとら、新婚なんだが?)
扉間は引きつりそうになる顔面をしかめて憎しみを紙にぶつけるように筆を動かす。なんだか、その紙自体が呪物になりそうな勢いだった。
自分自身、望んだことだ。
里の創設、氏族間での同盟。このぐらいの忙しさは察していたのだが、何が悲しくて、新婚の妻を放っておいて自分はむさ苦しい男四人と何十日も缶詰になっているんだと思う自分もいる。
というか、ことあるごとに、美人の嫁を貰ってと言われるが、家に帰れていない時点で意味も無い。
会いに来させれば良いじゃないかと言われればそうなのだが、この殺伐とした空気の中で、あのぼっけぼけの女に触れたらもう気が全部抜けてしまいそうで会うのはためらわれた。
あんまり家を空けると、浮気されるかもしれないから気をつけろよ。
それはいつかに同族の男が言っていた言葉だった。
浮気?死ぬことぐらいは覚悟の上な!が標語であるうちはの妻にはあり得ないが。ただ、粉をかけてくる男は違うだろう。
(・・・さっさと終らせる!)
扉間はこの仕事が終ったら、イドラと川釣りに行くことを決めた。
もちろん、扉間は家で絶賛トラブルが爆誕していることを彼だけが知らなかった。