うちはイドラはひどく慌てていた。それも仕方が無いだろう。
何故か、起き抜けに現れた、己にそっくりのそれ。
どこから、現れたのだ?
あの瞳、輪廻眼の発現条件は非常に特殊だ。インドラとアシュラの転生体のチャクラを必要とし、尚且つ強烈な感情を抱く必要がある。
それをあの年の幼子がするのは難しいだろう。
(何よりも、あの子は片目だった。なら、誰かに移植されたと考えたほうがいい。)
誰に?
イドラはえーんとまた泣いた。まったくわからない。もしも、仮に柱間達の前の世代の人間が開眼していたとして、それをゼツが見過ごすはずもない。
ならば、あの子の眼はなんなのか?
いいや、その前に、あの子自身何者なのか。
イドラは部屋から飛び出した子どもを探したが、悲しいかな、小さくてすばしっこい幼子を見逃してしまったのだ。
そこで思い出した。捜し物にはぴったりの人間が屋敷にいることを。
「扉間様!!」
すっぱあん!!と障子を壊しそうな勢いでイドラは千手扉間の私室に当たる部屋の戸を開けた。そこには、早朝のせいか未だ布団にくるまった扉間の姿があった。
イドラはもう、たたき起こす勢いで扉間の上に乗っかった。兄であるうちはマダラが起きないときは、そうするのが一番だった。
「んん・・・・」
「扉間様、起きてください!」
感知タイプの彼ならば、あの子どもを見つけるのもたやすいはずだ。そう思って扉間を揺するが、扉間は怠そうに声を上げるだけだ。
「扉間様あ、おきてくださいよお・・・」
聞いているだけで情けなくなってきそうなほどに声を漏らして、イドラは扉間を揺すぶった。
「・・・あ?」
完全に寝起きの声を上げて、扉間は己の上に乗っかるイドラを見た。
「扉間様、起きてください!あの・・・・」
扉間は非常に不機嫌そうな顔でイドラを布団に引きずり込んだ。
「み゛!」
扉間はイドラのことを抱き枕のように抱え込み、そのまま安らかに寝息を立て始める。
「とびらまざま・・・・」
イドラは情けなく泣きながら扉間に声をかけるが、まったくと言っていいほど起きる気配がない。
(というか、胸、めっちゃ揉まれてる・・・・)
寝間着のために、薄着だったせいか袷の合間から手を突っ込まれて胸を揉まれている。イドラはそれに、どっかの綺麗なお姉さんの夢でも見ているのだろうかとちょっと泣いた。
(そうですよねえ、扉間様なら綺麗な人と、そういう関係の人も多かったですよねえ。)
何か、愛人?幸せならOKですと割り切っていたが、改めて考えるとちょっと寂しくなってしまった。
手つきが完全にスケベジジイなのは気になるが。
「って、そんなことを言ってる場合じゃない!扉間様、起きてください!」
イドラはほっぺたを軽くぺしぺしと叩くと、扉間はようやく重たいまぶたを開けた。
「・・・・そこそこあるな。」
何のことだと頭にはてなを浮かべたが、イドラはそれが自分の胸の話であると理解して、思わず扉間の頭をはたいた。
「っ、何をする!?」
「何するじゃありませんよ!起きてくださいよ!」
イドラのそれにようやく眼を覚ましたのか、扉間は起き上がった。
「き、貴様!何を人の布団に潜り込んでおる!?」
「布団に引きずり込んだのも、おっぱい揉んだのも、扉間様じゃないですか!というか、もう、手を離してくださいよお・・・・」
それに扉間はようやくイドラの服に突っ込んでいた手を抜いた。イドラはなんだか恥ずかしくなってめしょめしょしていたが、それに扉間も顔を赤くしながら言った。
「ええい!悪かった!それよりも、体は大丈夫なのか?熱を出していただろうが?」
「はい、熱は下がったんですが。それよりも、その、厄介なことが・・・」
「厄介?お前、また何を・・・」
そう言っているときだ、誰かがうわああああと騒いでいるのが聞こえたのは。それに、扉間とイドラは顔を見合わせて、慌てて声の方に向かった。
「・・・姉さん、大丈夫かな?」
「昨日、寝る前には大分熱も下がって、呼吸も安定してたんだ。安心したらどうだ?」
「兄さんは、そりゃあ、あいつらのこと信用してるだろうけどさ。でも、俺は、まだ信用できないよ。千手に嫁入りして姉さんが本当に幸せなのか、まだわかんないし。」
うちはマダラとうちはイズナは、朝早くと言えども普段の習慣通り身支度を調えていた。そうして、話すのは、二人にとって一番に心配である姉であり、妹のことだ。
イズナは姉のことが心配だった。
よく笑っていた姉、優しい姉、イズナのことを一番に世話してくれていた姉。
いつのまにか笑わなくなった姉、屈託がなくて、そうして、昔のように楽しそうな姉。
それは、扉間との件が表立ってからのことで。
それを理解していても、姉が口から血を吐き出したことが忘れられないのだ。
千手に嫁げば、こんなことが多くなるのかもしれない。それが、恐ろしくて仕方が無い。
「兄さんは、姉さんが嫁ぐの、心配じゃないの?違う、氏族に嫁ぐなんて。」
「里が出来れば、すぐに会える。それに、だ。もう、俺も、そうして、一族の奴らも葬式を上げるのは堪えるだろう。」
それにイズナは黙り込んだ。そうして、再度言葉を吐こうとしたとき、隣の、うちはの皆がいる部屋からけたたましい声が響き渡った。
「は!?」
「おい、そっちにいったぞ!?」
「な、なんだ!?」
それにマダラとイズナは構えを取る。けれど、すぱんとふすまを勢いよく開けたそれに二人は目を見開き、そうして、固まった。
「い、いどら!?」
マダラがそう漏らした視線の先、そこには、まだいくつにもなっていない幼子がいた。黒い髪に、黒い瞳、白い肌。
そうして、その、容貌。全てが、マダラの妹によく似ていた。マダラの中の記憶の妹がそのまま抜け出してきたような感覚がした。
子どもは無表情にじっとマダラを見ていたが、やがてにっこりと微笑んだ。まるで、花が咲くように。
それにマダラはちょっと顔をでれっとさせた。
可愛い、ひたすらに可愛い。それを見ていたうちはの人間も、その笑顔にでれっとした。それは、幼い頃のイドラにそっくりだったのだ。
それにマダラは慌てて幻術を解こうとするが、まったく何も変わらない。
「幻術、じゃねえな・・・」
「はい、幻術をかけられた様子もありません!」
「え、待ってよ、じゃあ、この子現実なの!?」
「変化という可能性も!」
そんなことを言っている間に、イズナはふと気づく。確かに子どもは姉にそっくりなのだが、よくよく見れば違う所があった。
「待って、こいつ、目元が扉間そっくりなんだけど!?」
それにうちはの人間達は子どもに注目する。そうだ、その、つり目な、猫のような瞳。それは、まさに彼らの怨敵扉間にそっくりではないか。
待てと、その場にいた人間は思った。
この、イドラと、そうして扉間に似た子どもはいったい、何なのだ?
「う、産んだのか!?」
「落ち着いて、兄さん、そんな暇無かったでしょう!?」
「いいや、だが・・・・」
動揺するうちはのことなど気にしていないらしい幼子はにこにこと笑って周りを見た後、ぴょんと、マダラに飛びついた。
マダラは払いのけようとも思ったが、あまりの事態に思わず子どもを抱き留めた。子どもは抱き留められたことが嬉しいのか、きゃーと甲高い声を上げて、一言。
「とーしゃま!」
ぽくぽく、ちーん。
脳内に、そんな効果音が響き渡る。
とーしゃま?舌っ足らずなそれの意味するのは、なんなのか。
(とーしゃま?とーさま?父様?誰がだ?)
うちはの人間はそれに目を丸くして、己の頭領を見た。いま、この子どもは、マダラを父と呼んだ?
え、頭領って子どもいたか?
いや、いないだろ。
許嫁殿は、すでに亡くなられて久しいぞ?
いや、だが、似ていないだろ?
が、あり得ない話ではない。根本を言えば、イドラはマダラたちの母によく似ている。元を正せば、その子どもがマダラの子であっても、祖母に似たというならばあり得ない話ではないわけで。
「兄さん、いつ作ったの!?」
「作ってねえよ!?んな暇あるわけねえだろ!?」
そんなことを言いつつ、一番に動揺しているのはマダラだった。
父様?え、誰のことだ?いいや、俺が呼ばれてるんだが?
そんなことが頭の中をぐるぐるしている中で、何とかマダラは言った。
「いいや、変化の可能性もある!なら。」
そう言っていると、幼子は楽しそうに笑い、そうして瞬きをした。それに、マダラは見たことのない瞳術を幼子が宿していることに気づいた。
それにマダラは咄嗟に、子どもを庭に放り投げた。
「兄さん!?」
「気をつけろ、あのガキ、見たことねえ瞳術をもってやがる!」
それにうちはの人間は背負っていた宇宙を無理矢理に引きちぎり、意識を切り替えた。子どもは庭に吹っ飛ばされると、するすると、屋根に上ってしまう。
マダラは子どもの状況を確認するために、庭に出た。
幼子はまるで野良猫か何かのように優雅に屋根の上に寝そべって欠伸をしていた。
「どうする?」
「捕獲が一番だろ・・・」
「マダラ!!」
そんなことをマダラたちが言っていると、屋敷から慌てた様子の柱間が出てくる。
「よく来たな、はし。」
「すまん、マダラ!」
飛びついてきた柱間をマダラは受け止めて、なんだなんだと彼のことを見た。千手柱間は心底申し訳なさそうにマダラを見た。
「マダラ、すまん!扉間が、どうやら、すでにやらかしておった!」
「あのガキのことか?」
「知っておるのか?」
マダラは屋根の上でじっとこちらを見ている子どもを見た。子どもはにこにこと、やはり天使のように微笑んでいた。
「・・・どっちかっていうと、変化をした馬鹿の策略の可能性もあるが。」
「だが、こんなことをしてどんな意味が・・・・」
二人がそう言っていると、寝起きの扉間と、そうして何故かぶかぶかの服を着たイドラが走ってくる。
「兄者!なんだ、大勢で集まって・・・」
「扉間、なんだとはなんだ!お前、すでにやらかしたのか!?」
「何をだ!大体、その殺気は止めろ!」
「扉間様、あれです、あれ!」
扉間が言葉の方に目を向けると、イドラにそっくりの子どもがにこにこ笑ってこちらを見ている。それに扉間は目が点になった。
「いや、は?待て、なんだあれは!!??」
「わかんないんです!なんか、朝起きたら部屋にいて!」
「言い訳は聞いてやるぞ、扉間!」
「だから、何もしておらん!」
「嘘をつけ、あの目元を見ろ!お前、そっくりだ!」
その言葉にイドラは幼子のことをよく見た。確かに、朝方は慌てていたせいか、よく観察できていなかったが、子どもは鋭い目つきだ。垂れ目の自分とは大違い。
「おい、止めろ!侵入者の可能性も考えろ!」
「でも、どうして、あんな格好で侵入なんて。」
「そうだ、その前に捕縛し、事情を調べん限りは・・・」
そんなことを言っている間、イドラはその目元に、扉間以外に思い当たる存在を思い出した。
「・・・・あの子の目元、アカリ姫にもそっくりですね。」
それに騒がしかった周りが静まりかえる。それに、皆が、何故か黙ってイドラを見た。イドラのそれに、柱間がそれはそうだと頷いた。
「姉上の母と、俺たちの母は姉妹だからな。顔はよく似ていた。扉間の目元は一人だけ、母に似ていたからなあ。父上もそのせいか、扉間には甘くて。」
そこで、幼子はにこにこしながら、明らかにマダラに向けて手を振った。
「とーしゃま!!」
しんと、静まりかえった。それに、皆の視線がマダラに向かう。マダラは、何故か背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
静まりかえった空気の中で、幼い子どもが楽しそうに、言った。
「とーしゃま!!」
また一つ、ひどい誤解が爆誕した。