「座りなさい。」
その言葉に千手柱間は顔を青くしながら、尋常ではないスピードで千手アカリの前に座った。一瞬、飛んだかと思うような勢いのそれに千手扉間も同じように座った。
「うちは、マダラ様とうちはイズナ様でしょうか?」
「あ、ああ。」
「僕らの顔、知ってるの?」
「・・・ここまで来られた、うちはの方ならばそのお二人しかおられませんよ。どうぞ、お二人ともお座りください。身内の恥ではございますが、お二方にも関係があることでしょう。」
それにマダラは柱間の隣に座った。それに習って、イズナも座る。マダラはちらりと女を見た。
まるで紅蓮のような色合いをしていたが、それに反して氷のように冷たい顔立ちの女だった。切れ長の瞳や、表情が乏しいせいか、そんな印象を受けるのだろうが。ただ、なるほど、目の肥えたマダラも美しい女だなあと感想を持つ程度の顔立ちをしていた。
「姉者。」
「なんだ?」
「せめて、イドラを起こさないか?」
そう言った四人の視線がイドラに向けられた。
もう、すやあと警戒心の欠片もない状態でイドラは心地よさげに寝ていた。それに四人が同時につい思った。
この駄犬。
柱間さえもすやすやとさほど交流もないだろうアカリの膝枕でのんきしているイドラに思った。そんなイドラは、四人が入ってきた瞬間に、何故かアカリに耳栓をねじ込まれて寝ていた。
それにアカリは変わらない無表情のまま言った。
「なぜだ、起こすなんて可哀想だろう。」
こてりと首を傾げたそれに、え、いやあと思いはしたが、確かに非常に安らかに眠っているのを見ると起こすのも忍びなく感じるだろう。
そんな中、アカリはまるで我が子に触れるようにイドラの髪を梳いている。
長年の経験のおかげで、なんとか上機嫌なのだろうなあと予想を立てながら扉間はアカリを見た。
「それで、だ。扉間。私がここに来た理由はわかっているだろう?」
「・・・・イドラのことだろう?」
「そうか、それぐらいはわかっているのだろう。そうして、私が聞きたいことも。」
それに扉間は思わず視線を下に向けた。イズナは扉間のしなさそうな仕草に、おおと興味津々で見つめた。
その様は完全にやらかした後に親に叱られる子どもだった。
「そう言うが、ワシとて婚姻と相成った知らせはしっかりとしたはずだ。姉者もその知らせに帰ってこなかったはずだ。」
「ほう、ならばお前とてわかっているだろう。イドラ姫を千手に入れるというのならば、私の後ろ盾があることを周りに知らしめてからの方が有効であると。」
「そうであるのなら、便りの一つ程度よこしたらどうだ!」
「扉間!」
声を荒らげた扉間に対してアカリはぴしゃりと言い捨てた。それに扉間は黙る。
「扉間、いつも言っているが、他人の言葉を声の大きさで黙らせるのは止めなさい。柱間の言葉を甘い思考と判断したとしても、せめて最後まで話を聞きなさい。何度言わせるんだ。」
「・・・・わかっている。」
「わかっていないから、私が何度も言っているんだろう?」
冷たいそれに扉間は頭を下げた。それにマダラは物珍しい気分で隣にいた柱間に話しかけた。
(なあ、なんであいつ、あんなに頭が上がらねえんだ?)
(そうだね、誰にだって強気だと思ってたけど。)
(・・・姉上の母と俺たちの母が姉妹でな。その縁で家族が亡くなった後、母が引き取ったんぞ。)
千手アカリは己を引き取ってくれた母にそれはそれは感謝した。末の子を産んだ後、儚くなった母によくよく弟たちのことを頼まれた彼女はその小さな体で不在がちな千手仏間の代りにと柱間達の世話をしたわけだが。
どんだけクールを決めてる人間でも、幼ければそれ相応にやらかしというものを経験する。かくいう柱間も、大人になってからもそこそこやらかしをしているが。
扉間もまた、幼くして失敗と言えるものを経験していた。言うなれば、人には言えない黒歴史と言えるそれ。
言ってしまえば、千手アカリとは扉間の黒歴史の詰まった箱である。
(・・・・姉上も色々あって、あの鉄仮面でなあ。俺も、扉間もあの鉄仮面で説教されるのは本当に怖かったんだぞ。)
(なるほど、色々やらかしとかの尻拭いもしてて頭が上がらないわけか。)
(我が妹ながら、あの空気感で眠れるのはほんとにすげえな。)
今現在、説教をされている扉間と、説教をしているアカリの近くでイドラはすやすやと眠りこけていた。
「まったく。幼い頃に、好奇心のままにバッタを丸呑みしようとしたときも・・・・」
「姉者、今はそんなことは関係ないだろう!?」
「関係ないなどとあるはずないだろう。私がお前を叱る時なんて、いつだって似たような物に決まっている。」
アカリははあとため息を吐いた。
「・・・・大体、便り自体、届いていたのか確かめていたのか?」
それに扉間と、話を聞いていた柱間達の顔が強ばった。
「まさか。」
「イドラ姫の話は、私も噂で知った。お前が私に送ったことになっている手紙に関しては、どこか闇に消えたぞ。」
「・・・使いの者はすぐに調べる。」
「いいや、使いのほうではない。うずまきの方だ。」
「それは、うずまきの方でこの婚姻に反対している者がいると?」
「うずまき側からすれば、宗家の長子と次男の婚姻相手を独占できるはずだったからな。まあ、それについてはいい。私が来た理由は別にあるのだから。」
「いったい、何を・・・・」
アカリは懐から、何かを取り出し、畳の上に置いた。それは、短刀であった。四人の頭の上にはてなが浮かんだ。
「扉間、お前はそれで腹をかっさばけ。介錯をした後に、すぐに私も後を追う。」
「は?」
扉間が茫然とそう言えば、アカリは変わること無く無表情のまま扉間を見つめた。それに柱間が慌てて間に入る。
「あ、姉上!こ、今回の婚姻は何よりも、イドラ殿が望んだこと!イドラ殿はそれはそれは扉間に惚れ込んでおって!なので、そのお、イドラ殿を未亡人にするのは、どうかと。」
その時、扉間は普段ならば縫い付けたいと思う柱間のそれに縋りたかった。
頼む、もう、捏造でも良いから姉よ、説得されてくれ!
「・・・柱間。」
「は、はい・・・・」
「そうだ、そこに愛があるとしよう。だが、今のところ、扉間は何をした?未だ年若い娘に、無体を働き、孕ませ、娘の子は流れ、それを告白した娘に知らんと言い放ったそうじゃないか?どう思う?」
いや、まあ、それは。
思わず、皆の冷たい視線が扉間に行く。
いや、改めて聞くと酷いな、これ。
マダラもイドラのことを考えてと婚姻を許可したが、これは、本当に任せて良いのだろうか?
そんな疑問が頭を擡げた。
扉間は若干泣きたくなった。
まって、ワシ何かしたか?
確かにそれ相応に人を殺したことも、非道もなした。けれど、それ自体他にもしているだろう。というか、こんな方向性の業の報い方ってあるか?
もしも恨みがあるとするのならば、違う世界線でとんでもねえ方向からの巻き込み事故で滅んだ一族からの恨みがあるのかもしれない。
大抵の忍者に卑劣と呼ばれた他の世界線のやらかしが一方的に降りかかっているのかもしれないが、そんなことは扉間の知るところではない。
全体的に性欲が強かったんだろうなあと思われるような逸話を積み重ねているが、可愛い嫁さんが貰えるから我慢しなさいとどこともしれず、仙人が高笑いしている気がするが気のせいだろうか。
(・・・確かに、こいつに姉さんを幸せに出来るんだろうか?)
イズナは変わらずそんな天秤が揺れ動いている。
姉の幸せ、今までの恨み、そうして、一族の今後。それがゆらゆらと揺れていて、このまま婚姻を推し進めることが正解なのか、わからない。
そう考えているとき、アカリが口を開いた。
「お前のしたことを聞いて、私はどこで育て方を間違えたのかと悩みました。あなたの母君にも顔向けできないと。ですが、私も覚悟を決めましょう。」
アカリはそう言って、短刀の鞘を捨て、畳にそのまま突き立てた。
「さあ、扉間。覚悟を決めなさい。」
(こいつ、絶対やりやがる!!)
その場にいた人間はアカリのその覚悟に圧倒されてしまった。やる、もう、完全に一緒に死ぬという覚悟に満ちあふれていた。
柱間なんて半泣きでアカリを見ていた。それに、マダラが助け船を出した。
「・・・・アカリ姫。」
「はい、なんでしょうか?」
「あんたの言いたいことも理解できる。だが、今回のことに関しては一族内での話し合いはとっくに出来てる。今更、婚姻を撤回することも難しい。何よりも、これは和平の証という部分もある。けじめは、こちらでつけさせる。」
「そのことなのですが、マダラ様。今回の婚姻、扉間が変な術を使って、誘惑したんじゃ無いかと。」
「するか!!」
「するかしないかで言えばする人間だろうが。」
アカリの言葉に扉間以外の面々は、まあ、それはそうだけれどと思った。
「だからといって、ワシがそんなに賭けのようなことをするか!?だったら、イドラがあの場で叫んだときに、もっと上手い言い方を考えるわ!」
(それは確かにそうだ。)
イズナは心の中で考えた。戦場で、柱間とマダラが戦うならば、イズナは主に扉間と戦った。散々に殺し合った。それ故にイズナは堂々と言える。
千手扉間とは驚くほどに頭のキレる男であると。
忍術の発明、その用途。男はどこまでも抜け目なく、そうして、賢しい。
イズナは違和感に気づいた。
そんな男があの場で、咄嗟にあんなぐだぐだな展開を赦すだろうか?
それは、何故か。
(・・・そんな風に取り繕う事も出来ないほど、姉さんのことを、お前は、思って?)
あのとき、扉間は汚名を着てでも姉からの視線をそらそうとしていた。そうして、それにしてはあまりにもお粗末なそれじゃないか。
それは、それほどまでに慌てるほど、扉間という男が姉を思っていたと言うことなのでは無いか?
(いいや、騙されるな。扉間なんだぞ?)
イズナの思考など知らない柱間はなんとか扉間からのイドラへの思いを証明しようと口を開いた。
「姉上!扉間は、イドラ殿に贈ったかんざしに、飛雷神の術を仕込んだぐらいには重い男なんだぞ!!」
「くそやろうが!余計なことを!!」
「・・・扉間、お前。」
千手一族が騒いでいる中、うちは兄弟は思わず口元を覆った。
(扉間、お前、それほどまでに姉さんを!)
仮に、扉間のそれがあくまでうちは等へのパフォーマンスであるとして、だ。
それならばただ単に高価なかんざしを贈るだけで十分だ。だというのに、扉間はわざわざかんざしに術式を刻んでいるのだ。
それは、何があってもイドラの元に帰るという決意表明ではないだろうか?
何よりも、イズナは理解できる。
いくら習得が難しいだろう忍術といえど、うちはの姫のかんざしにするなんて下手をすれば詳細が漏れる可能性がゼロではないのだ。
千手扉間はリアリストだ。そんな男が、わざわざ一つずつかんざしにそれを刻むなんて。
愛以外の何があるというのだろうか?
(それほど、お前、姉さんのことを。)
イズナのストライクを通り越して暴投になっている思考の隣でマダラも扉間の本気度を理解した。
何よりも、千手一族がそろって、うちはの兄弟の前で本当にイドラのことを考えて話をしてくれている。
(それなら、僕は。)
マダラはああと千手の三人を見た。
かんざしへの飛雷神の術。
それは、何があってもすぐにイドラの元に駆けつけるという決意ではないのか?
もちろん、まったくもって扉間にそんな思考はない。飛雷神の術は少しでも目を離すと死に近づいていく幼児への防犯ブザーのようなものだ。
育児疲れはとんでもない思考になるもので、扉間はイドラがトラブルホイホイであることを理解し、何よりもリスクの軽減に務めたに過ぎない。
そんな三者三様の思考などどこ吹く風で、イドラはすぴーと安らかに眠っていた。