扉間さん、たぶん疲れてる。
その日、千手扉間はぐったりとしながら千手の里に帰ってきた。
他の氏族と交流のある千手はせっせと今、この忍連合に加わるものたちに話をかけている。
(最悪だ。)
扉間は頭痛がする気がして頭を押さえた。
氏族たちはもちろん、うちはと千手が和解した理由を聞きたがった。そこにいた兄である千手柱間が何をしたのか、想像に難くないだろう。
え、千手とうちはの宗家の男女が恋仲に?
よくお許しに。
二人の熱意の高さに?
氏族同士でもう、戦は止めようとするほど?
ほう、え、扉間殿が相当に惚れこんでおられて。
ほお、へえ。
ちなみに、どれほど・・・・
もう、扉間はいつ、己の血管が切れるか、それともうっきうきで扉間の恋路(本当のことは話せないので脚色有り)を話す兄の顔面を殴るのか時間の問題だと思った。
止めたいが、止められない。何と言っても、この二人の話はそれ相応に広報としては優秀だった。
下手な警戒心を煽らないという意味合いでは重要だった。
思い出すだけで腹が立つ、あらあらというように口元を覆い、にまにまと面白い物をみるような目。
また、好き者を見るような奴もいた。
どちらかというと、秩序的な意味合いで軽蔑の目を向けてくる人間のほうが数倍ましだった。
(だが、耐えた。ワシは耐えた!)
扉間は己の忍耐を称えながら家に帰った。ちなみに、柱間の腹には一発加えた。そのまま扉間は出迎えた手伝いの女にイドラの居場所を聞いた。
無性に、あの、ぱやぱやとした空気を吸いたかった。もちもちとしたほっぺたを引っ張って、間抜けな声が聞きたかった。
気分は仕事のストレスを飼い犬で癒やす飼い主のそれだった。
「おひいさんなら、洗濯をしているはずですが。」
「それなら、呼んできてくれるか。」
扉間はそのまま自室に向かったわけだが、それは、けたたましい手伝いの女の声で遮られた。
「おひいさんがいません!!」
それから大騒ぎだ。手伝いの女達は全員、うちはイドラの行方を知らなかった。もちろん、声を聞きつけた柱間も大慌てだ。
「勝手に屋敷から出たのか!?」
「あの大人しい女が勝手なことをするわけがないだろうが!誰かに連れ出されでもしないかぎり。」
そこで女達かざわめき始める。聞けば、今日来ていたはずの女が一人足りないらしい。
「家のことで少し、抜けたとは聞きましたが。」
扉間はその女の名前を聞いた。そうして、扉間は覚えている限りの家系図を辿り、そのいないという女が、今回の縁談に激しく反対していた古老の身内であることを思い出す。
「・・・・ジジイどもが手引きしたか。」
「も、もうしわけございません!」
女達は必死に懇願をしていたが、扉間はそれよりもと考えを巡らせた。
(いくら、クソジジイどもが婚姻に反対であろうと、物理的な危害は加えられないはず。そうすれば、マダラは元より・・・)
「どこぞ?」
扉間は己の隣からした殺気に思わず体を硬直させた。わかる、今。
「イドラ殿は、どこにいる?」
完全に切れた、兄が隣にいることを。
「兄者、落ち着け!」
「扉間、お前こそ、今どんな状態かわかっているのか!?彼女に何かあれば、今回の縁談は破談になる。何よりも、だ!あの子はマダラから預かった大事な妹であり、俺の妹にもなる子なのだぞ!?」
「わかっている!ワシが何の策も打っていないわけがないだろう?」
「・・・・そうか!それで、どうする?」
優秀な弟のそれに、柱間の怒りが収まったことに扉間はほっとしながらそっと視線をそらした。
「ひとまず、後のことはワシがする。兄者は屋敷にいてくれ。」
「なぜぞ?俺が行った方が話が早いだろう?家の者がしたのならば。」
「・・・いいから、ワシが。」
言いよどむそれに柱間は怪訝な顔をした。
「扉間よ、もしや。」
「兄者は待っておればいい!」
「いや、扉間よ。」
「いいから!」
扉間はなんとかその場から逃げようとしたが、それよりも先に柱間が言った。
「お前、もしや、イドラ殿のかんざしに飛雷神の術を?」
「し、しとらん!」
扉間は思わず否定したが、珍しい彼の動揺に柱間は確信を持ってしまった。
こいつ、贈ったかんざしに飛雷神の術のマーキングしてやがる!
手伝いの女衆は扉間のそれに引いていた。さすがに、束縛としてえぐくないか?
(愛情故かしら?)
(うーん、独占欲とも言えるかも。)
(あの扉間様がねえ。)
「と、扉間!それはさすがにだめぞ!」
「ダメもクソもあるか!兄者もイドラのふわふわ具合はわかっておるだろうが!さすがにあめ玉ではつれんが、ワシや兄者の知り合いと名乗れば信じてついていくぞ、あれは!」
「だからといって、それは、こう、だめだろう!?」
「ワシは忍なんでな。」
「忍が全ての免罪符になるわけではないぞ!?」
「ええい!事実、今現在、役に立っておるだろうが!」
「お前から純粋にかんざしを贈られてうれしがっておるイドラ殿はどうなる!?」
「今はそんなことを言っておる場合ではない!ワシは行くぞ!」
扉間はそのまま術を発動する。柱間はそのまま飛んだ扉間に叫んだ。
「イドラ殿にちゃんと伝えるんだぞ!」
「おい、貴様ら!いったい、何を・・・・!」
扉間は飛雷神の術で降り立ったそこでそう叫んだが、目の前の光景に固まってしまった。
「ほら、これも食べなさい。」
「わー!おまんじゅうですか!」
「こんぺいとうもあるぞ。」
「せんべいもどうだ?」
「御茶も入れたぞ。」
目の前にはイドラを孫のごとく囲んで茶をしばいているじじばばどもがいた。
「あ!扉間様、いつのまに!」
「扉間殿か、早かったな。」
「いいえ、遅かったぞ。」
「だが、他家に行ったのなら早いだろう。」
じじばばどもはそんなことを言いながら、暢気に茶を啜っている。その真ん中に満面の笑みでじじいに貰ったらしいまんじゅうをほおばりながらにっこにこのイドラがいた。
まんじゅうを食いながら笑うな、口元にあんこがついてるぞ。お前、今の立場、わかってんのか。というか、老害ども、貴様ら何をのんきに茶をしばいておる。状況わかってるのか?
もう、言いたいことはたくさんあった。けれど、それよりも先に口を開いた。ともかく、今の状況を先に片付けるべきだろう。
「・・・・ともかく、イドラは返していただきます。うちはからの預かり物、勝手に連れ出されては困ります。イドラ、来い。」
それにイドラは素直に立ち上がろうとしたがそれを古老の一人が止める。
「まあまあ、イドラ殿。先ほどの話は考えてくれたか?」
「ええっと。その、私は扉間様と結婚を。」
「いいや、うちの孫はどうかな?」
「うちの甥っ子の息子もどうかい?」
扉間は目の前の繰り広げられているそれに固まった。
待て、あんたらあんだけ婚姻に反対してたくせにどんだけ手のひら返ししてるんだ。なんで、孫なんて勧めてるんだ。
「長老方々!イドラはワシの妻になるのが決まっておるんだぞ!?」
「ふん、貴様のような鬼畜にイドラ殿を任せられるか。」
「そうじゃ、うちの未熟な孫の方がマシじゃ。」
その発言等々に扉間は確信した。また、何やらとんでもねえ誤解が生まれている。
そうである、また、とんでもねえ誤解が生まれているのだ。
「・・・・今まで散々、うちはの姫を迎え入れるなどとんでもないと否定しておきながらか?」
「ふん!そうであるとしても、お前さんのような奴に嫁にやるよりもましじゃ。」
「いい加減にしろ!何を言っておる!」
「扉間よ、お前さん、アカリのことはどうするんじゃ。」
それに扉間は少し黙った。自分の婚約者としてあてがわれていた女のことについて言われると痛い部分があった。
確かに、それに関してイドラに伝えていないことがあったためだ。が、重ねて言うが、後ろめたいことはない。
うずまきから帰ってくれば、顔は合わさせる気だった。できれば、会わせたくはないが。
「姉者に関してはすでに話が済んでおる。だいたい、どうするも何も、長老殿が進めておった話だろうが!」
「アカリ殿も可哀想じゃが、イドラ殿も可哀想じゃ。二股男に嫁ぐなんぞ。」
いったい何をしたらこんなに頑固者の、凝り固まった長老達を籠絡できるんだ?
扉間はイドラが凄腕のくのいちでないのかと疑うが、老人達の真ん中でまんじゅうの食べかすをつけておろおろしている様を見れば、そんな疑いは消え失せた。
「誰が二股だ!姉者とはそんな関係ではないわ!」
「何を!ならば、なぜ、保留にしていた!」
「それは!」
「あ、あの!」
ヒートアップしていく怒鳴り合いにイドラは慌てて扉間の前に躍り出た。
「ええっと、お孫様との縁談を勧めてくださり、ありがとうございます!ですが、私は扉間様と結婚したいのです!」
その健気な様子に全長老達が涙した。そんな奴に味方しなくても、うちはとの同盟が気になるのならば、自分たちの身内を紹介するのにと。
「本人もこう言っている。ともかく、イドラは連れて帰るからな。」
「扉間殿。思っておったんですがな。あなたこそ、イドラ姫とそんなに結婚したいほど好いておるんですか?」
その問いかけは扉間とイドラにぶすりと突き刺さった。まあ、当たり前だが。二人の結婚はほぼほぼ事故である。そこに愛云々を熱く語れるかと言われると、こう、難しいのだが。
扉間は黙り込んだ。
いや、そりゃ、まあ、愛などないので。
そんなことをぽろりと言いそうになった。
イドラは扉間を巻き込んだ罪悪感からか、あわあわと長老達に言った。
「わ、私がベタ惚れなんです!もう、扉間様以外見えないぐらい!ほとんど、私が押しかけ女房みたいなもので!」
もうイドラの顔は真っ赤っかだった。必死さと羞恥からのものだった。
その様子が余計にイドラの健気さを表しているかのようで、長老達は泣きそうになった。
そこで一人がそっと、イドラに聞いた。
「イドラ姫、そんなにも扉間殿のことが好きですか?」
「え、ええ!それは・・・」
「千手を赦せるほどに?」
それに今まで騒がしかった部屋の中が静まりかえる。扉間はその問いかけにイドラの顔を見た。その問いは、あまりにも直接的すぎる発言だった。
それでも、長老達には戸惑いは無かった。それは、扉間がやってくる前にしたものだった。
イドラは、今までの慌てた様子など忘れたように静かに微笑んだ。
まるで痛みをこらえるように悲しげで、まるで嘆く子どもをなだめるように優しげで、まるで、母親のように穏やかに。
「・・・私があなたたちを憎むならば、あなたたちにも私を憎む権利があると思います。私を憎むのならば、それでかまいません。私の願いは、ただ一つだけです。」
どうか、これから生きていく子どものことだけは憎まないでください。
それは、ひどく強い言葉だった。己を憎めとそれは言った。これからこの老いた者たちが幅を利かせる世界で生きていくというのに、それでも、己を憎めと赦すのだ。
「私は臆病者なのです。私はもう、大人になれたはずの子どもたちが、子どものまま。記憶の中で、薄れていくことに耐えられないのです。」
申し訳ありませんと、それは言った。
私は、選びたいものは決めました。私は、未来を選びます。
憎くないのかと、それに問うた。
女は、赦すでも、考えを放棄するわけでは無くて、その憎しみがあることを真っ向から肯定した。それでも、なお、女は耳元で囁く、赦すなと言うそれを切り捨てるのだ。
イドラは選んだというのだ、まろい頬、小さな手、朗らかな笑い声。
その潔さに、長老達は考えてしまったのだ。
彼らの周りに纏わり付く、愛しい子どもたち。
それとささやきと、子どもを天秤にかけて、女は幼子達を選択した。なら、自分たちは?
遠い昔に、いなくなった小さな体を思い出す。
自分たちが選びたいのは、そうだ、それでも、きっと。
「・・・そうかい。そう、かい。」
扉間は女を見た。女は穏やかに微笑んでいた。本当に、静かに、その目には憎めと言うにはあまりにも静かすぎて。
「扉間殿、あんたはどうだ?」
「そうじゃ、そうじゃ、この冷血漢。」
「お前さんこそ、イドラ姫のことをどう考えておるんじゃ?」
唐突に飛んできた矛先に扉間は固まった。
んなもん、ほぼほぼ詐欺みたいな搦め手で巻き込まれたんですが?どうもこうも、クソ女と思っていないと言えば嘘になる程度の感情だ。
「い、いえ!私のほうが縋っている身で・・・」
「イドラ姫、こういうときはきちっとしとかんと。」
「そうじゃ、千手の人間は多情なものも多いしの。」
「こういうとき、きちっと締めとかんと。」
「大体、お前さんこそ、イドラ姫のどこに惚れとるんじゃ!」
「そうじゃ。言うてみい!」
この老害ども、全員、ぶっとばしていいだろうか?
扉間は切にそう思った。
散々に反対しておいて、華麗な手のひら返しにキレていた。そこでイドラがそっと、扉間にしか聞こえない程度の声で言った。
(あの、ご無理はされなくても・・・・)
扉間は思わずイドラを見た。
というか、今現在、自分に降りかかっている受難の全ての原因、この女なのだ。
そう思うと、なんだろうか。
この女のことを徹底的に困らせたい衝動におそわれた。
(どうせ、これからそうなるのなら早くてもいいだろう。)
うちはマダラやその弟であるうちはイズナへのアピールのために、そうして、目の前のそれらを納得させるために。そうして、なんか、色々言われまくって、そんなに言うならいちゃついてやんよという意識のままに扉間はイドラに言った。
「イドラ、口を開けろ。」
イドラはきょとんとしながらかぱりと素直に口を開けた。扉間はそれにイドラに顔を寄せ、そのまま口を重ねると、己の舌をねじ込んだ。
「「「!?」」」
イドラと、そうして、長老達は驚きの表情でそれを見た。
なにか、こう、表現のしづらい粘着質な音が部屋に響く。イドラはもう、顔をゆでだこのようにしながら、じたばたするが、そんなこと扉間が赦すはずもない。
ようやく、イドラの口から扉間の口が離れれば、顔を真っ赤にして茫然と男を見上げる女の姿があった。
扉間はイドラのことをひょいっと抱え上げた。そうすると、イドラは羞恥心のあまり、扉間の肩に顔を押しつけた。
長老達は、あぜんと扉間の凶行を見つめていた。扉間は、もう、お前そんな顔できたんかと言いたくなるほど、良い笑顔で微笑んだ。
「可愛らしいことでしょう?」
あ、はい。
扉間のそれに長老達は思わず頷いた。
「もちろん、これに惚れた理由は数多くありますが、他人に語る必要も無いでしょう。これがワシの嫁になることは決まっている。口出しは余計だ。」
そう言ってイドラを抱えたまま、扉間は部屋を出て行く。それに、長老の一人が呟いた。
「あいつ、あんなに重い男だったのか?」
イドラはまるでダンゴムシのように丸まっていた。
扉間は部屋を出てすぐ、飛雷神の術で屋敷に戻っていた。そうして、己の自室にイドラを置いた。
イドラは、ひたすらに恥ずかしかった。だって、考えてみて欲しい。自分が何をされたのか。
(て、手さえ繋いだこともろくにないのに!!!)
男なんて兄弟ぐらいしか近しくないイドラにはあまりにも扉間の行動は刺激が強すぎた。扉間は柱間に知らせようと思ったが、それよりもイドラの様子にざまあみろと笑みがこぼれてしまった。
「どうした、イドラ?」
わざと優しく話しかけた。もう、気分が良かった。その真っ赤な顔を見れば、予想通り男の経験なんてなかったのだろう。
真っ赤になってその場で蹲るそれに扉間はもう、笑みがこぼれてしまった。
この頃自分が苦労した諸諸の、本当に少しぐらいはこの女も苦労して、心を乱されればいい。まっしましになったストレスのままに扉間はイドラの様子に笑みがこぼれた。
この時点で、手を出した云々が否定できなくなったのだが、初めてイドラにやり返せたというすっきり感に扉間は酔いしれていた。
元より、イドラと自分の仲を疑うものには丁度良い宣伝になるだろう。古老達のことだ、普段ならば絶対にしない扉間のそれを広めてくれるだろう。
もう、他の氏族にまで自分の熱愛云々が広まっているのだ。
扉間はもう、なるようになれと思っていた。そうだ、今まで散々に躱し続けた縁談だとかの話が来なくなるのなら万々歳だ。扉間がイドラへ熱を上げているというのならば、それこそ和平の話が強固になるのだと、そう思っていたとき。
イドラは、当たり前のように爆弾を落とした。
「あ、あの。扉間様、以前から言いたいことがあったのですが。」
「なんだ?」
顔を真っ赤にして動揺しまくっているイドラのそれに扉間は、ざまあみろとにっこにこしてしまう。
「す、好きな人が出来たら、いつでも言ってください!和平のことがあるので離婚は無理ですが、なんとか存在を認めてもらえるように兄様や一族の者は説得しますので!
私は扉間様の味方ですから!」
それに扉間はまた、かちんと固まってしまった。