感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。
「あ、あの、扉間様?」
それに千手扉間は、ちらりと声の方を見た。そこには、障子の向こうから自分のことを伺う存在を認識する。
「なんだ?」
「あの、柱間様がお菓子を貰ったからと言われて。扉間様に持っていくようにと。」
それに扉間は押し黙る。けれど、軽くああと声を上げた。それに障子を開けて、黒い髪の女が入ってくる。
扉間の目の前には文机があり、そこには処理すべき仕事が積み重なっている。そろそろとやってきた女は机の上に、湯飲みとまんじゅうの置かれた皿を置いた。
「どうぞ。」
その容姿だけならば可憐な女、うちはイドラは控えめにはにかんだ。その女をどうしたものかと、扉間は頭を抱えたくなった。
イドラが千手の屋敷にやってきて折り返し地点を過ぎた。
その間、彼女は千手扉間と千手柱間、そうして、彼女に千手の決まり事を教えている女衆以外との関わりは無い。
それでも、いつの間にやら女衆はイドラのことをすぐに気に入った。忍の一族としてどうなのだと思う。
けれど、と。扉間は自分を不思議そうに見る女を見た。その無防備さを見るがいい。戦場で生き残ったのが不思議なほどだ。
扉間は疲れた感覚で、女のほっぺたを掴んだ。
すべすべとした肌のほっぺたはさわり心地が良い。片手で顔を掴み、むにむにとほっぺたを触る。
イドラは不思議そうな顔をしていたが、されるがままにされている。それを見ながら、扉間は更に不思議な気分になる。
この生き物は今までいったいどうやって生きてきたのだろうか。こんなに不躾に触られても抵抗の一つもしないのだ。
扉間はそのほっぺたに噛みついてやろうかと一瞬考えた。
もちろん、そんなことはしない。ただ。扉間としてもこの女に何かしらの報復をしたいと思っていた。
いや、一族内での評判が本当に悪い。
敵の一族の姫、しかもかの有名なうちはマダラの妹でありうちはイズナの姉である女を、孕ました扉間は千手の女からは冷たい視線を向けられ、男からは英雄視されていた。
情けない、女からの視線も辛いが、男連中から、どうやって落としたんですか、なんて質問をされてみろ。
扉間は本気で死にたくなった。
止めろ、なんだ、そのモテテク教えてくださいってか?
女なんて口説く暇なんてありもしないというのに。
以前は恐ろしいと距離を取っていた連中からもやたらと絡まれるようになってぐったりする。柱間は、到頭、皆に扉間の魅力がとかクソみたいなことを言って嬉しそうだ。
(この世は、クソだ。)
昔から思っていたが、今までとは違う種類のこの世への怨嗟を感じながら扉間は女のほっぺたをむいむいと揉んだ。
「・・・・はあ。」
そんなことを繰り返すと、さすがにと思い立ち扉間はイドラから手を離した。イドラは心底不思議そうな顔をしたが特に何も聞かなかった。
こういう所は素直にいいなあと思う。
千手の人間はこういったとき、どうかしたのかと聞いてくる。柱間など、何かあったのかを周りをぐるぐるしながら聞いてくるだろう。
イドラはこういったとき、側にいることはあっても忙しなく聞いてくることはない。
「ところで、だ。」
「はい、何でしょうか?」
「これを見ろ。」
扉間が出したのは、これから作られる里の配置図だ。今のところ、千手と、そうして里の政の中心になるような主要施設、そうして。
「うちはの居住地はどこがいい?」
「・・・・そうですね。兄様とイズナの意見を聞くのが一番ですが。うちはの忍術を考えて水場が必須です。そうして、血継限界があるため、ある程度閉じた場所の方がいいので。」
イドラはそう言ってとんとんと、里にとっては端に当たる、森を背にした場所を指す。
「だが。」
「ええ、今回、他氏族との共存が必要になります。なので、里の中でもあまり閉鎖的になるのは、と考えています。なので、やはり、そこら辺は兄様達と相談した方がいいかと。」
それに扉間はじっと女の顔を見た。
頭が悪いわけでは無い。こう、何か、頭のどっかのネジが飛んでぽやついているだけで。
「・・・女衆はよくしてくれているか?」
何気ないそれに、イドラは驚いた顔をした後に、ぱああああと顔を輝かせた。
「はい!皆さん、よくしてくださっています。」
イドラとしては今まで、のれんに腕倒し。
話しかけても躱され、寝るときは隣り合った布団を引き離され。ただ、寒さを気にしてか湯たんぽを貸してくれたのはありがたい。
(・・・・ほっぺたにチューしたの、そんなにやだったんでしょうか。)
いや、あんな汚名を着せた女に好感度なんて存在しないのもわかっているが。
イドラは内心でめしょめしょ泣いた。
嬉しいことに今のところ、千手の人たちはイドラに対して優しいが、一番に優しくして欲しい人はけんもほろろである。
そんな内心をなんとなく察しながら、扉間は女衆の束ね役から聞いた話を思い出していた。
それは家の掃除の合間の休憩中のことだった。イドラは人の湯飲みを用意したりとしていた。
そんな彼女を女衆はよくよく可愛がった。何よりも、哀れだった。
どれだけ、焦がれた相手と結婚するとしても、元々は敵同士の家に嫁ぐのだ。おまけに、一度、子が流れている。
そんな女の状態を哀れまないと言われれば嘘になってしまう。何よりも、イドラはよく笑い、家事も慣れた様子でこなして見せた。
そうして、彼の冷血漢と名高い扉間をたらし込んだというのだ。それだけで、女達にとって楽しい話のタネになる。
が、それを面白くないと思うものはやはりいた。
「・・・・いい気なもんね。」
声高に言ったそれに、姦しかった会話が静まりかえる。そう言った女はうちはとの戦いで父親を亡くしていたはずだ。
束ね役は人数のために、急遽それを呼んだことを後悔した。確かに、うちはへの複雑な感情はある。けれど、今がどんな時代であるかも理解している。何よりも、ようやく、戦も落ち着き、子どもを戦場に出さなくなることの方が大事だ。
「ちょっと!」
「何よ、事実でしょ。扉間様のこと、どうやってたらし込んだのか。ああ、柱間様まで仲が良いようね。夜も仲がいいことで!」
皮肉交じりのそれに周りの人間が止めにかかる。その間、イドラは静かにじっと相手を見ていた。
「あんたたちだって納得してるの!?この女はうちはなのよ!それが扉間様の嫁になるなんて!あんただって、自分の身内の敵と通じるなんてどんな神経してるの!?」
激高した女のそれに、イドラはそっと顔を伏せた。それは、女の暴言に傷ついているように見えた。
とっころがどっこい、そんなことはない。
イドラは心の内で扉間に対して土下座していた。
(あー!なんか誤解されて、夜に何かしてると思われてる!扉間様に知られたら、今度こそ飛雷神の術でどこかに捨てられるのでは?)
別段、女のことは怖くない。そんなことより、戦場で柱間の木遁に追いかけられたときの方が怖かった。
「何か言ったらどうなの?」
黙り込み、恒例になってきた扉間への心の内での土下座を終らせて、イドラは女の方を見た。ともかく、この場を収めなくてはと思いはしたが、女の方を見てイドラは黙り込んでしまった。
そんな目をした、女をよく見た。
うちはで、何かを無くして、泣きじゃくる女の目に似ていた。
「・・・・私は、臆病なんです。」
「何言ってるの?」
「何も思っていないというならば、嘘になるでしょう。ですが、私は、これから誰かを失うことの方が恐ろしい。」
じっと、その、夜のように黒い、静かな瞳が自分に向けられて女は怯えたように体を震わせた。
「不快であるのなら、申し訳ありません。ただ、私は怖いのです。怖くて、怖くて、たまらないんです。いつか、私の抱えた怒りを憎しみを、幼い子どもに背負わせて、誰かに押しつけることが、私は恐ろしいのです。」
扉間はその話を聞いた後、すぐに騒ぎを起こした女を二度と屋敷に入らせないように指示を出した。
じっと、女を見た。イドラは不思議そうに扉間を見ていた。
それは何を思ってそんなことを言ったのだろうか。
怒りと憎しみを、誰かに背負わせて、押しつけたくないという女。臆病だからと笑う女を見ていると、扉間はなんとなく思うのだ。
これは、誰かがいなくなることに泣いても、心底誰かを殺したいと思ったことはないんじゃないのかと。
それが、妙に重なるような気がして扉間は眉間に皺を寄せた。
現状として、もう、扉間も諦めた。
この女との婚姻については諦める他が無いのだ。宗家同士での婚姻は和平においての条件として丁度良かった。
柱間とイドラを結婚させるのも、扉間としては断固反対だ。自分以外に兄弟もいない。ならば、割り切って生活をして行くしかない。
(・・・・特別、かまわなくてもいいだろう。)
マダラの様子からして、自分に気を許しているのは、偏に妹の夫であり、彼が認められる程度に扉間が優秀だったからだ。
そうして、あの、扉間にとって不本意でしか無い純愛やら密通の話だ。これについても、これから扉間やイドラとの関係性である程度落ち着くだろう。
今は、それを否定するのは諦めた。イドラが心底惚れた男。これのおかげで、うちはからの態度が軟化している部分があるのも否定できない。
事実、時折やってくるうちはからの使者は扉間に対してだけ、少し肩の力を抜いて頭を下げた。
どうか、イドラ様をよろしくお願いします。
(イドラの夫という立場は、そう悪いものではない。)
ならばそれを利用しない手は無いだろう。
どれだけ、スケベ野郎だとか、好き者だとか、本命にはガツガツしてるだとか、とんでもない話があったとしても、今は耐え忍ぶ時だ。
そうだ、これからイドラに対して簡素な対応を続ければ所詮は政略結婚だと皆、納得するのだろう。
過剰な対応を取るからこそ、皆、面白がるのだろう。
(ああ、そうだ。この程度の悪名、この程度の、風評被害!)
怒りのあまり段々と目つきの鋭くなっていく扉間にイドラは考え事だろうかと頭をひねった。
そうだ、ならばこの女についてはひとまず置いておこう。少なくとも、イドラの言うとおり、女と婚姻関係を築くことは有用だ。どうせ、必要最低限の関係だけを築けば良い。
そうだ、所詮は振り程度でいいのだ。夫の義務を果す程度の理性もある。
そうだ、今まで通りの接し方を続ければ良い。女の企みを探るために近くにいる必要もある。
自分が過敏になりすぎていたのだ。扉間は心を落ち着かせて、湯飲みを啜った。
そこでふと、自分の隣でこちらをじっと見る間抜け面の女に気づく。その暢気そうな顔にイラッとして、扉間は女のほっぺたを引っ張った。
痛いですと嘆く女に扉間は心の内でざまあみろと思う。
己の風評被害のせいで遭っている苦しみを数割でも味わえと思う。
その時、頭の隅で女のままごとのような戯れのことを思い出した。
(・・・・あれは演技、いや、素なのか?)
くのいちといっても、それは実力なんてピンキリだろう。けれど、夫婦らしい仕草に対して、頬に口づけが出るのは、演技なのか?
それとも、素なのか?
(ワシは、その程度の知識しか無い女と婚姻するのか?)
その場合、閨のことだとか、諸諸を自分が一から教えなくていけないのだろうか?
(まあ、それはそれで、下手な疑いを持たなくていいのか。)
けして、よこしまな感情から来るものではなくての話だ。扉間はそれに、自分の頬に押しつけられた柔らかな感覚を思い出し、また、胸に、ギュンと来るものがあった。それを忘れるように、イドラの頬を一度、引っ張った。
「扉間、お前も隅に置けんなあ。」
「・・・・何の話だ、兄者。」
今日も今日とて、里を作る資金繰りについてうちはに相談の手紙を書いていた時、この頃やたらと肌つやの良い兄である千手柱間が訪ねてきた。
うちはへの返事を送るために、使者を待たせているため、扉間は苛立っていた。
悩みがないせいか、やたらと体調のよさそうな兄の頭を張り飛ばしたくなりながら、答えた。
「なんぞ、冷たいのお。イドラ殿にかんざしを贈ったのだろう?これから堂々と贈り物ができるのだ。よかったなあ。」
その言葉に扉間は固まった。
は?贈り物?誰からのものだ?
イドラの持ち物は、忍という立場上、千手に先に通告されているし、中身も確認した。その中にかんざしは無かったはずだ。
イコールでそれは確かに誰かに贈られた物だ。
「いやあ、頬を染めて嬉しそうでなあ。」
そんなことなど記憶にない扉間は筆を軋むような強さで握った。
(ワシがいながら、あの馬鹿、誰に貰った!?)