長くなりそうなので、良いとこで切ります。
うちはイドラは、性質として犬のような女だった。
幼い頃は母親に似た少女は兄弟や父からひどく可愛がられた。よく笑い、よく懐き、感情の豊かな少女だった。
マダラにとって一番目の弟で、彼女にとって二番目の兄が亡くなるまでは。
それから、泣かなくなった、笑わなくなった。
何かを話すことも少なくなり、いつも、じっと、どこか遠くを見ているような女になった。
それにマダラは何と言えばいいのかわからなかった。
少しずつ、痛み、膿んだそれはマダラではどうしようも無くて。
いいや、きっと、皆が病み、傷ついてばかりだった。
そうして、現在。
目の前には、鼻水と涙を流しながら、えっぐえっぐとしゃっくりをあげる妹。それに、マダラは穏やかに微笑んだ。
「・・・こんなにも感情を出すイドラは久しいな。」
「兄さん、現実逃避してる場合じゃ無いんだけど!?」
イズナは現実逃避にこの頃で一番に穏やかな顔で微笑む兄を隣にしながら、今の状況に頭を抱えた。
うちはと千手は現在、死合いを中断している。氏族で集まり、円状に集まってじっと中心を見つめている。
その中心には泣きじゃくるうちはイドラ、現実逃避をしているうちはマダラ、頭を抱えるうちはイズナ。どうすれば良いかわからずにおろおろする千手柱間。
そうして、多方面から冷たい目を向けられる千手扉間がいた。
「ええい!貴様、いい加減に泣きやまんか!」
扉間はぐずぐずと泣くイドラを怒鳴った。普段ならば、超のつく合理主義の彼にしては珍しい、感情的な行動だった。この状態で、イドラを怒鳴りつけるのが悪手であるとは理解している。
けれど、扉間としても寝耳に水であったのだ。
改めて言うが、扉間はイドラとまったくといって良いほど関係が無い。いっそのこと、イズナの方がまだ因縁がある。
彼らに姉妹がいるのは知っていたが、名前とぎりぎり容姿ぐらいしか把握もしていなかったというのに。
(何を考えている?)
扉間はそう思いながら頭を抱えたくなった。現状、正直に言えば、イドラというそれにとって得になることなどないだろう。
何が悲しくて、婚姻もしていない、おまけに一族にとって因縁のある男に傷物にされたことを暴露するのだ?
ただでさえ、うちはの一族は誇り高いものが多い。イズナとマダラの様子からして、彼女の発言は彼らも予想外なのだろう。
ならば、目的は?
(この女はいったい何を目的にしている?)
何もかも、不合理に近しい状況が、切り口さえも見つけられない状況が、扉間を苛つかせる。
「「とびらまあ。」」
息ぴったりに、二重に聞こえたそれに扉間は固まった。声の方を向けば、据わった瞳の柱間と、写輪眼をかっぴらいたマダラ。
お前ら、仲良いねえ。
そんな馬鹿げた感想が出てくるほど、息がぴったりであり、そうして、怒気の籠った声だった。
「扉間、少し、黙れ。」
その声音に扉間は思わず黙る。その声は、柱間が本当に怒り狂っている時の声音だ。それに柱間は息を吐き、マダラの服の裾を掴んでずびずびと泣いているイドラに話しかけた。
「初めて話すな、イドラ殿。」
「ばい・・・・」
未だに鼻水を啜っているイドラはどうしたものかと頭を抱えていた。
扉間に諸諸を吐き出した後、今までこらえていた未来に対するストレスが爆発したのか、完全に涙腺が壊れてしまっている。
おかげで視界はぼっやぼやだ。
(というか、この空気はいったい?)
イドラからすれば扉間に泣き叫んだ時点で引き離されて、拘束でもされると思っていた。そのぐらい、自分の行動は意味不明だし、発言だって理解されていないだろう。
なのに、何故か、死合いは中止され、一族全員が何故か扉間に冷たい目を向けている。
イドラは自分に優しく語りかける柱間を見上げた。
「おい、柱間!イドラに何を聞く気だ!」
「・・・先ほどの言葉が本当かどうかだけは聞かねばならんだろう?」
「この大勢の前でか!?」
「あ、それは・・・・すまん。」
「おまっ!お前はいつもそうだ!」
しょもしょもとしょげる柱間にマダラが怒鳴る。そこで、イドラの涙が引っ込んだ。
さっきの言葉?
いいや、待ってくれ。そう言えば、自分はあの発言についてどう釈明すべきなのだ?
あまりにも意味不明すぎる、あれを。
それに今まで流しっぱなしだった涙が引っ込んだ。
「あ、あの・・・・・」
今まで泣くだけだった女の吐き出した言葉に全員の視線がそちらに向かった。扉間は切に自分へのとんでもない疑いが晴れることを願った。
そんなことなど知りもしないイドラは顔を真っ青にして、震えていた。
(え、待って、私この状態、どうやって釈明すんの?いや、無理でっすよねえ!?)
冷や汗だらだらでともかくはと口を開けた。
「・・・ち、ちがいます。なんでもないのです。と、扉間様には、関係のないことで。」
イドラはおよそ言い訳とは言えない言い訳をした。
それに、皆、ざわついた。
明らかに関係ないなんて言えない様子、青い顔、そうして、うちはだというのに様付けで扉間を呼ぶ様子。
それは、言っては何だが扉間とイドラの間に何かがあると告げていた。
「ふむ、イドラ殿。本当か?」
「ほ、本当です!本当に、何も無くて。わ、私の一時の乱心で。扉間様は何も悪くないのです!」
はっきり言おう、その時のイドラはまさしくダメ男を庇い立てる哀れな女にしか見えなかった。
うちはの人間でありながら、扉間を様と敬称をつけ、且つ庇い立てる様は何かがあるとしか言えなかった。
扉間は絶望した。だって、完全に自分の味方が、着実になくなっていくのがわかる。
これか?
自分への信用を無くす。これのために、イドラは自分に特攻をしかけて来たのでは無いか?
そんな予想さえも出来てしまう。
だが、ちらりと見たイドラは泣きじゃくる子どものようで、そんな考えがあるように見えない。完全に、あほであるとしか思えない。
「扉間あ!貴様!姉さんに何をしたんだ!?」
「何もしておらんわ!だいたい、ワシはこれのことなど名前と顔ぐらいしか知らん!言葉を交わしたのさえも、これが初めてだ!」
「そうです!本当です!!」
「本当にもう黙れ!」
どんどん冷たくなっていく視線に扉間は必死に叫ぶが、それに怯えるイドラの様は完全に乱暴な夫に怯える妻そのものだ。
うちはは誇り高い。そうして、情が深いために千手に対して悪感情がある。本来ならば、頭領の血縁、イドラが扉間に入れ込み、あまつさえ子をなしたという事実に怒りを感じてもしかるべきなのだが。
だが、千手に騙され、おまけに腹の子さえも流れた様子のイドラに同情しているものは少数いた。
何よりも、頭領の子であるイドラは幼い頃から知られていたし、皆から可愛がられていた。そんな少女がわんわんと泣いているのを見れば、心が痛む者も一定数いた。
元より、一度懐くと一途なうちはだ。
大人になるにつれてなりを潜めたが、幼い頃はうちはでも珍しい犬のように全方面に愛想を振りまいたイドラに対して愛着を持っていたものも多かった。
そうして、直情的なものの多い千手はいくら忍であるとしても、敵の男に辱められ、子まで流れたという女に全方面で同情していた。
つまりは、その場は最低な男である扉間への奇妙な一体感に包まれていたのだ。
最悪な一体感である。
そんな中、うちはの一人が疑問に思っていた。
イドラの腹はずっとぺったんこで妊娠の兆候などあっただろうか?
その時、数週間前、イドラが熱を出す少し前の記憶が思い起こされた。それは、イドラが青い顔で厠で吐いていたというものだった。
その時は心配をしていたが、彼女は酒で胃が荒れたと言うだけだった。
もちろん、真実はそうで、いくら体は丈夫でもメンタル面では脆かった彼女は、減っていく同族や、視力の低下する兄など、色々と思い悩んだあげく、胃が荒れてものを食べられなくなったのだ。
「そう言えば、ものを吐いていた・・・・」
その言葉は驚くほどに、辺りに響き、千手一族にさえも聞こえた。それにまるで思い出すように、うちはの中で囁き声が広がる。
「この頃、ろくに食べられていなかったな。」
「吐いてるの、私も見た。」
「そのあと、すぐ、高熱で倒れられて・・・」
それを聞いていたうちはと千手の中で、全てが繋がる。
つわりの兆候が出ていたが、その後、何が原因かわからないが、高熱によって母胎が弱り流れてしまった。そんな仮説、と言うよりも事実が皆の中で固まった。
まったくのでたらめである。
「もういい。」
吐き捨てたのはイズナだ。彼は持っていた剣を構えた。そうして、扉間を睨んだ。
「何があっても、そいつの罪は消えない。なら、命をもって償って貰う。」
イズナのそれにうちはの人間も改めて扉間を睨み、構えを取ろうとした。
何はともあれ、敵の一族に頭領の妹を寝取られ、いいや、辱められたのだ。ならば、イドラの今後は置いておいても、戦う以外の選択肢はないだろう。
それに扉間もこのまま戦って、イドラの云々はうやむやにするかと一種の放棄を決めた。けれど、それは、また邪魔される。
「だ、だめ!!」
イドラは扉間を庇う形でイズナの前に立ちはだかった。
「な、姉さん!どうして、そいつを庇うの!?どいてよ、殺せないじゃないか!」
そう言われても、その時のイドラだって必死だった。
(だって、この人が死んでもつむんですもん!)
扉間がいなくとも、同盟は叶うだろう。けれど、里を作った後の諸諸は扉間がいなければどうしようもない。
扉間を殺して卑の意思を途絶えさせてもつむし、彼がここで生きながらえても筋書き通りにバッドエンド。
どうすりゃいいねんという話なのだが、ともかく、今はその男を庇わねばならない。
何故、そんなにもイズナが扉間に怒り狂っているのかわからないが。
イドラは青い顔でぶんぶんと扉間を背に庇いながら首を振る。
それに扉間はもう、遠い目をした。だめだ、完全に自分が最低男になっている。いっそ、このまま後ろから斬りかかってやろうかと考えたが、そんなことをした日には兄に殺されるだろう。
マダラと柱間は喧嘩を止めて、イズナとイドラを交互に見た。
「で、でも、だめです。殺さないでください・・・・」
姉の泣くような声に、イズナの中で怒りがわき上がる。
何故、姉はその男を庇うのだ?
兄だってそうだ。千手の何をそんなにも思うのだ?
イズナの中で姉に裏切りにあったような想いが湧き上がる。といっても母親代わりに世話をしてくれた姉を全面的に憎みきることも出来ない。
ぎりぎりと、鬼の形相になるイズナにイドラはびびっていた。本気だ、何が理由かは知らないが、本気で彼は扉間を殺そうとしている。
脳裏に浮かぶのは、筋書き通りにイズナが扉間に殺された後のことだ。
イドラは悩んだ。
ともかく、イズナと扉間を争わせない方法だ。それに、イドラはとっさに、いいや、やけくそで叫んだ。
「と、扉間様を殺したら、私、死にますから!!」
その叫びに、それはもう、辺りは見事に静まりかえる。イズナは、姉の言葉を理解できず固まった。
マダラでさえも固まった。そこで、だ。そこで、ふと、柱間が口を開いた。
「マダラよ。」
「あ、え?なんだ?」
妹のあり得ない発言に固まっているマダラに柱間は言った。
「ここまでイドラ殿に言わせたのだ。」
扉間に責任を取らせる。彼女を、弟の嫁にくれないか?
もう勘弁してくれ。
それが扉間の本心だった。