自分を捨てると幸せになる。
私は癌で。私は糖尿病で。私は障害者手帳を持っていて。私は盲目で。私は孤児で。私は鬱で。私は無職で。私は人見知りで。おい。こら。お前。病気をアイデンティティにするな。よく自分を観察してみろ。病気なのは自分の体で、自分の魂は元気なはずだ。悩んでいるのは自分の心で、自分の魂は平気なはずだ。あんまり体に囚われるな。誰もが役柄を演じている。どれだけ悲劇を演じていようと、幕が降りれば全員笑顔。艱難辛苦に耐えているのは役柄なだけ。舞台裏では全員友達。
虚しさを覚える?当たり前。さみしくなる?当たり前。孤独を感じる?当たり前。全然普通。全然OK。よく自分を観察してみろ。胸の奥に虚無感があろうとも、常に虚無に覆われている訳ではない。食事が美味しかったり、景色が綺麗だったりすると、虚無を忘れて「うわお」となる。常に虚無があるとしたら、それはお前が頑固なだけ。虚無に頑固な虚無職人。自分とは透明な無限の広がりであり、心が何と同調するかである。苦しみに染まれば苦しみになり、喜びに染まれば喜びになる。濾過すれば透明。俺たちの本質は純粋な空。
お前は本当は怒っているんだろう。お前は本当は憤っているんだろう。嫉妬もあれば執着もある。エゴもあれば欲望もある。それを「俺がいなくなればいいんだ」とか「不安ではなく愛を選ぶ」とか、微妙な道を選ぶから不完全燃焼の欲求不満に襲われるのだ。欲求不満なら欲求不満のまま、欲求不満の英雄になれよ。欲求不満マンになれよ。俺がいなくなればいい。その通りだ。その通りなのだが、それでは命を守れない。消え去るのではなく、純粋な憤りを爆発させる。妥協的な調和に甘んじるのではなく、自分をぶっつける。自分以上に大きなものに、自分を賭ける。やばい奴扱いされても構わない。純度に応じて仲間は増える。誤解に比例して豊かになる。生の手応えを得る。
神と人と獣。内なる野生。あんまり悟るな。そっちの方が楽しいよ。間違った時は謝ればいい。もっと人間を楽しめ。内なる野生を目覚めさせろ。血の滴る肉を食え。レアで食え。食パンではなく魚を咥えながら登校して同級生を戦慄せしめよ。死への恐怖を克服した時、俺たちは無敵になる。最悪でも死ぬだけ。死なないように生きるのではなく、最悪死ぬと受け入れる。受け入れた上で爆発する。逆説的だが、死を受け入れた時に「俺たちは死なない」という永遠を掴み取る。俺たちの存在は愛。愛は死なない。故に無限。故に無敵。
孤独だしさみしい。だが、それがいい。人類全体の運命だと思って、悲劇も絶望も背負って立つ。あらゆる災いを、あたかも恋人であるかのように抱き止める。血の涙を流しながらにっこり笑う。捨てる時は捨てる。モノを捨てる。鞄の中身を捨てる。引き出しの中身を捨てる。クローゼットの中身を捨てる。携帯の中身も捨てる。アプリも捨てる。メモも捨てる。画像も捨てる。触れるものも触れないものも捨てる。捨てて捨てて捨てまくる。自分を捨てると幸せになる。鬼になってやればできる。一つのコミュニティから弾かれた時、より大きなコミュニティが拾ってくれる。国が世話をしてくれなくても、神が世話をしてくれる。暴れろよ。それが愛だ。兄弟姉妹。孤児みたいに生きた俺たちは、家族みたいな仲間になるのだ。
花を知りたければ、あなたが花になることです。
花となって花を開き、
花となって光を浴び、
花となって雨に打たれるのです。
これが出来たとき、
はじめて花はあなたに語るでしょう。
そしてあなたは、花の喜びと苦しみを知ります。
花の中に脈打つ命を知ります。
そればかりではありません。
花を知り得た「知」によって、全宇宙の神秘を知るのです。
鈴木大拙『禅と精神分析』(東京創元社)
おおまかな予定
8月6日(水)東京都北区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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