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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

キャタピラの恩知らず(5)

2010-04-19 | Weblog
そんな陰鬱な雰囲気であったときに、村の長が亡くなった。先週に頭が痛い、耳鳴りがすると言っていたと思ったら、もう死んでしまった。村の長とロベールは、遠い親戚であった。つまり、ロベールの祖父と、村の長の父親が、従兄弟の関係だった。従兄弟の関係というのは、もう兄弟の関係も同然である。そうなると、ロベールの父親と村の長も、兄弟どうしということになる。そうなると、ロベールは、村の長の甥ということになる。そしてこの地方では、甥が伯父の葬式を引き受ける役目なのだ。

近い親族に死人が出たときに、まずしなければならないことは、泣くことである。親族が死んで悲しまない人は、その親族を呪っていたと見なされかねない。つまりその人は、実は魔法使いであって、死んだ親族の魂を食べたのだ。ロベールは、村の長の死を聞いたら、すぐに上半身裸になり、村の長の家に行って、胸をかきむしって泣いた。あまりの悲しみに、死んでしまうのではないか、と皆が心配した。村の長の遺体を安置してある部屋に入ると、ロベールは壁に頭をがんがんぶつけ、頭蓋骨が割れないうちにと、皆が止めに入った。火に飛び込もうとし、井戸に身を投げようとした。ロベールが、村の長をいかに愛していたかが分かった1時間後に、皆に支えられてロベールは帰宅した。

帰り道に、ロベールは小さくつぶやいた。
「この馬鹿が、俺が一文無しになっているので、俺を困らせようと、わざと死にやがったな。」
実際、近隣の地域から親族たちが、荷物を抱えて次々やってきた。到着するや、何もかも投げ出して、遺体の前でとんぼ返りでもするように嘆き、なぜあの世に一緒に連れて行ってくれないかと叫んだ。これら親族は、葬式が終わるまで、つまり何週間か、場合により何ヶ月か、村で居候するのである。村の長には、妻が3人いて、子供が20人ほどあったから、親族の数になると、約50人近くが、村にやってきて居候と相成った。ロベールは、葬式までの間、彼らに食事を提供し、とくにお酒を飲ませなければならない。

ロベールは親族一同を集めて、葬式をどのように出すのかを協議した。皆の意見が一致したのは、盛大な葬式にすべし、という点であった。われわれの村は、この地方でも有力な村なのだ。われわれの名誉がかかっている。首都で働いている村の長の娘が言った。村の長の遺体は、いったん首都に運んで、首都でお通夜をして、首都から葬列を出発させるべきだ。首都はここから3百キロ離れている。それでも親族全員がこの意見に賛同した。村の長の名誉を考えれば、確かに首都でのお通夜と葬列の出発は、当然だ。そして、霊柩車はベンツでなければ。

もう一人の娘は、お父さんの棺は携帯電話のかたちを象ったものにしよう、と言う。お父さんは携帯電話を欲しがっていて、私が買ってあげる約束だった。約束を果たす前に、お父さんは亡くなってしまった。ここから60キロ西に行った町で、そういう棺桶を作っている。漁師には魚のかたち、農園農家にはカカオのかたち、酒屋のおやじにはビール瓶のかたち、そうした棺桶を選べた。注文が多いのは、ベンツやBMWや四駆の車である。人生に車を所有することが出来なかったから、せめて棺桶でというわけだ。そして、携帯電話も人気が高い。わが国では、偉い人である証拠は、携帯電話をたくさん持っていることである。村にはまだ携帯電話の電波が来ていなかったが、すこしお金がある人は、携帯電話を買って、首からぶら下げていた。親族の誰もが、この提案に賛同すると言った。

お通夜と葬式には、そう、首都でも村でも、楽隊を付けなければ。親族の誰もが、そうだと賛同した。村の葬式に楽隊を付けるということは、発電機を借りるということである。そして、葬式という以上は、ミサの聖歌隊も頼む必要があろう。これも親族は了承。われわれ親族は、お揃いの絵柄の服を作って着なければ。そして、首都でのお通夜では、村の長の顔を印刷したTシャツを着なければ。それはそうだ、と親族一同は賛同する。これら出費は、すべて葬式の主催者、つまりロベールの負担ということになる。

ロベールはキャタピラのところに出かけ、問題を相談した。
「村の長が亡くなった。そして、君たちがここに定住し、ここで裕福に暮らしているのは、村の長のお陰だったのだから、まさに君たちの父親が死んだみたいなものだ。われわれは、この村の長のために、盛大な葬式を行うことにした。わが村は、地方で一番格の高い村だから、質素に行うわけにはいかないのだ。葬式の成功に向けて、君たちの貢献を期待する。葬式の日取りはまだ決めていないが、おそらく3ヶ月後になる。」

キャタピラの若い息子が聞く。なんで、3ヶ月後なの。
「僕たちのところでは、人が死んだらその日のうちに葬式をして埋葬するよ。」
ロベールは応える。
「だから、君たちのやり方は真面目じゃないと言っているんだ。そんな、人間を犬みたいに、死んだらすぐ埋めてしまうなんて。はっきり言って、君たちは死者の尊厳を考えていない。君たちに重要なのは、金なのだろう。死んだ人間にお金をかけるなんてまっぴらだから、犬みたいに埋めるのだ。われわれは、君らのような吝嗇ではない。われわれの村の長、つまり君たちのでもある村の長を、威厳を以て埋葬するのだ。」

キャタピラは言った。もちろん、村の長の葬式に自分たちとしてもきちんと参加することは、既に決めています。この村のやり方を、きちんと尊重します。親族の方々の、葬儀の日までの接遇については、私たちが面倒を見ましょう。そうしてキャタピラは、現金25万フランを渡し、また毎日の食材を届けることを、ロベールに約束した。

さて、お通夜と葬式の費用については、計算してみると3百万フラン(60万円)は入用と判明した。過去数年の村での葬式も、だいたいその程度の金額を掛けているから、村の長の葬式という手前、それより安く上げるというわけにはいかなかった。問題は、どこからこの金額を捻出するか。村に住む親族で持ち寄ったお金は、合計4万4730フランである。村の長老たちにも貢献を求めた。22万5千フランが集まった。でも3百万フランには、とても届かない。

ロベールは3日間家に閉じこもって、策を案じた。そして3日目に仲間たちを集めた。
「解決策を見つけたぞ。」
ロベールは言う。
「与党に鞍替えするのだ。」
与党への鞍替えと、村の長の葬式と、どういう関係があるのか。耳を貸せ、とロベールは言った。そして、彼の腹案を仲間に説明した。

(続く)

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