ほぼ1ヶ月の間音沙汰がなかったロベールが、笑顔で帰ってきた。仲間が彼に、留守の間に村で起こったことを伝えた。ゲデオンが青年団長の地位を奪ったこと、キャタピラはゲデオンに資金を出すようになり、今はゲデオンが村の皆に酒を振舞っていること、などなど。ロベールは仲間に、まあ落ち着けと言った。
「猫のいない間に、鼠は踊るというわけだ。今や猫が帰ってきた。鼠がどうするか見てやろう。」
ロベールが言うには、例の国会議員が、来月に予定されている国民議会選挙に出馬するにあたって、ロベールを選挙対策委員長に任命したのだ。そして国会議員は、政治の現実を踏まえ、新大統領の政党に鞍替えするという決断をした、という。そしてこの新与党から、公認してもらうのだ。
ゲデオンはじめ新与党の党員たちは、大憤慨した。あの国会議員は、われわれを叩き潰そうとしてきた人間ではないか。一つ前の大統領選挙、つまり積極的ボイコットの時には、われわれを逮捕さえした男だ。ロベールとその一味は、投票をでっち上げた張本人だ。ゲデオンたちがこう言って、さんざん騒ぎ立てたので、国会議員は新与党の公認を得られなかった。新与党は、大学教授を公認候補に立てた。国会議員はただちに新与党を離党して、古巣の野党に戻ろうとしたが、すでに野党公認候補も決まっていた。結局、無所属で立候補することになった。
ゲデオンがキャタピラ提供の車で、野党はバイクで選挙活動をする一方で、ロベールたちは歩いて選挙活動するしかなかった。幸い、国会議員は、すでにTシャツとカレンダーをたくさん刷っていた。一つ問題は、Tシャツを印刷したのが、新与党からの公認を期待していた時期だったので、新大統領の顔が胸元に堂々と描かれていたことだ。でも構わない。新大統領の出身地であるこの地方では、もう誰もが新大統領の支持者だったからだ。
この地方は、昼は与党、夜は野党の支持者と言われてきた。しかし、その野党が与党になったので、もう夜も昼も、堂々と新大統領の与党を支持すればいい。だから、ロベールが国会議員からの資金で、安酒を買っては人々に飲ませたわけだけれど、それでも、その人々はロベールに堂々と言った。悪いが、新与党の候補に投票するよ。だって、あんただって前には言っていたじゃないか。食わせてくれる人を支持しなければならない。だから与党を支持すべきだ、と。
ロベールは、それは違う、今回は大統領選挙じゃなくて国民議会選挙だ、3人の候補のうち一番金持ちを選ぶべきなのだ、と言った。このロベールの議論では、誰も説得できなかった。Tシャツとカレンダーは、すべて配って底をついた。ロベールと仲間たちは、少し残った資金を、さらに選挙活動につぎ込むより、自分たちで飲んだほうが賢い、と判断した。国会議員も自分で村を回ったけれど、誹謗中傷しか得られなかった。お前は任期中、地方のために何もしなかった。道路は悪路のまま、電気も来ない、若者は失業、キャタピラは森を奪ったままだし、雨も十分降ってくれない。だいたい、葬式に全然顔を見せなかったじゃないか。全ての葬式に出てお金を配る、ということをしなかったのは、政治家として致命的だった。
ロベールの国会議員は、完膚無きまでに敗北した。ゲデオンの完全勝利だった。誰もが、ロベールたちを避けるようにした。ロベールたちは酒場に行けなくなり、家に閉じこもった。そして、夜ごとにロベールの家に集まって、将来をどうするか悩んだ。ゲデオンの軍門に下るか、このまま村八分で生きていくか。
ある日、ロベールはキャタピラの家に行った。森の使用料を徴収しに出かけたのだ。キャタピラは、帳面を持ってきた。これまでキャタピラがロベールに支払った金額が、すべて記帳されていた。森の使用料については、もう2年先まで支払い済みであった。そして、別の帳面を持ってきた。ロベールがキャタピラから借りて、そのまま返さないでいる借金が、ずらりと並んでいるのを見せながら、キャタピラは言う。
「私たちの部族の箴言では、借金を返す人が金持ちになる、と言いますよ。」
そんな箴言は馬鹿げている、とロベールは言う。結局君たちは、金が人間より大事というわけだ。
「金には終わりがあっても、人は終わらない。」
何だそれ、とロベール。別の箴言です、とキャタピラ。それも馬鹿げている。君が金をくれないと、俺は飢えて死んでしまう、とロベール。死ぬことなんかできないよ、とキャタピラは軽くいなして言った。
「コートジボワールでは、人が飢えて死ぬことはない。人が飢えて死ぬのは、私たちの国の話ですよ。森もないし、水もない、土地は痩せている。だから、私たちの国からコートジボワールに働きに来るのです。ここでは、ちょっと頭を下げれば、食べ物が貰える。」
俺に頭を下げろと言うのか、だいたい俺たちの森を全部奪っておきながら、とロベールは怒る。
「それは違う。森は私たちが奪ったのではなく、君たちが私たちに分け与えたのでしょう。それも決して無償ではなかった。それに森はまだ残っている。君も、森に行って働けば、何の問題もなく食糧くらい手に入るでしょう。人間の尊厳は労働にあり、と別の箴言も言っているとおりです。」
キャタピラの言葉に、ロベールはかんかんになる。俺はお説教を聞きにきたのではない、金繰りを助けてもらいにきたのだ。
キャタピラは、自分たちはあらゆる困難に直面しているのだ、と答えた。カカオ買取り価格の低迷、ガソリンと肥料の高騰、成人した子供の結婚費用、2人の妻が次第に贅沢になっていくこと、等々。だから小遣い銭も出せない。その代わりに、バナナや茄子やヤム芋などを、貨物自動車に積んで家に届けよう。ロベールは、落胆して家路についた。
(続く)
「猫のいない間に、鼠は踊るというわけだ。今や猫が帰ってきた。鼠がどうするか見てやろう。」
ロベールが言うには、例の国会議員が、来月に予定されている国民議会選挙に出馬するにあたって、ロベールを選挙対策委員長に任命したのだ。そして国会議員は、政治の現実を踏まえ、新大統領の政党に鞍替えするという決断をした、という。そしてこの新与党から、公認してもらうのだ。
ゲデオンはじめ新与党の党員たちは、大憤慨した。あの国会議員は、われわれを叩き潰そうとしてきた人間ではないか。一つ前の大統領選挙、つまり積極的ボイコットの時には、われわれを逮捕さえした男だ。ロベールとその一味は、投票をでっち上げた張本人だ。ゲデオンたちがこう言って、さんざん騒ぎ立てたので、国会議員は新与党の公認を得られなかった。新与党は、大学教授を公認候補に立てた。国会議員はただちに新与党を離党して、古巣の野党に戻ろうとしたが、すでに野党公認候補も決まっていた。結局、無所属で立候補することになった。
ゲデオンがキャタピラ提供の車で、野党はバイクで選挙活動をする一方で、ロベールたちは歩いて選挙活動するしかなかった。幸い、国会議員は、すでにTシャツとカレンダーをたくさん刷っていた。一つ問題は、Tシャツを印刷したのが、新与党からの公認を期待していた時期だったので、新大統領の顔が胸元に堂々と描かれていたことだ。でも構わない。新大統領の出身地であるこの地方では、もう誰もが新大統領の支持者だったからだ。
この地方は、昼は与党、夜は野党の支持者と言われてきた。しかし、その野党が与党になったので、もう夜も昼も、堂々と新大統領の与党を支持すればいい。だから、ロベールが国会議員からの資金で、安酒を買っては人々に飲ませたわけだけれど、それでも、その人々はロベールに堂々と言った。悪いが、新与党の候補に投票するよ。だって、あんただって前には言っていたじゃないか。食わせてくれる人を支持しなければならない。だから与党を支持すべきだ、と。
ロベールは、それは違う、今回は大統領選挙じゃなくて国民議会選挙だ、3人の候補のうち一番金持ちを選ぶべきなのだ、と言った。このロベールの議論では、誰も説得できなかった。Tシャツとカレンダーは、すべて配って底をついた。ロベールと仲間たちは、少し残った資金を、さらに選挙活動につぎ込むより、自分たちで飲んだほうが賢い、と判断した。国会議員も自分で村を回ったけれど、誹謗中傷しか得られなかった。お前は任期中、地方のために何もしなかった。道路は悪路のまま、電気も来ない、若者は失業、キャタピラは森を奪ったままだし、雨も十分降ってくれない。だいたい、葬式に全然顔を見せなかったじゃないか。全ての葬式に出てお金を配る、ということをしなかったのは、政治家として致命的だった。
ロベールの国会議員は、完膚無きまでに敗北した。ゲデオンの完全勝利だった。誰もが、ロベールたちを避けるようにした。ロベールたちは酒場に行けなくなり、家に閉じこもった。そして、夜ごとにロベールの家に集まって、将来をどうするか悩んだ。ゲデオンの軍門に下るか、このまま村八分で生きていくか。
ある日、ロベールはキャタピラの家に行った。森の使用料を徴収しに出かけたのだ。キャタピラは、帳面を持ってきた。これまでキャタピラがロベールに支払った金額が、すべて記帳されていた。森の使用料については、もう2年先まで支払い済みであった。そして、別の帳面を持ってきた。ロベールがキャタピラから借りて、そのまま返さないでいる借金が、ずらりと並んでいるのを見せながら、キャタピラは言う。
「私たちの部族の箴言では、借金を返す人が金持ちになる、と言いますよ。」
そんな箴言は馬鹿げている、とロベールは言う。結局君たちは、金が人間より大事というわけだ。
「金には終わりがあっても、人は終わらない。」
何だそれ、とロベール。別の箴言です、とキャタピラ。それも馬鹿げている。君が金をくれないと、俺は飢えて死んでしまう、とロベール。死ぬことなんかできないよ、とキャタピラは軽くいなして言った。
「コートジボワールでは、人が飢えて死ぬことはない。人が飢えて死ぬのは、私たちの国の話ですよ。森もないし、水もない、土地は痩せている。だから、私たちの国からコートジボワールに働きに来るのです。ここでは、ちょっと頭を下げれば、食べ物が貰える。」
俺に頭を下げろと言うのか、だいたい俺たちの森を全部奪っておきながら、とロベールは怒る。
「それは違う。森は私たちが奪ったのではなく、君たちが私たちに分け与えたのでしょう。それも決して無償ではなかった。それに森はまだ残っている。君も、森に行って働けば、何の問題もなく食糧くらい手に入るでしょう。人間の尊厳は労働にあり、と別の箴言も言っているとおりです。」
キャタピラの言葉に、ロベールはかんかんになる。俺はお説教を聞きにきたのではない、金繰りを助けてもらいにきたのだ。
キャタピラは、自分たちはあらゆる困難に直面しているのだ、と答えた。カカオ買取り価格の低迷、ガソリンと肥料の高騰、成人した子供の結婚費用、2人の妻が次第に贅沢になっていくこと、等々。だから小遣い銭も出せない。その代わりに、バナナや茄子やヤム芋などを、貨物自動車に積んで家に届けよう。ロベールは、落胆して家路についた。
(続く)
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