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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

キャタピラの恩知らず(3)

2010-04-16 | Weblog
ある朝、首都でクーデタがあった、という速報が届いた。政権は、一握りの兵士によって覆された。大統領と閣僚たちは、外国に逃亡したという。いったい、どういう訳だ。ロベールは息巻いた。
「何を考えているんだ、この兵士どもは。俺の官房長ポストは、いったいどうなるんだ。」
そして着替えて、様子を探りに町に出かけた。町では、兵士たちは旧与党の党員たちを、片端から捕まえに来るようだ、と言っていた。

ロベールは、すぐにとって返して、森に隠れた。兵士たちがやって来た。兵士たちは、ロベールを探す様子でもなく、むしろキャタピラの村へ略奪に向かった。もちろんキャタピラたちは先に逃げて、村には誰もおらず、兵士たちは鶏を何匹か捕まえただけで、何軒かの家に火をかけて帰って行った。数日後、ロベールは髭ぼうぼうで、げっそり痩せて、家に戻った。それから数週間、家に閉じこもった。酒も飲まず、女にも手を出さない。これはいよいよ事態が重大であることを意味していた。

ある日、国会議員がロベールを呼び出した。町に行って2日後、ロベールは満面の笑みで、村に戻ってきた。そして皆に酒をおごった。彼が皆に説明するには、将軍は次の大統領選挙に出馬を決めた、そして国会議員も将軍に同調するのだ、という。そして、国会議員はロベールに、この地方での選挙活動を手伝ってほしい、と頼んだのだ。

数日後、将軍は公式に出馬を表明した。将軍の敵対相手は、あの野党党首である。野党党首は、すぐ近隣の地方の出身者であった。国会議員はロベールに言った。この地方での選挙結果が良ければ、将軍は自分に閣僚ポストを与えると約束したのだ。そして、自分はロベールのことを忘れていない、自分の閣僚就任の暁には君は官房長だ、と言った。

ロベールはキャタピラのところに行って、車を提供させた。そしてキャタピラを運転手にして、そしてガソリンもその運転手持ちであった。ロベールは、野党党首を支持するという連中に、お前らは馬鹿だと言った。
「いったい、政権に就いている軍人が、選挙を落とした例があるか。そもそも国庫の資金を握っているだけでなく、軍を従えているのだぞ。万が一選挙に落ちても、軍の兵力で政権を奪うさ。野党党首を支持するなど、時間の無駄だ。」

投票日のしばらく前になって、将軍と野党党首の両候補者は、わが国の国民でもないキャタピラが多数、偽の身分証をせしめている、という見解で一致した。したがって、キャタピラを選挙に参加させてはいけない、という結論である。キャタピラたちは、自分たちは誰よりも前からこの国に住んでいるのだ、と反論した。これに対して人々は、わが国出身のキャタピラと言っても、外国から潜り込んできたキャタピラと区別できない、と応じた。同じように発音しにくい名前、同じような服装。そして酒を禁止する野蛮な宗教を同じように実践し、自分たちの娘が外の男と懇ろになることを決して許さないところまで、全く同じじゃないか。そう言いながらも、ロベールはキャタピラのところへ行っては、選挙資金を調達した。もし金を出さないというなら、選挙の後に、俺たちの森から追い出してやる、と脅した。

ロベールは、村中の連中に酒をおごった。全員が、将軍に投票すると約束した。村の長も、将軍に投票すると誓った。今回の選挙では、誰もボイコットはしない。選挙の前日、ロベールは大宴会を催した。キャタピラに、羊の丸焼きを供出させ、酒を持ってこさせた。村の長と、村の長老たちと、それから全ての一家の長を呼んだ。全員が、将軍に投票すると、手を胸に当てて誓った。ロベールは、国会議員が彼に渡した選挙資金の残りを、皆に分配した。

投票は、何事もなく順調に行われた。翌日朝起きてみると、投票結果が出ていて、何と村の有権者300人のうち、将軍に投票したのは20人ほどであった。20票というと、ロベールとその家族、ロベールの仲間とその家族、それで合計してもう既に20票である。そして地方全体で、将軍は野党党首に、大きく得票差を付けられていた。ロベールは、村の長のところに駆け込んだ。
「いったい、どういうことだ。お前は俺の酒を飲んだじゃないか。一昨日にも、羊の丸焼きを食ったじゃないか。お金まで渡したぞ。」
村の長は、自分は確かに将軍に投票したので、その20人の中の一人だ、と主張した。他の人々も、村の長と同じように主張した。

ロベールは、まるで突然髭を失ったタリバンのように、茫然としていた。そして、皆が彼から視線を逸らすなかで言った。
「誰が将軍に投票しなかったか、分かっているのだ。君らは軍というものを、全く知らない。軍は決して許さないぞ。そのうちにやって来て、君らのかみさんと娘は、皆餌食だぞ。子どもたちは、切り刻まれて捨てられるのだぞ。そして君らは家に閉じこめられて、家ごと丸焼きだ。」
そう言って、家に閉じこもった。皆も、ロベールの恐ろしい言葉に怯えて、家に閉じこもった。

夜になって、ラジオが将軍の勝利を報じ、将軍は大統領就任を宣言した。ロベールは酒場で祝杯を上げた。
「そらみたことか。俺が言ったとおりだ。将軍に投票しなかった奴らには、必ず報いがくるぞ。」
村の長がやってきて、ロベールに酒をごちそうし、自分は将軍に投票した20人の一人だ、と誓って言った。他の人々もやって来て、自分は将軍に投票したと誓って言った。

翌日になり、野党党首が、この選挙結果はおかしい、と異議を申し立て始めた。人々が示威行動に出て、軍隊が発砲し、何人も死んだ。言ったとおりだろう、軍隊を甘く見てはいかん。一般市民が、よくも軍隊に楯突けるものだ。ロベールはそう言った。数日混乱が続いた挙げ句に、野党党首が真の当選者であるということになった。将軍は逃亡した。ロベールは、何日も家に閉じこもった。そしてある朝早く、家を出て行った。そのまま、首都にいる、彼の弟のところに転がり込んだ。

ロベールがいなくなって、村の全員がゲデオンに忠誠を誓った。村の長を含めて皆が、自分は野党党首に投票したと誓って言った。ゲデオンは、彼の党は彼に、中央での主要ポストを約束してくれている、と言った。おそらく、誰か閣僚のもとで、官房長のポストだ。ロベール不在のまま、ゲデオンはロベールから青年団長の座を奪い、選挙を行って彼自身が青年団長に就任した。

【解説】1999年12月に起こったクーデタにより、ベディエ大統領は国外逃亡を余儀なくされた。政権を握ったゲイ元参謀総長(将軍)は、2000年10月に大統領選挙を行い、自ら立候補をして正式な大統領になろうとした。ゲイ将軍に対して、バグボ「人民党」党首が挑戦。最初はゲイ将軍が自らの当選を宣言したものの、おおぜいの民衆がアビジャンで示威行動を行い、選挙結果はバグボの当選に覆った。

(続く)

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