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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

キャタピラの恩知らず(2)

2010-04-15 | Weblog
大統領選挙の何日か前になって、ゲデオンが言った。われわれの政党(野党)は、今回の選挙をボイコットすることに決定した。どのみち、現大統領(与党候補)が、選挙結果にいかさまをすることが分かっているからだ、と言う。野党は、独立選挙委員会の設置、透明な投票箱、国際選挙監視団などを要請したが、すべて与党に拒否された。協議は決裂し、野党はボイコットを決定したのだ。

ロベールはゲデオンを祝福した。野党は、話をより簡単にしてくれた。これで与党は問題なく、選挙に勝てる。しかし、ゲデオンは付け加えた。野党は、選挙の実施を、実力阻止するという決定なのだ。何だって、とロベールは聞く。
「われわれは、これを積極的ボイコット(boycott actif)と呼んでいるのだ。」
とゲデオンが応える。

ロベールは村の長のところに行き、この話を伝えてから、ゲデオンを監視しろと言った。俺の村で選挙に問題が起こったら、憲兵隊を呼んでゲデオンとその一味を逮捕させるぞ。村の長は、困ってしまった。この地方のすべての村の長たちは、すでにボイコットを決めていたからである。翌日、村の長は皆を呼んで、首都で働く自分の娘が重態になったので、すぐに駆けつけなければならない、と言ってから、さっさと居なくなった。村の他の男たちも、次々に急用ができて、居なくなった。ロベールは、かんかんに怒った。

選挙の前日、ロベールたちは、村を出て市長のところに行って、投票箱と選挙人名簿を引き渡して貰った。市長は、どうもどの村からも投票が無さそうな気配であるところ、そうなると後で罰せられると悩んでいた。だからロベールが自分の村に持ち帰って投票を獲得してやるというのは、ちょうどよかった。そして、いよいよ投票日になった。若者たちが出て、市庁舎に至る道路を封鎖して、村人たちが投票に行けないようにした。他の町では、市庁舎が放火にあったところもあるくらいである。

一方、村では誰もが、森に逃げ込むか、家に閉じこもっていた。誰もいない村の広場に、ロベールと仲間たちは、投票箱と選挙人名簿を置いて、その前に座った。ロベールは選挙人名簿から、一人の名前を読み上げた。仲間が、大統領(与党候補者)の票を取り上げ、投票箱に投じる。
「投票済み!」
とロベールが宣言する。そして選挙人名簿に印を付ける。本人の署名でなければならないのだが、どのみち誰も、署名などどう書くのか知らない。バッテンを付けるだけでいい。ロベールは次の名前を読み上げ、大統領の票が投じられる。

約1時間ほどで作業を終えた。間違いだらけのフランス語で認証書類を作って、皆で署名をした。ロベールは、この投票箱を市長のところに戻しに行った。道路は封鎖されていたが、ロベールの顔は皆に知られており、彼を引き止める者はいなかった。どのみち、ロベールが何のために市庁舎に向かっていたのか、誰にも想像が付かない。

夜になって、村人たちは恐る恐る村に戻ってきた。そしてラジオを聴いて驚いた。村は、この地方で投票を行った唯一の村となっていた。しかも、全ての票が、大統領に投票されていた。ゲデオンは、村人たちにロベールが何を行ったかを伝えて回った。村人たちは、皆激怒した。村の長は、首都から帰ってきて、ロベールの仲間たちに言った。
「君らが何をしでかしたのか、分っているのか。うちの村だけが、地方の裏切り者になったのだぞ。他の村の長たちに、自分は何と言い訳していいのか。」
村人たちは、ロベールが市から戻ってきたら、さんざん懲らしめなければと息巻いていた。村八分にしなければ、と言う人もいた。誰もロベールの仲間には、口を利かない。こんな汚名を、われわれの村に着せた。だから、あのロベールには気をつけろと、前から言っていたじゃないか。

大統領の再選が宣言された。ロベールは、地域の殺気立った空気が収まってから、2週間ほどして戻ってきた。国会議員と、大臣と、それからあと2人ほど偉いさん、それから憲兵を数人連れてきた。そして人々に、村の広場に集まるように告げた。村の長は、ただちに森に逃げた。彼を逮捕しに来たと思ったのだ。ロベールは彼を探し出し、村の皆が集まっているところに引き出した。村の長は、ぶるぶる震えている。

大臣は、村の長を褒め称えた。彼の、愛国心、忠誠心、勇気、行動力、市民意識が、民主主義を救ったのだ。村と市を結ぶあの悪路は、ただちに舗装される。電気も村まで引かれるだろう。そして、10万フランの現金と、ワインを10箱、村の長専用にジンを数本が、お土産として手渡された。

村の長は、大臣とご列席の皆様に感謝します、と言った。村全部を揚げて、大統領へのゆるぎない支持をお約束します。
「この村の人々に聞いてみてもいいです。毎朝毎晩、私どもは、大統領閣下が、誰よりも長生きされ、いつまでもわが国を統べられるように、とお祈りをしているのです。他の村は、この国を低開発と無知蒙昧から抜け出せなくする危険を冒すところでした。英明な大統領閣下は、この世を照らす石油ランプです。いや、もう神が遣わせた宝です。」

大臣と国会議員と、その他の偉いさんは、村の若い娘たちを数人連れて、首都に帰っていった。村の長と世話役たちは、ロベールの英知を賞賛した。そして、羊を一匹差し出して、ロベールのことを片時でも疑ったことを詫びた。
「いやなに、俺はいつだって、村の発展と、村人の幸福のことを考えて行動しているのさ。」
とロベールは言う。
「俺は町に住んだこともあるし、政治がどう動くのかも知っている。君らは、この村でしか生活したことがないだろう。よく分っていないことが、たくさんあるのさ。だから、俺みたいな人間が、青年団長を務めているのだ。」
村人の誰もが、もうロベールの言うことを疑ったりしないと約束した。

ロベール自身が、いったい幾らもらったのか、誰も知らない。でも、それから優に1週間は、皆で飲み続けることができたのだ。ロベールはこれまでの借金を、全て返した。そして、奥方や子供に、新しい服さえ買ってやったのだ。それから、ロベールはまた町に出て行って、積極的ボイコットで逮捕されていた若者たちを、全員解放して帰ってきた。もう、ロベールは、地方じゅうで英雄になった。

国会議員は、功績により次の内閣改造で閣僚になる予定だという。そして、その際には、ロベールを功績により、官房長(Directeur de Cabinet)に取り立てる、と約束した。
「官房長殿」
皆は、ロベールをそう呼ぶようになった。

【解説】1995年の大統領選挙は、ウワタラ「共和連合」党首が、国籍の問題で被選挙資格を剥奪されたため、ベディエ大統領(与党「民主党」)と、バグボ「人民党」党首との対決になった。しかし、選挙直前になって、選挙規則の改訂問題で与野党が対立し、結局「人民党」は選挙をボイコットするとの決定を下した。その結果、ベディエ大統領が、投票中96%の得票で、再選を果たした。

(続く)

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