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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

キャタピラの恩知らず(1)

2010-04-14 | Weblog
本屋に行ったら、「キャタピラの恩知らず(Les Catapilas, ces ingrats)」という小説本が置いてある。著者はヴナンス・コナン。題名からして、以前にご紹介した「ロベールとキャタピラ」と関係ありそうだ。ぱらぱら立ち読みすると、主人公はロベール。間違いない。「ロベールとキャタピラ」の続編である。

それで買い求めて読んでみた。ヴナンス・コナン氏が2008年に書き下ろした小説で、確かに「ロベールとキャタピラ」のその後という設定になっている。ロベールの村に移住してきた北部民族労働者たちは、森林開発と商売で成功し、経済的に豊かになり、人口も増えて、だんだん大きな力を持つようになる。先祖代々村に住んでいたロベールほかの村人たちは、彼ら北部移民たちをキャタピラと呼んで軽蔑しつつ、彼らとの間で様々な軋轢を生じていく。そうした前編の梗概が、小説の初めに繰り返される。

前編の「ロベールとキャタピラ」は、コートジボワールの社会の変動と、それに伴って生じる、滑稽だけれど深刻な対立を描いていた。この続編も、そうした社会背景を、のんびりとした筆致で描き重ねていくのかな、と思ったら、ちょっと違う。前編でロベールは、歌と踊りが大好きで、お金を得ては酒と女に費やす、気は良いけれど計画性のない、怠け者の男として描かれていた。続編では、ロベールは村の政治を統率する。相変わらず気の良い怠け者ながら、考え方や手法は狡猾である。まあ、違うロベールだと思った方がいいかもしれない。

そして、のどかな農村の生活の様子よりは、コートジボワールが辿った政治の変動が語られる。だから、少し内容は固くなっている。それでも、コートジボワールの現代政治を勉強してきた私として、十分面白い。クーデタや北部の反乱などの動乱は、地方の村の生活を変え、素朴に生きてきた村人たちの心に大きな混迷をもたらした。そうした様子が、ヴナンス・コナンの筆で、活き活きと描き出されている。話は、1990年代の半ばから始まる。

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「キャタピラの恩知らず」
ヴナンス・コナン作

ロベールが、村の青年団長に選ばれたときに、既に50歳を越えていた。村で野党を率いるゲデオンは、彼の立候補に異議を申し立てた。11人も子供がいて、おまけに長男は30歳になるのに、彼を青年とはいえない。ロベールは反駁した。青年か老年かは、頭の中身の問題だ。先代の大統領を見てみよ(注:ウフエボワニ大統領のこと)。90歳ちかくになっていても、皆が若いと言ったではないか。それに、隣町の青年団長だって、60歳を越えているではないか、と。隣町の青年団長は、かれこれ40年その地位に居座っていた。どうも彼は魔法使いらしいと恐れられていたのだ。その権威に下手に挑むと、魂を食べられて殺される。

ロベールは、地元の国会議員に推されて、青年団長になったのである。次の大統領選挙に、村人たちの支持を動員してくれ、と頼まれた。ロベールが与党への支持を固めてくれれば、自分も国会議員として再選間違いなく、閣僚ポストが与えられるだろう。それはロベールの地位も、引き上げることになるだろう。

この国では、久しく単独政党しか認められていなかった。ところが、数年前から野党が認められた。その野党の党首というのは、このすぐ隣の地方の出身者なのである。だから、このあたりの地方の青年たちは、多くが影響を受けて、野党支持者になりつつあった。国会議員は言った。党首が同族出身者で、我々と同じ言語を話す人だから、その野党への支持に心が傾くというのは分かる。しかし、理性で考えれば、食わせてくれる人間を支持しなければならない。だから与党を支持すべきだ。

ロベールは、国会議員の所から、Tシャツとカレンダーをせしめてきて、皆に配った。皆はロベールのことを、真の指導者だ、と褒めた。Tシャツは、村では貴重な服装である。政治家は誰しも、村々にTシャツを配らないと、選挙で選ばれる見通しが覚束なくなることを知っている。大統領選挙は、もう事実上始まっている。ロベールたちは、与党候補者のポスターを村中に張って回った。そのすぐ後を、ゲデオンたちが付いてきて、そのポスターを剥がして野党候補のポスターを貼った。口論や喧嘩がおこり、何人も怪我人が出た。

ロベールは、若者たちを集めては、酒をご馳走して言った。
「馬鹿を見てはいかん。権力にいるからこそ、国の金を自由にできる。野党候補者は、いくら同族だといっても、君らに酒を振る舞うこともできないじゃないか。権力にある人間は、決して権力を失うことはない。もし、与党に投票しなかったら、与党はもうこの地方のことを相手にしなくなり、開発から取り残されるのだ。」
若者たちは全員、与党に投票すると言った。

野党のゲデオンは、全く違う切り口だった。ゲデオンとその同志たちは、民主主義、自由、社会主義について語った。働かなくても誰もが自由に飲み食いできる制度を宣伝した。白人たちと肩を並べられるようになり、だから白人の女たちとも懇ろになれるのだ、とまで言った。そして、与党の連中は、キャタピラたちにも身分証を配って、与党に投票させようとしている。でも気を付けろ、ある日、キャタピラたちが我々を牛耳るようになるぞ。多くの若者たちが、この意見に賛同した。

それを聞いて、ロベールも戦術を変更した。ロベールは説く。
「社会主義とは何か知っているか。誰かが所有するものは、社会全体の所有物でもある、と言うのだぞ。つまり、君のかみさんは、俺のものにもなってしまうのだ。そんなことを、君たちは許すのか。」
若者たちは、怒りを籠めて「ノー」と叫んだ。

でも、そうした若者たちも、与党がキャタピラに身分証を発給したことには、わだかまりを感じていた。ロベールは、身分証をキャタピラに与えたことを否認した。そして、この国にもともと住んでいたキャタピラと、国境を越えてやってきたキャタピラを、混同してはいけない、と説いた。しかしながら、この地方の多くの人々にとって、どちらであれキャタピラはキャタピラなのであった。

【解説】1995年の大統領選挙前夜の設定である。ロベールは、与党「民主党(PDCI)」の側にいて、その候補者ベディエ大統領の選挙運動を行っている。ゲデオンが所属する野党というのは「人民党(FPI)」であり、バグボ党首が候補者である。バグボ党首が同族で、出身の村が付近にあるというのだから、ロベールの村は、コートジボワール中西部にあるベテ族の村らしいということが分かる。

(続く)

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