ロメに出張したのは、草の根無償資金協力の仕事があったからである。平成21年度に支出を決めた話は、年度末までに執行しなければならない。そういう決まりであるから、平成22年の3月31日までに合意契約を結ぶ必要がある。コートジボワールについての案件ならば、アビジャンで契約出来るから話は簡単である。ところが、トーゴでの案件となると、契約に署名するために、ロメまで出張しなければならない。それで年度末ぎりぎりになって、宿題を片付けに行ったわけである。
案件は、ロメ市内の2つの小学校に、教室を建設し、また手洗いを改装するという協力である。すべての下準備は、担当官の手によって整えられている。私の役割は、小学校のPTA委員会の代表の人たちと、契約書への署名をし、握手をし、用意された挨拶文を読み上げてくればいい。わざわざロメまで飛ぶわりには、簡単な仕事である。
と思っていたら、ロメに着いたら、初等・中等教育省が大々的に式典のお膳立てをしたい、という話になった。この案件を、サンビアニ教育相がたいへん喜んでいて、自ら臨席して式典を行いたいという。どうも、PTA委員会と簡単に契約署名だけしてくればいい、という話ではなくなった。それで、署名式の当日(3月29日)、私は初等・中等教育省に赴いた。省の会議室が、私たちのため、署名会場として提供されていた。
私はサンビアニ教育相に迎えられ、大臣室に通されて会談となる。私は述べる。今回の案件は草の根協力の小規模案件なので、大臣自らこうして取り上げて頂けるとは勿体ない気がする。トーゴは今回の大統領選挙で、着実な民主化を果たし、再選されたニヤシンベ大統領のもとで、安定した経済開発に取り組む見通しだから、日本としてこれから、教育分野でもっと本格的な協力ができるようになるだろう。
サンビアニ教育相は応える。
「いやいや、日本は大事な国ですから、案件の規模にかかわりなく、感謝と礼をつくさねばなりません。私はかつて視学官として、教育行政に長く携わってきたので、知っています。日本は、トーゴが苦しんでいるときにも、ずっといろいろな協力を続けてくれました。それに、トーゴは日本を見習えと、資源が無くても先進国になった日本に学べと、小学校から教えているのです。だから、トーゴ国民は、日本が来て関与してくれる話となると、何だって嬉しいのですよ。」
さて、私はサンビアニ教育相と一緒に、署名式会場に入る。バワラ開発相も来てくれている。そしてテレビカメラをはじめ、取材記者がたくさん構えている。PTA委員会とだけで簡単に行おうと思っていた式が、だいぶ大仰になっているけれど、それは日本の協力の宣伝のためにはいいことだ。署名と契約書の交換の後、私は挨拶を始める。
「このたび、小学校の教室建設と、手洗いを改修する案件に協力することになり、たいへん喜ばしく思います。」
演説原稿を読み上げながら、私はふと気が付いた。この演説は、PTA委員会に対する挨拶として用意したものである。ところが、テレビが私を撮っているとなると、ここで私が述べなければならないのは、トーゴの国民全体に向けてのメッセージということになる。単に、小学校で生徒たちが喜んでくれれば嬉しい、というような挨拶だけではいけない。大統領選挙が民主的かつ平穏に行われた後、日本大使が来て何を言うのか、と注目されているだろう。選挙への祝意と、それから、何か前向きな訴えをしなければ。そんなことは、原稿には何も書いていない。困った。
それで、私は半分の頭で原稿を読みながら、残り半分の頭で演説文を考える。
「私も、小学生の頃に、学校の校舎が新築され、手洗いも綺麗になって、嬉しく思ったことを覚えています。2つの小学校に学ぶ子どもたちが、いっそう元気で勉強に励めるようになればいいと思います。」
などと演説しながら、大統領選挙をどう評価してみせるか、頭を整理するのである。
書かれた原稿の、おしまいのところまできた。私は、視線を原稿からテレビカメラに移して、即興の演説に移る。
「トーゴは、民主的な大統領選挙を、秩序のもとに平穏に行いました。これは素晴らしいことです。トーゴの国民の皆さんは、誇りに思うべきです。トーゴも、民主主義が十分機能している国であるということを、内外に明らかにしたわけです。」
これでも、まだ重みが足りないと思って、もう一言加えた。
「トーゴは、アフリカの民主主義のお手本です。」
出席している人々が、わーっと拍手をした。私は、日本とトーゴの二国間関係が、一層強化されることを願っている、と締めくくった。私がトーゴの大統領選挙を持ち上げた演説は、その夜のニュースで繰り返し流れたらしい。私は夕食の約束があったので、そのニュースは見ていない。
翌日になって、用事で訪ねたマリ保健相(前首相)が、会談のあと私に言う。
「大使、あれは良かったですよ。」
あれとは。
「大使が、トーゴをアフリカのお手本だと言ったことですよ。みんな、ジーンと来ましたね。トーゴの人々は、これまで褒められたことなど無かったから。」
そうですか、と私は応えた。とっさに口をついて出た言葉だけれど、本心でもある。20年来民主主義を続けるベナン、堂々と政権交代を演じて見せたガーナ、これらの国にトーゴも加わった。トーゴが民主主義を実践していけば、民主主義や選挙の実現に四苦八苦しているアフリカの他の国々の人たちを、勇気づけることになろう。「お手本」という表現を使ったのは、まんざらお世辞ではない、と私は自分で得心した。
<署名式の新聞記事>
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