トーゴでは、3月4日に大統領選挙が行われ、ニヤシンベ大統領の再選が決まった。選挙運動を通じ、また投票日の当日にも、何らの衝突や暴力も見られなかったという報道は、その通りだろうか。選挙結果に対して、人々はどういう受け止め方をしているのだろうか。伝聞により把握するだけでは、分らないことがある。逆に、現地に赴いて、街の空気を吸うだけで、気がつくことがある。私は、3月末にトーゴの首都ロメに出張したので、その機会に情報収集した。
「トーゴの歴史始まって以来、はじめて人が死ななかった大統領選挙でした。」
ある政治記者の解説である。それは良かったですね、と言うべきか、これまで大変だったのですねと言うべきか。
「流血どころか、極めて友好的な選挙戦でした。大統領支持政党(「トーゴ人民連合(RPT)」)と、野党候補の支持政党(「変革への結束党(UFC)」)が、それぞれ支持者のデモを出したところ、両方のデモ隊がロメの町で遭遇してしまった。これまでなら、そこで乱闘騒ぎですよ。ところが、双方のデモの参加者は、Tシャツや帽子を交換しあって、UFCの支持者がRPTのロゴを身にまとい、RPTの支持者はUFCのバッジを身につけて、エールを送り合ったのです。相手に対する攻撃的な言動は、双方とも一切行わなかったですよ。」
ロメの町の中には、まだ選挙ポスターが、そのまま張られている。各党とも、それぞれお金をかけて、選挙戦を戦ったあとが伺える。選挙戦は、それはそれで真剣に行われたのだろうけれど、国民として与野党を問わず願ったのは、支持する候補者の勝利以上に、平穏無事に選挙を行うことであった。誰もが、成熟した民主主義を実現したかったのである。
「最大のライバル、野党UFCのジルクリスト・オランピオ党首が、腰痛のために大統領選挙に立てなかった、という幸運はありました。けれども、それ以上に、フォール・ニヤシンベ大統領の選挙戦がうまかった。」
別の新聞記者が解説する。
「ニヤシンベ大統領は、私はあれをする、これもする、とは言わないのです。むしろ自分は5年間大統領をやってきたが、まだまだ問題は山積だ、と認める。その上で、国に信頼を置こう、そして一緒に問題を解決していこう、と呼びかけたのです。その控え目な言い方が、国民の共感を呼びました。」
選挙期間中、テレビを通じた政見放送が、各候補者に均等に、3回にわたって行われた。ニヤシンベ大統領は、はじめの2回は、自分が出ずに他の人に代弁させた。
「最後の1回になって、やっと登場しました。だから、彼が何を言うか聞くじゃないですか。そうしたら、一人15分間の割り当てがあるにもかかわらず、5分ほどしか話さないのです。それも公約とかではなくて、皆さん、暴力のない選挙の実現に協力してください、とのみ訴えた。」
「これは皆、心に銘記しますよ。それに、国民の一人一人が、前回(2005年)の大統領選挙の、多くの流血があったあの事態が、また繰り返されるのではないかと心配しているところでしたから、大統領の言葉におおいに賛同をしたのです。選挙後、結果を不服として、野党が街頭行動を訴えましたけれど、応じた人々は少なかった。これには、暴力のない選挙、という大統領自らの訴えがあったことが、大きく影響していると思いますよ。」
ニヤシンベ大統領としては、自分の再選と同時に、平穏無事に大統領選挙を済ますという、2つの目標を達成しければならなかった。それを見事に達する、上手な選挙戦を展開したわけである。
「先進国のように、細かな統計が出るわけではありませんから、これは推測です。おそらく、今回の選挙で、ニヤシンベ大統領は、若者と女性の支持をうまく獲得したと思いますね。」
どういう点で、支持が集まったのでしょうか。
「若者は、もちろん雇用対策とか、自分たちの生活の利益につながる政治をしてくれるかという点に関心があるでしょう。でもそれ以上に、ニヤシンベ大統領には、表現の自由を保障し、政治的な緊張緩和につながる大統領であるようだ、と安心させるものがありました。彼に任せておけば、強権政治や生活統制に戻ることはないだろう。これは経済的利益にも増して、若者の歓迎するところなのです。また、全国の市場の7割以上の、改修工事を行いました。市場というのは、女性たちの生活の本拠ですからね。この経済政策は、女性たちを大いに喜ばせるところとなりました。」
南北の地域を問わず、若者と女性は、ニヤシンベ大統領支持に傾いた。それが、次点候補を大きく引き離す得票に繋がった、という。
トーゴの政治は、独立以来このかた、北部出身者と南部出身者が、互いに激しい勢力争いを繰り広げるという構図の中にあった。政権をとった政党が、自分の出身部族に、利権や主要な役職を分配することになるから、その争いは流血さえ伴う、激しいものとなってきた。そういう従来の政治の姿を思えば、選挙結果の分析の中に、南北という視点だけでなく、若者や女性という「支持層」という視点が必要になってきているということ自体に、私は光明を見出す。
つまり、今回の大統領選挙が平穏だったのは、それが南北の間での利権をめぐる抗争としてではなく、今のトーゴにどういう政治を期待するのかについての、国民の意思の表明として戦われたからである、と分析したいところである。そう、選挙に暴力や流血がなかったことが、民主主義の成熟を表すのではない。選挙が正しく、国民の政治への負託の表明となっている、ということこそが、成熟した民主主義の本質である。だからこそ、トーゴの民主主義の真の成熟度は、ニヤシンベ大統領が再選をうけて何をするのかに、懸って来るであろう。 町のあちこちに残る選挙ポスター
ゴルゴタの丘にも選挙ポスター
ニヤシンベ大統領は大きな看板
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