goo blog サービス終了のお知らせ 

コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

白い墓標

2010-03-27 | Weblog

森林の巨木を切って、港まで運べば、いい値段で売れる。何百年もかかって成長した木々なのに、人々は一時の収入のために、惜しげもなく切っていく。貴重な原生林は、その木々が一本一本と、無慈悲に切られることにより、次第に縮小していく。森林破壊はそういう風に進んでいるのだろう、と私は想像していたのである。ところが、森林破壊の実態は、それよりもはるかに凄惨であった。

破壊が進んでいるという、「モノガガの森(Monogaga)」に案内してもらった。「モノガガの森」は、アビジャンを西の方向に離れること、約250キロ。カカオの積み出し港で有名なサンペドロの、少し手前にある。森は約39,800ヘクタール、街道に沿って東西に37キロ、南北の幅約10-15キロの広範囲に広がっている。

幹線道路で、東側から「モノガガの森」に入るや否や、驚くべき光景である。見渡す限りに無数の木が立っているけれど、どの木も白い肌をさらし、葉が全くない。つまり、枯れている。それらの木々の足元は、マニオク(キャッサバ芋)の畑になっていたり、コーヒーやカカオの木が、びっしりと植えられたりしているのである。高さ30メートルに及ぶ無数の柱が、緑のクッションが敷き詰められた地面に突き刺さっているようだ。それはまさに、木々の集団墓地に並ぶ、白い墓標であった。

いったいぜんたい、どうして木々という木々が全部枯れているのか。傍らの森林公社の人が、私に答える。
「農民が、故意に木を枯らしたのです。一番簡単な方法は、森の下草に火を掛ける、というやり方です。山火事ですね。下草とともに木々も焼けて枯れてしまいます。そして、広がった土地に、農作物を植えるのです。」
何と、一本一本切り倒すなどという丁寧な破壊ではない。農作のために、放火しては、そこら一面を焼け野原にしてしまうのだ。

「もう少し丁寧な方法は、木の根に切れ目を付けて、そこだけ焼く、という方法があります。これだと、外から見たのでは何かしたとは分りません。だから、森林公社の取り締まりの目をごまかせる。水を吸い上げる力を奪われた木は、2-3年するうちに、勢いを失って枯れます。その2-3年の間に、カカオを植えるのです。カカオは、若木のうちは木の陰でないと育ちませんからね。森林は枯れるまでの間、陰を維持してくれるので、カカオも育つ。一挙両得というわけです。」

木々の根元に、鉄や銅の楔(くさび)を打ち込むという方法もある。金属がゆっくり溶けだして、最後には木を殺してしまう。そうして木を枯らして、明るく開けた土地を、コーヒーやカカオの畑にできればいい。木を切り倒して、木材資源として活用するのならまだしも、とにかく枯らすことを考える。畑を作ろうと考える農民にとっては、林立する木々は、単なる邪魔者でしかない。

「モノガガの森」を、車に乗って東から西に通過する。37キロの沿道の、最初から最後まで、幾千幾万の枯れた巨木が立ち並ぶ、異様な光景が続いた。90年代に入るまでは、この森は、コートジボワールの中でもかなりよく保全された原生林だった。1992年の調査でも、82%が原生林として残っていた。ところが、1999年には、75%に減った。2000年代に入って、激しい森林破壊が進んだ。昨年(2009年)に調べたら、20%しか残っていなかった。総面積約4万ヘクタールの原生林の、およそ5分の4が、枯木になってしまっていた。

急速な破壊の原因は、コートジボワールの内戦であった。内戦により、コートジボワールの農園で働いていた多くのブルキナ人が、迫害を受けて農園を追い出された。行き場を探して、誰も利用していない「モノガガの森」に逃げ込んだ。そして生活のために、勝手に農園の開発をはじめた。誰も止められなかったのか。取り締まりの役目を負う森林公社には、活動のための予算もなく、なにより紛争で国内を自由に移動することも出来ない。結局、野放図な森林破壊を許す結果となった。

手元の道路地図を見ると、森を突き抜ける幹線道路沿いに、何の集落も表示されていない。ところが、車で走って見ると、何か所も相当大きな村落を通過する。この森に逃げ込んだブルキナ人たちが、過去10年の間に作った村なのだという。
「大事な森が、ブルキナ人たちにより破壊されている、というと、アビジャンでの反応は、そんなブルキナ人は追い出してしまえ、ということになる。しかし、この人たちを、今さら追い出すわけにはいかない。現実的には、まずブルキナ人の生きる道を考え、それから森の生きる道を考える、ということです。」

森林公社では、「モノガガの森」の中に、農業開発を許容する区域を指定し、そこではコーヒーやカカオの畑を維持する、それ以外の区域では、植林により、出来るだけもとの原生林に戻す努力をするという方針を決めた。
「私たちには幸いなことに、ブルキナ人にとっては不幸なことに、ここの土地はコーヒーやカカオの植生には適していません。海が近いので、潮風が吹いてくるし、また地下水に塩分が含まれている。そして、コーヒーやカカオは塩分を嫌うのです。だから、木が大きくなって根が地下水層に到達するや、枯れていきます。」

それまでの間、ブルキナ人たちに収穫を認める。そして、今からすでに、原生林に戻すための苗木を植えておく。コーヒーやカカオは枯れ、30年くらいするうちに、木は成長して、原生林の植生に戻って行く、という。たいへん気の長い話ながら、失われたものを少しずつ回復するための計画である。その計画を、住民のブルキナ人たちと忍耐強く話し合いながら進めていく。

森林破壊は、森林資源の乱獲によるというよりは、農園開発によるものであった。ウフエボワニ大統領の頃に、コーヒーやカカオの農園開発が奨励され、多くの森林が破壊された。近年になり、森林を守らなければならないという意識が育ったけれど、不幸にして紛争が生じてしまった。紛争により生じた混乱の中で、無秩序な森林破壊が進んだ。

何十キロにわたり延々と続く白い墓標は、開発の圧力や、紛争の混乱を前にしての、無力感を感じさせる。しかし、もう手遅れだとあきらめることはない。森林公社は、住民との共存を柱に、持続可能な森林保護を試みてきている。何十年か後には、幾許かでも原生林が取り戻せたらいい。そのための努力が、続けられている。

 木が枯れて白く林立している。
下の緑は、カカオ畑。

 膨大な数の木が枯れている。

 何十キロとこの光景が続く。

 地面を焼いて、畑にしている。

 大きな木が、焼かれて枯れた。

 枯れ木はそのうち切り倒される。

 枯れ木にはひびが来ていて、製材には使えない。

 枯れ木で、炭焼きを行う。

 幹線道路沿いのブルキナ人の村


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。