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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

私は失望している

2010-03-20 | Weblog

翌日(3月17日)の各紙に、私の顔写真と大きな見出しが踊る。
「日本大使、激怒のあまり、本音を吐き出した」
「私は失望した、と日本大使」
「日本は怒った」
「コートジボワールの信用が、危殆に瀕している」

予想を上回る反響になった。少しやり過ぎたかな、と一抹の反省が心をよぎる。もちろん各紙の見出しは、いつものことながら、表現が大袈裟にすぎる。私はそんなに怒ったりしたわけではない。でも、各紙がそうした表現で大きく取り上げたのは、間違いではない。私は、少し刺激的な演説をしたのである。

昨年3月、日本は、同じくコートジボワールへの債権を持つ、米国や、英、仏、独などの主要欧州諸国とともに、コートジボワールに対する債務救済を行うことに合意していた(パリ・クラブ合意)。今回その合意を実施に移すため、コートジボワール政府との間で交換公文を行い、債権の一部について、償還期限の繰り延べと、事実上の無利子化を行う段取りが整った。私は日本政府代表として、コートジボワール政府代表であるディビ・コフィ財務相との間で、交換公文の署名式を行った(3月16日)。

債務救済というのは、要するに借金を返さなくていい、という合意である。以前に、トーゴに対して債務救済を行った。それと同じ措置を、コートジボワールにも行うものである。多くの開発途上国で、先進国から借金して経済開発を行った。ところが、それにより実現するべき経済発展が思うように進まず、また世界の経済不況などがあり、結局それらの借款を返せない。利子負担ばかりが増大し、それらを返済するために国家予算がとられて、経済開発に資金が回せなくなっている。その悪循環を断ち切るため、いったん昔の借金については返済を免除しようという話である。

そうはいっても、借金棒引きをするのだから、無条件とはいかない。私たちの人生でも、自己破産などをして借金を免除して貰うことになれば、いろいろ生活態度を正し、これからは贅沢や浪費をしませんと誓わなければならない。コートジボワールも、貧困削減計画を決め、資金を国民の生活向上のために使うことを、各国の前に誓約している。今回の日本による債務救済の場合、完全な棒引きではなく借款返済の繰り延べであるとしても、総額580億フラン(115億円)という大きな額であるから、そういう規律の部分について、きちんと襟を正すように改めて念を押しておこう。そう考えたのである。

私は、演説の中でこう言った。
「パリ・クラブの合意に従い、コートジボワールは、財政均衡、予算費目の見直し、行政の透明性向上、エネルギー部門やコーヒー・ココア部門の改革、公的金融機関の改革、などの経済改革を行う義務があります。出来るだけ早く、これらの改革が進んでいくことを、心から期待します。」

私が期待するのは、それだけではない。何より、大統領選挙に勇気を持って進んでほしい。
「日本が、コートジボワールの債務救済に合意したのは、この国の将来を楽観視しているからです。大統領選挙のあとには、たいへん大きな経済の飛躍があるでしょう。そして日本は、コートジボワールの人々が自分で将来を決めていくのを、見守ってきました。国民の知恵と気概によって、最良の解決に至ることを。」

そして、日本として大統領選挙が早く実施されることを期待する、と述べるわけである。ここで、私は穏やかな表現で述べるだけでは足りないと思った。いつもの外交的な言い方だと、また反応もなく終わってしまう。日本が多額に及ぶ債務救済を承諾するというような、この機会にしか言えない言い方がある。

「私は失望しています。こちらに着任して1年半。まだ大統領選挙が行われません。」

「コートジボワールは、人的資源、天然資源に恵まれ、大変大きな経済潜在力を持っている国です。西アフリカ地域の核となる国です。コートジボワールの停滞は、コートジボワールにとっての損失だけでなく、西アフリカ地域全体の、ひいては世界全体の損失なのです。決断を回避したままでいる余地はありません。」

「コートジボワールの全ての人に、私は聞きたい。こうしてどんどん失われていく時間が、どれだけ大きな損失を生んでいることか。日本は心配しています。コートジボワールに対する信頼が、危殆に瀕しています。この国が、大統領選挙により政治的安定を取り戻すことが、世界の貿易・投資・金融にとって、何よりも重要なのです。」

そして、私はさらに挑発するように言った。
「日本は、本日債務救済の合意文書に署名し、パリ・クラブでの約束を果たしました。今度は、コートジボワールが約束を果たす番です。」
拍手は硬かった。当惑気味の報道関係者などをあとに、私は財務省を出た。

翌日の新聞紙上での反応は、最初に述べたように、思った以上であった。それでも、コートジボワールの人々に、どういう印象を与えたかは、分からない。十分注意して表現を選んだけれども、やはり誇りを傷つけられて、なんだこの日本大使はと思われたかも知れない。報道を見て、商工会議所などいろいろなところから、大使館に問い合わせが来た。これから、各方面からどういう反応があるのか。反発もありえよう。外交官として、必ずしも適切とは言えなかったのだろうか。

その日の終わりに、いつものとおり帰宅のため、大使館を出て公用車に乗る。大使館は雑居ビルの中にあるので、出口は雑踏だ。車に乗り込もうとしたところで、私は何人かに呼び止められた。
「パトロン、パトロン」
パトロンというのは、親方という意味で、下層階級の人々が目上の人に呼びかけるときの言葉である。
「パトロン、よくぞ言ってくれたよ。気持ちをぶっ飛ばしてくれたよ。ありがとう、ありがとう。」
右腕の親指を立てて、空にむけて突き上げた。彼らは、それが言いたくて、私が出てくるのを待っていたようだ。私は、ほっと救われた気持ちになり、彼らに手を振り返した。

<新聞記事>(画像クリックで拡大します)

 「ランテール」紙の表紙
「日本大使、激怒のあまり、本音を吐き出した」

 「ランテール」紙の記事本文
「日本大使:私は失望している」
「決断を避けている余裕はない」

 「夕刊情報」紙の記事
「日本は怒った」

 「われらが道」紙

 「愛国新聞」紙
演説全文を掲載

 「われらが時」紙
「日本大使、気炎をはく」


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