ひとりの女生徒が立ち上がる。
「先生、講義をありがとうございました。それで、時間をちゃんと守っていかなければならないとか、規律正しい社会生活を心がけなければならないとか、日本に学ぶことはたくさんあると思います。でも、それをコートジボワールで、どうやって広げていったらいいのでしょう。これが質問です。」
「とてもいい質問ですね。」
と、私はいつも質問が出たときには、とてもいい質問だ、と言うことにしている。
「社会を変えていくというのは、それはなかなか難しいことですよ。一人の力で動かせることは限られている。でも、今でも自分の周りで、出来ることがあるでしょう。大事なことは、時間を守るとか、他の人の立場に配慮するとか、しっかりした意思をもって、自分で実践することです。そうしたら、他の人はそれを見て、何かを感じていく。そしてその人も、いろいろ考え直すところがあるかもしれない。そういう広がりが大切ですね。」
奥のほうで、一人手を上げた。
「先生、日本は自動車を製造しているわけですよね。それで、鉄を輸入しているわけですよね。それって、鉄鉱石を輸出する開発途上国への、搾取になるんじゃないですか。」
何だ生半可な議論だ、と言ってはいけない。きっとどこかで、途上国は安価な労働賃金で一次産品を作らされ、先進国から形を変えた搾取を受けている、という議論を教わったのだろう。どのような議論であれ、生徒が一つの考え方を試みているということが重要だ。
「いい質問ですね。開発途上国は、鉄鉱石やそのほか一次産品など原材料を輸出するだけで、あとは先進国がその原材料を使って高価な工業製品を作るというのでは、確かに利益が全部先進国のほうに行ってしまうということは言えるでしょうね。工業においては、原材料より付加価値のほうが高いことが、多いですからね。ではどうして、開発途上国自身が、付加価値を付けようとしないのですか。」
そして、生徒たちのほうを向いて私から質問する。
「皆さんの中で、カカオからチョコレートを作ったことのある人、いますか。」
予想通り、誰も返事をしないで、顔を見合わせている。
「コートジボワールは、カカオの大生産国です。カカオは、先進国でチョコレートになります。でも、コートジボワールでほとんど誰も、どうやってカカオをチョコレートにするのか、関心を持つ人がいない。日本は自動車生産国です。でも、戦争直後は米国やヨーロッパから自動車を輸入するしかなかった。なにくそ、と思ったわけです。絶対に、自分でも自動車をつくってやる。その結果が、トヨタやニッサンなのです。コートジボワールでも、自分でチョコレートを作ろうと、どうして考えないのですか。一次産品の輸出だけで甘んじているのは、開発途上国側の意識の問題かもしれませんよ。」
また一人、手を上げた。
「日本は、鎖国をしていた国だと聞きます。鎖国をすることで、グローバリゼーションから身を守ったわけですね。私たちの経済も、グローバリゼーションに脅かされています。どうすればいいのでしょう。」
鎖国というのは百五十年前に終わっており、近代経済の問題とは時代が違う、頓珍漢な質問だ、と一笑に付してはいけない。この生徒は、日本が鎖国をしていたということを、自分で調べたのだ。そして、グローバリゼーションについて強い関心を持っている。これらに答えてやらなければ。
「いい質問です。日本は確かに鎖国していましたけれど、鎖国は19世紀半ばに終わっています。」
開国の歴史、明治維新をかいつまんで話してから、現代の貿易問題に話を移す。
「グローバリゼーションが脅威だというのは、分ります。中国の安い工業製品などが町にあふれて、家内工業などが潰れていく。日本でも、同じことが起こっています。でも、グローバリゼーションは、脅威かもしれないけれど、チャンスかもしれない。」
訝しげに聞く生徒たちに続ける。
「私は、あるコートジボワールのビジネスマンを知っています。彼は、コートジボワールの産品を、中国に売り込みに行っています。この中国の巨大市場に入り込めたら、大儲けだ。そう考えて、カカオやゴムを携えて、中国に行っています。それにもう一つ。コンピューターとインターネットで、コートジボワールにいながらにして、世界相手の商売が出来るのですよ。こんなこと、一昔前にはありえなかった。今やニューヨークやロンドンにいなくても、途上国の片隅にいても、頭さえ使えば、好機さえ掴めば、世界相手の仕事が出来るようになった。これがグローバリゼーションなのです。」
あと、いくつも質問が出た。金融危機についての質問もあった。高校生なりに、いろいろな時事問題に通じている。おおよそ時間になったので、司会のアンガマン先生が、そろそろこの辺で、といって、私に最後の言葉を求めた。
「ひとつ皆さんに、今日の機会に考えてほしい、と思うことがあります。」
と、私はゆっくりと切り出す。
「それは、エリートの使命ということです。皆さんは、サントマリ高校という、女子高校の中ではトップ・エリートの学校に学んでいるのです。それは、もちろん皆さんの学業の成果でありますけれど、同時に家庭の環境など多くの幸運によるのです。そうして、社会のエリートとなるからには、社会を良くする使命がある。多くの幸運に恵まれた人間として、そういう運に恵まれなかった人々を、助けていく使命があります。優秀な教育を受けることができた人だけが果たせる、社会の役割があるのです。さきほど、どうやって社会を変えていったらいいか、という質問がありました。社会を変えていこうという、この心こそが、一番大事です。たくさん学んで、しっかりと使命を果たしていける人間になってください。」
再びたくさんの拍手をもらって、私は退場した。教務員室の脇で、簡単なカクテルが用意されていた。先生方が、次々に私の所に来て、講義はとても良かったと褒めてくれた。
「生徒たちだけでなく、私たちの胸にもずしんと来ました。」
一人の先生は、そう言ってくれた。停電でDVDが使えなくて、日本の紹介にはならなかったけれど、それがかえってよかったかもしれない。そして私も、日頃言いたいことを思い切りぶちまけて、すっきりした気持ちになっていた。
「先生、講義をありがとうございました。それで、時間をちゃんと守っていかなければならないとか、規律正しい社会生活を心がけなければならないとか、日本に学ぶことはたくさんあると思います。でも、それをコートジボワールで、どうやって広げていったらいいのでしょう。これが質問です。」
「とてもいい質問ですね。」
と、私はいつも質問が出たときには、とてもいい質問だ、と言うことにしている。
「社会を変えていくというのは、それはなかなか難しいことですよ。一人の力で動かせることは限られている。でも、今でも自分の周りで、出来ることがあるでしょう。大事なことは、時間を守るとか、他の人の立場に配慮するとか、しっかりした意思をもって、自分で実践することです。そうしたら、他の人はそれを見て、何かを感じていく。そしてその人も、いろいろ考え直すところがあるかもしれない。そういう広がりが大切ですね。」
奥のほうで、一人手を上げた。
「先生、日本は自動車を製造しているわけですよね。それで、鉄を輸入しているわけですよね。それって、鉄鉱石を輸出する開発途上国への、搾取になるんじゃないですか。」
何だ生半可な議論だ、と言ってはいけない。きっとどこかで、途上国は安価な労働賃金で一次産品を作らされ、先進国から形を変えた搾取を受けている、という議論を教わったのだろう。どのような議論であれ、生徒が一つの考え方を試みているということが重要だ。
「いい質問ですね。開発途上国は、鉄鉱石やそのほか一次産品など原材料を輸出するだけで、あとは先進国がその原材料を使って高価な工業製品を作るというのでは、確かに利益が全部先進国のほうに行ってしまうということは言えるでしょうね。工業においては、原材料より付加価値のほうが高いことが、多いですからね。ではどうして、開発途上国自身が、付加価値を付けようとしないのですか。」
そして、生徒たちのほうを向いて私から質問する。
「皆さんの中で、カカオからチョコレートを作ったことのある人、いますか。」
予想通り、誰も返事をしないで、顔を見合わせている。
「コートジボワールは、カカオの大生産国です。カカオは、先進国でチョコレートになります。でも、コートジボワールでほとんど誰も、どうやってカカオをチョコレートにするのか、関心を持つ人がいない。日本は自動車生産国です。でも、戦争直後は米国やヨーロッパから自動車を輸入するしかなかった。なにくそ、と思ったわけです。絶対に、自分でも自動車をつくってやる。その結果が、トヨタやニッサンなのです。コートジボワールでも、自分でチョコレートを作ろうと、どうして考えないのですか。一次産品の輸出だけで甘んじているのは、開発途上国側の意識の問題かもしれませんよ。」
また一人、手を上げた。
「日本は、鎖国をしていた国だと聞きます。鎖国をすることで、グローバリゼーションから身を守ったわけですね。私たちの経済も、グローバリゼーションに脅かされています。どうすればいいのでしょう。」
鎖国というのは百五十年前に終わっており、近代経済の問題とは時代が違う、頓珍漢な質問だ、と一笑に付してはいけない。この生徒は、日本が鎖国をしていたということを、自分で調べたのだ。そして、グローバリゼーションについて強い関心を持っている。これらに答えてやらなければ。
「いい質問です。日本は確かに鎖国していましたけれど、鎖国は19世紀半ばに終わっています。」
開国の歴史、明治維新をかいつまんで話してから、現代の貿易問題に話を移す。
「グローバリゼーションが脅威だというのは、分ります。中国の安い工業製品などが町にあふれて、家内工業などが潰れていく。日本でも、同じことが起こっています。でも、グローバリゼーションは、脅威かもしれないけれど、チャンスかもしれない。」
訝しげに聞く生徒たちに続ける。
「私は、あるコートジボワールのビジネスマンを知っています。彼は、コートジボワールの産品を、中国に売り込みに行っています。この中国の巨大市場に入り込めたら、大儲けだ。そう考えて、カカオやゴムを携えて、中国に行っています。それにもう一つ。コンピューターとインターネットで、コートジボワールにいながらにして、世界相手の商売が出来るのですよ。こんなこと、一昔前にはありえなかった。今やニューヨークやロンドンにいなくても、途上国の片隅にいても、頭さえ使えば、好機さえ掴めば、世界相手の仕事が出来るようになった。これがグローバリゼーションなのです。」
あと、いくつも質問が出た。金融危機についての質問もあった。高校生なりに、いろいろな時事問題に通じている。おおよそ時間になったので、司会のアンガマン先生が、そろそろこの辺で、といって、私に最後の言葉を求めた。
「ひとつ皆さんに、今日の機会に考えてほしい、と思うことがあります。」
と、私はゆっくりと切り出す。
「それは、エリートの使命ということです。皆さんは、サントマリ高校という、女子高校の中ではトップ・エリートの学校に学んでいるのです。それは、もちろん皆さんの学業の成果でありますけれど、同時に家庭の環境など多くの幸運によるのです。そうして、社会のエリートとなるからには、社会を良くする使命がある。多くの幸運に恵まれた人間として、そういう運に恵まれなかった人々を、助けていく使命があります。優秀な教育を受けることができた人だけが果たせる、社会の役割があるのです。さきほど、どうやって社会を変えていったらいいか、という質問がありました。社会を変えていこうという、この心こそが、一番大事です。たくさん学んで、しっかりと使命を果たしていける人間になってください。」
再びたくさんの拍手をもらって、私は退場した。教務員室の脇で、簡単なカクテルが用意されていた。先生方が、次々に私の所に来て、講義はとても良かったと褒めてくれた。
「生徒たちだけでなく、私たちの胸にもずしんと来ました。」
一人の先生は、そう言ってくれた。停電でDVDが使えなくて、日本の紹介にはならなかったけれど、それがかえってよかったかもしれない。そして私も、日頃言いたいことを思い切りぶちまけて、すっきりした気持ちになっていた。