ベナンに最後の出張を行った。最後の、というのは、今年の1月からコトヌに日本大使館が新設され、私はベナン大使としての兼轄任務を解かれたからである。それで、新しい大使に任務を引き継ぎます、在任中はお世話になりました、ということを、ヤイ大統領をはじめ、政府関係者に伝えに行った。
離任の挨拶を述べる私に対して、ヤイ大統領は、いつもどおり椅子から前に身を乗り出して、私に語りかけた。
「ベナンという国は、資源がない国なのです。ナイジェリアやガーナには石油、トーゴには燐鉱石、ニジェールにはウランと、まわりは資源のある国ばかりなのに、ベナンだけには資源がない。だからこそ、国民の力を合わせて、開発を進めていかなければならない。そして国民の力を一つに合わせるために、民主主義が必要なのです。ベナンの国民は発展を望み、民主主義を強く望んでいます。民主主義なくして発展はない。私はそれを強く信じています。」
ベナンは、クーデタなどが続くアフリカの中では例外的に長く、もうかれこれ20年に渡って、民主主義を実践し、選挙による政権交代と、安定した政治運営を実現してきている。ヤイ大統領は、国民の力を一つに合わせ、開発に向かわせるために、民主主義が無くてはならない、と言った。民主主義というものが、アフリカの土壌に根付くのだろうか、と疑い始めている私には、ヤイ大統領のそういう視点は、とても新鮮である。
「お金だけあっても、国民は自由にはなれないのです。犯罪人が罰せられないままであるとか、汚職があるというのでは、国は発展しません。」
大統領は、正しい統治がなければならない、と説く。これも大事なところだ。
「ベナン国民は、繁栄と自由を求めて民主主義への転換を選びました。今日、ベナンの民主主義はここまで来ました。でも、民主主義は、結果ではなく過程です。目的地のない旅のようなものです。常に民主主義は、歩み続けなければなりません。それは、日本でもどこでも一緒でしょう。だから、常に民主主義は、お互いに助け合わなければならないのです。」
ベナンは、小国だけれど、アフリカでは珍しく民主主義が定着した国だ。そうしたベナンを、日本は支援し続けてきてくれた。両国の関係は、堅固であり団結といえるものなのだ、と大統領は語る。
「日本が行ってくれる協力は、教育や給水や保健医療など、国民の苦労に直接の手助けをしてくれるものです。何より、日本国民の協力により、ラギューン母子病院が新しくなったことは、私も嬉しく思いました。」
自分も何度も、病院の建設現場に足を運んだのだ、と大統領は言う。ヤイ大統領がとても重視してきたラギューン母子病院の案件が、私の任期中に完成を迎えたのは、私としてはとても幸運であった。
「貴使は任期中に、両国関係の強化や、経済協力の拡大で大変めざましい働きをされました。おかげで、本年1月から、コトヌに日本大使館も開設されました。ベナンとしての感謝の気持ちから、貴使への叙勲を決定しました。これまで、ベナンに駐在しない兼任大使に対する叙勲の例はなかったけれど、貴使については例外です。」
叙勲を受ける話は、すでに連絡を受けていた。私は、大変名誉なことであると答える。私は、しばらく大使不在のあとに着任したわけだから、その後に経済協力が拡大したのは当然の成り行きである。それに大使館新設・新大使の派遣という、時期も偶々うまく重なった。何もかも私の手柄というわけではないのに、叙勲というのは面映ゆいのではあるが、これは私に対するというより、日本という国に対する評価であり栄誉である。謹んでお受けすることとした。
私は、大統領にお礼の言葉を述べる。ヤイ大統領以下、ベナン政府の方々からの厚情で、とても気持ちよく仕事ができた。また、ベナン各地の訪問の際は、どこでも住民から大歓迎された。貴大統領はじめ貴国政府の皆様、ベナン国民の皆様に、感謝を申し上げる。そして私は、ヤイ大統領の議論に沿って、日本やベナンのように、資源のない国にとっての資源は国民であり、安定した民主主義が発展の力である、という話をする。そして、来週に着任予定の番馬正弘大使も、両国関係のために力強い大使となろう、大統領からも変わらない厚情でお願いしたいと述べて、ヤイ大統領の下を辞去した。
引き続いて、外務省に移動し、式典会場で叙勲式が行われた。エウズ外相は、西アフリカ諸国共同体(ECOWAS)首脳会議で外国出張中。代わりにアダジャ通信相が外務省を代表した。保健相も、出席してくれている。賞勲長が、私の功績調書を読み上げ、首に勲章を掛けてくれた。勲位はコマンダー(司令官)章であった。勲記とよばれる証書に署名をして、授与が終わった。
「大変な名誉ある勲章をいただきました。私の離任にあたり、高い評価を戴き、とても嬉しく思っています。」
と、私は謝辞を述べる。
「さきほど、ヤイ大統領にお別れのご挨拶をいたしました。大統領は、日本との関係は、強固で団結する関係だ、とおっしゃいました。私は、その通りであるとお答えしました。難しい国が多いアフリカの中で、ベナンは民主主義と安定した政治を誇る国です。民主主義があるからこそ、開発と発展があるのです。日本が、アフリカとの関係を築いていこうとするときに、ベナンこそが肩を組める相手なのです。」
私は、今日で「ベナンにおける日本大使」の役割は終えた、と述べた。しかし、今日からは「日本におけるベナン大使」の役割も果たしていくつもりです。首に掛けた緑色の勲章に手をやって、そう付け加えた。皆がたくさんの拍手をくれた。
離任の挨拶を述べる私に対して、ヤイ大統領は、いつもどおり椅子から前に身を乗り出して、私に語りかけた。
「ベナンという国は、資源がない国なのです。ナイジェリアやガーナには石油、トーゴには燐鉱石、ニジェールにはウランと、まわりは資源のある国ばかりなのに、ベナンだけには資源がない。だからこそ、国民の力を合わせて、開発を進めていかなければならない。そして国民の力を一つに合わせるために、民主主義が必要なのです。ベナンの国民は発展を望み、民主主義を強く望んでいます。民主主義なくして発展はない。私はそれを強く信じています。」
ベナンは、クーデタなどが続くアフリカの中では例外的に長く、もうかれこれ20年に渡って、民主主義を実践し、選挙による政権交代と、安定した政治運営を実現してきている。ヤイ大統領は、国民の力を一つに合わせ、開発に向かわせるために、民主主義が無くてはならない、と言った。民主主義というものが、アフリカの土壌に根付くのだろうか、と疑い始めている私には、ヤイ大統領のそういう視点は、とても新鮮である。
「お金だけあっても、国民は自由にはなれないのです。犯罪人が罰せられないままであるとか、汚職があるというのでは、国は発展しません。」
大統領は、正しい統治がなければならない、と説く。これも大事なところだ。
「ベナン国民は、繁栄と自由を求めて民主主義への転換を選びました。今日、ベナンの民主主義はここまで来ました。でも、民主主義は、結果ではなく過程です。目的地のない旅のようなものです。常に民主主義は、歩み続けなければなりません。それは、日本でもどこでも一緒でしょう。だから、常に民主主義は、お互いに助け合わなければならないのです。」
ベナンは、小国だけれど、アフリカでは珍しく民主主義が定着した国だ。そうしたベナンを、日本は支援し続けてきてくれた。両国の関係は、堅固であり団結といえるものなのだ、と大統領は語る。
「日本が行ってくれる協力は、教育や給水や保健医療など、国民の苦労に直接の手助けをしてくれるものです。何より、日本国民の協力により、ラギューン母子病院が新しくなったことは、私も嬉しく思いました。」
自分も何度も、病院の建設現場に足を運んだのだ、と大統領は言う。ヤイ大統領がとても重視してきたラギューン母子病院の案件が、私の任期中に完成を迎えたのは、私としてはとても幸運であった。
「貴使は任期中に、両国関係の強化や、経済協力の拡大で大変めざましい働きをされました。おかげで、本年1月から、コトヌに日本大使館も開設されました。ベナンとしての感謝の気持ちから、貴使への叙勲を決定しました。これまで、ベナンに駐在しない兼任大使に対する叙勲の例はなかったけれど、貴使については例外です。」
叙勲を受ける話は、すでに連絡を受けていた。私は、大変名誉なことであると答える。私は、しばらく大使不在のあとに着任したわけだから、その後に経済協力が拡大したのは当然の成り行きである。それに大使館新設・新大使の派遣という、時期も偶々うまく重なった。何もかも私の手柄というわけではないのに、叙勲というのは面映ゆいのではあるが、これは私に対するというより、日本という国に対する評価であり栄誉である。謹んでお受けすることとした。
私は、大統領にお礼の言葉を述べる。ヤイ大統領以下、ベナン政府の方々からの厚情で、とても気持ちよく仕事ができた。また、ベナン各地の訪問の際は、どこでも住民から大歓迎された。貴大統領はじめ貴国政府の皆様、ベナン国民の皆様に、感謝を申し上げる。そして私は、ヤイ大統領の議論に沿って、日本やベナンのように、資源のない国にとっての資源は国民であり、安定した民主主義が発展の力である、という話をする。そして、来週に着任予定の番馬正弘大使も、両国関係のために力強い大使となろう、大統領からも変わらない厚情でお願いしたいと述べて、ヤイ大統領の下を辞去した。
引き続いて、外務省に移動し、式典会場で叙勲式が行われた。エウズ外相は、西アフリカ諸国共同体(ECOWAS)首脳会議で外国出張中。代わりにアダジャ通信相が外務省を代表した。保健相も、出席してくれている。賞勲長が、私の功績調書を読み上げ、首に勲章を掛けてくれた。勲位はコマンダー(司令官)章であった。勲記とよばれる証書に署名をして、授与が終わった。
「大変な名誉ある勲章をいただきました。私の離任にあたり、高い評価を戴き、とても嬉しく思っています。」
と、私は謝辞を述べる。
「さきほど、ヤイ大統領にお別れのご挨拶をいたしました。大統領は、日本との関係は、強固で団結する関係だ、とおっしゃいました。私は、その通りであるとお答えしました。難しい国が多いアフリカの中で、ベナンは民主主義と安定した政治を誇る国です。民主主義があるからこそ、開発と発展があるのです。日本が、アフリカとの関係を築いていこうとするときに、ベナンこそが肩を組める相手なのです。」
私は、今日で「ベナンにおける日本大使」の役割は終えた、と述べた。しかし、今日からは「日本におけるベナン大使」の役割も果たしていくつもりです。首に掛けた緑色の勲章に手をやって、そう付け加えた。皆がたくさんの拍手をくれた。
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