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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第五章:三年生 春
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11:執念の男達と裏切り者



 互いの名前を呼び合い、次いでそれぞれ相手の手の中にある商品に視線を落とす。

 俺の手の中には桜色のバッグチャーム。対して月見の手の中にあるのは青いキーホルダー。互いの趣味ではないと一目で分かるその色合いとデザインは、自分用ではないことを物語っている。

 俺が珊瑚にあげようかと考えたように、月見もきっと誰かにあげようと思って手に取ったのだ。


 そしてそれは……。


「そ、それ、宗佐にか?」


 月見が口を開きかけた瞬間、慌てて被せて尋ねる。もちろん「誰にあげるの?」と聞かれないためだ。つまり先手を打ったわけで、卑怯なのは自覚している。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、月見はポッと頬を赤らめつつもゆっくりと一度頷いた。

 彼女に問われても「珊瑚にあげようと思った」なんて言えそうにない今の俺にとって、月見のその奥ゆかしいながらも正直な反応は可愛らしさよりも尊敬が勝る。


 赤くなって狼狽えて、それでも月見は宗佐を好きだということを隠さない。

 尋ねられれば耳まで赤くさせるが、それでもはっきりと頷くのだ。


「芝浦君、今まであんまり観光とか来てなかったみたいだから、こんなに素敵なものがあるんだよって教えてあげたくて」

「……そっか」

「あ、もちろん珊瑚ちゃんにも買ったんだよ」


 そう告げて月見が買物カゴから取り出すのは、可愛らしい和柄のポーチ。片手に収まる適度なサイズがなんとも使い勝手が良さそうだ……と思う。基本的に荷物は小さかろうが細かろうが鞄に放り込む主義の俺にはよく分からないところだが。

 そんなことを話せば月見がクスと笑い、持っていた青いキーホルダーをそっと籠の中に入れた。

 それとは逆に俺はバッグチャームを棚に戻して無かったことにするのだから、今後彼女の奥手さを言及する資格はない。

 我ながら情けなく、「喜んでくれるかな」という月見の呟きが今は心苦しかった。



 そうして月見からも離れて、店内をグルリと回って店から出る。

 あの調子を見るに当分二人の買物は終わらなさそうで、木戸ともう一度喫茶店にでも行くかと思い鞄から携帯電話を取り出した。

 画面にはメール受信と着信有の表示。どうやら鞄に入れていて気付かなかったらしい。

 木戸か宗佐か、それとも家族から買物追加の要請か……。と、そんなところだろうとあたりをつけて携帯電話の画面を指でなぞり……、


「なんでこいつらから!?」


 と、この土地ではあり得ない見知った名前に声をあげ、


「木戸!」


 正座させられ『裏切者』と書かれた紙を顔面に張り付けられた木戸の添付写真に慌てて走り出した。



 どうやら感傷にふける時間も許されないらしい。



◆◆◆



 メールに記載されていた場所――といっても店の裏手という近距離なのだが――へと向かう。

 そこには写真そのまま正座させられ顔面に『裏切者』の紙を貼られた木戸と、いったいどうして休みの日にまで拝まなきゃいけないのかと思えるほど見慣れた顔が揃っていた。……そう、蒼坂高校の男子生徒達である。

 その全員が漏れなく月見か桐生先輩の親衛隊であり、彼等がどこかでこの旅行を聞きつけ後を追ってきたのは確認するまでもない。その執念に思わず寒気を覚えてしまう。


 ちなみに、正座させられている木戸は外観こそ哀れの一言ではあるが無事なようで、俺が来たことを足音か気配で察したのか、顔面に紙を貼り付けたまま「お、敷島来たか?」と暢気に隣に立つ友人――この行為で未だ友情が続いているのか謎だが――に話しかけている。

 その余裕ぶりに、俺は内心で「見捨てれば良かった」と思ったのだが口にはしないでおいた。


「……お前達、よくここまで追ってきたな」


 普段の学校での追いかけっこならば「しつこい」の一言で済まされるが、仮にもここは観光地。嫉妬のごたごたで足を運ぶには遠すぎる。日帰りでの行き来は難しい距離だ。もはや執念の域。

 そんな俺の問いかけに対し、彼等は不敵に笑うと「愛のなせるわざだ」とまで言ってのけた。

 その迷いのない表情に俺の帰りたい欲が更に募ったのは言うまでもなく、内心で『木戸を見捨てて無かったことにする』という選択肢が徐々に大きくなっていくのを感じていた。


 これなら土産屋を見ていた方がマシだ。

 ……三周目なので最短記録を出しそうな気もするが。


 そんなことを思いながら、戻ろうとしていた足を止める。


 今回の木戸はストーカーではなく正式な同行者であり、この買物行脚がまだ続くならば話し相手は居たほうが良い。

 それに時間はたっぷりあるのだから、しばらくこの茶番に付き合って時間を潰すのも悪くない。


 と、そんな事を冷静に考えてしまう。

 男達の嫉妬や妬みに巻き込まれて三年目、もはや冷静を通り越した達観具合ではなかろうか。


 だが次いで聞こえてきた「それで、芝浦はどこだ?」という言葉に、俺ははたと我に返るや慌てて男達に視線を向けた。

 今の木戸の情けなく面白く哀れで愉快な姿は、本来ならば宗佐がなっているはずの姿だ。

 月見と桐生先輩という我が校二大美少女を連れて温泉旅行を楽しむという、男の嫉妬を一身に受ける境遇の宗佐が受けるべき処分。これが普段であれば当然の仕打ちと考え、俺はさして悩むでもなく宗佐を彼等に差し出しただろう。

 ――薄情と言うなかれ、所詮は正座である。仮に珊瑚がここに居たとしてもこの処分に対し「妥当」と判断し、顔面に貼られた紙に落書きしだすだろう。……いつもの、元気な珊瑚なら――


 だが今は違う。

 今回は違う。


 そう考える俺の脳裏に、ほぼ他人と言える楠木の家に対して、それでも兄として珊瑚の側に居ようとする宗佐の姿が過ぎった。

 楠木側の親族と話すのは気まずいだろう。語られる思い出話に加わることも出来ず、今後の話にも口を出せる立場ではない。たとえ楠木側の親族が友好的だったとしても、蚊帳の外と感じることはあるはずだ。

 それでも宗佐は、珊瑚の兄として挨拶をしなくてはと立ち上がって部屋を出ていった。珊瑚を追って、彼女のそばにいるために……。

 

「な、なぁ……、今回だけは宗佐のこと見逃してやってくれないか?」

「芝浦を見逃せ?」


 なんでまた、と男達から疑問の声が沸く。

 この状況において彼等の嫉妬心は頂点に達し、今ここに宗佐がいれば八つ裂きにされてもおかしくないはずだ。なにせ温泉旅行、しかも月見も桐生先輩も宗佐に褒めて欲しい一心から鮮やかな着物を纏っている。

 誰だって嫉妬して当然。

 とりわけこんな観光地まで追っかけてくるほど熱心な親衛隊達なら、今すぐに草の根分けてでも宗佐を探しだして締めあげたいと思っているだろう。

 

 だけど今回は違う。

 今は駄目だ。


「そりゃあ、結果的にはこうなったけど、宗佐にとって今回の旅行は普通の旅行じゃないんだ。月見や桐生先輩と一緒に遊びたいとかそういうのじゃなくて、その……」


 表情を曇らせ旅館の中を眺める珊瑚の姿が脳裏に浮かぶ。それを気遣う宗佐の視界には、きっと月見や桐生先輩は映っていなかっただろう。

 仮に二人が綺麗な着物を纏っていると知っても、二人が宗佐と観光地をまわりたがっていると知っても、あいつは首を横に振って珊瑚の手を取ったはずだ。

『ごめんね。でも俺、珊瑚のそばにいなきゃ』と、そんな事を言うだろう。まるで目の当たりにしたかのようにその声が想像できる。


 そこに恋心は一切なく、今後一切芽生えなくても、宗佐は珊瑚を大事に想っているから。


「今の宗佐は妹の……珊瑚の兄として旅行に来てるんだ」

「芝浦の妹……」


 ポツリと誰かが呟いた。

 珊瑚は頻繁に俺達のクラスに顔を出し、文化祭では一役買うどころか窮地を救ってくれた。クラスメイトで彼女を知らない者はいないだろう。

 他のクラスの男達だって、宗佐を恨んで珊瑚を知らない、なんて事は無いはず。

 そんな状況で先日の宗佐の父親が起こした一件だ。誰もが芝浦家の複雑な環境に勘付いたことだろう。


 だからこそ、俺が珊瑚の名前を出すと彼等の顔に躊躇いの色が浮かびはじめた。


 いくら宗佐に嫉妬していても結局は学友。やたらとモテる色恋沙汰の恨みが無ければ宗佐は良いやつで、こいつらだって日頃の嫉妬行動が無ければ同じように気の良い奴らなのだ。

『芝浦家には事情がある』と知ってなお踏み込んで荒らすような真似はしない。

 そう俺が彼等を信じるのは、あの一件以降も変わらず宗佐への嫉妬や妬み発散が続いており、それでいて誰一人として宗佐の父親については口にしないからだ。


「頼むよ……。宗佐は本当に妹のためだけにここに来てるんだ。事情があって、あいつが辛そうで、それを隣で支えるためだけに来てて……」



 そしてそれは、俺じゃ出来ないことなんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] まあよく嗅ぎ付けた。 それでも。今ここで、珊瑚が必要としているのは自分でなくて兄、だということ。その事実はどれほど歯がゆいことなんだろうか。
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