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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第五章:三年生 春
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07:ストーカー誕生秘話



 喫茶店自体は全国的に展開しているチェーン店だが、コンビニ同様に周囲の街並みに合わせており、外観は和を全面に押し出していた。パッと見は和風の茶屋といった作りで、俺も木戸も店内の見慣れたロゴを見るまで気付かなかったほどだ。

 店内も和を感じさせる落ち着いた作りをしており、それでいてふわりと漂うのはコーヒーの香りなのだから不思議な感覚を覚える。

 ここまで徹底しているのかと感心しつつ、思わずコーヒーではなく抹茶ラテを頼んでしまう。木戸も「俺達もミーハーだな」と苦笑しながら同じものを頼んでいた。


「着付けってどれくらいかかるんだ?」

「髪もセットするから一時間はかかるって言ってたな。店の場所は月見にメールしてあるから、終わったらこっちに来るだろ」

「よし、それまでに何て誉めるか考えとこう。桐生先輩、綺麗だろうなぁ。俺の思いつく限り全ての賛辞をフル導引させてかつスマートに誉めるべきだよな!」


 ここが決め所だ、と木戸が意気込む。

 確かに着物を着た桐生先輩は綺麗だろう。あのしなやかで凛とした佇まいは和装向き。長く美しい黒髪が映えるのは見ずとも分かる

 そのうえ、今は宗佐という最大にして最強の恋敵が居ないのだ。一番に誉めることが出来ると木戸が意気込むのも無理はない。ここでうまくやれば一気に距離を詰められるかもと期待しているのだろう。

 そんなことを考えながら浮かれる木戸を眺めていると、なにやらキョロキョロと周囲を見回しだした。


「どうした?」

「いや、なんか視線が……。駅で待ち合わせしたあたりからかな、薄ら寒い視線を感じるんだよなぁ」

「誰か知り合いでもいるんじゃないか? もしくは、月見や桐生先輩を連れてることへの嫉妬だな」


 そう言ってやれば、木戸が肩を竦めて「不毛だな」と返してきた。

 きっと今の俺達はダブルデートのように傍目には映るだろう。それも、月見と桐生先輩という美少女を連れたダブルデート。周囲の男達は羨むはずだ。

 だがどれだけ周囲に羨ましく思われていても、月見も桐生先輩も想いを寄せているのは宗佐だけだ。俺達はあくまで『友達』でしかない。

 つまり今の俺達は嫉妬され損。むしろ内情を考えれば考えるほど切なくなってくる。なるほど不毛という表現がよく似合う。


 とりわけ俺は……と、そこまで考えてラテを飲めば、そんな俺の考えを察したのか木戸があっさりと、


「芝浦の妹が来られなくて残念だな」


 と言い切ってきた。

 遠慮のない言葉に、思わず抹茶ラテを吹き出しかけ、すんでのところで飲み込んだ。


「お前なぁ……!」

「なんだよ睨んでくるなよ、普通に思ったから言っただけだ。俺が桐生先輩の着物姿を見たがるように、お前だって一番見たかったのは芝浦の妹だろ?」

「そ、そりゃあまぁ……」


 コホンと咳払いをしながらラテを一口飲み込む。アイスにしておいて良かった……と思うのは、木戸の言葉に自分自身で自分の頬が熱くなっているのを感じるからだ。

 だがそう思うのも当然だろう。

 誰だってこういう場面になれば好きな子の着飾った姿を見たいと思うはずだ。


 確かに桐生先輩はあのスタイルと黒髪で綺麗に着こなすのは目に見えて明らか、月見だってあの奥ゆかしい愛らしさで和服を着こなすだろう。二人並べば誰もが見惚れるものになるはず。

 それでもやっぱり俺は珊瑚が良いわけで、内心では何度か「珊瑚も居れば良かったのに」と思っていたのも事実。

 彼女だって着物を着れば可愛いはずだ。得意げな笑みを浮かべ見せつけるようにクルリと回って見せてくる姿を想像してしまう。

 少なくとも俺は、たとえ俺だけだとしても、着飾る月見も桐生先輩も目に入らず珊瑚に見惚れるだろう。


 だがそれをここで馬鹿正直に話す気はなく、俺はさっさと話題を変えようと何か無いかと木戸に視線を向け……。


「そういえば、お前、以前は月見のことが好きだったって言ってたな」


 と、文化祭の時に言われた言葉を思い出した。



『俺、入学したてのころ『桐生先輩だけは絶対に有り得ない』って思ってたからな』



 今の木戸のストーカーぶりからは考えられない発言。

 むしろいまだに俺は信じられずにいる。仮に人伝に聞いていたらきっと鼻で笑い飛ばしていただろう。「よりにもよって木戸が? そんなまさか」と。

 それほどまでに木戸は根っからの桐生先輩信者なのだ。親衛隊達を裏切って出し抜いて、それでもと近付きたいと思う程に。


 だが現に木戸は過去の発言を認め、それどころか「ふわふわして可愛い子がタイプだった」と語ってくるではないか。柔らかく儚げで、控えめで愛らしい子……まさに月見のことを言い表したような好みである。

 だからこそどうして小悪魔系――常々言うが、小悪魔どころではない――の桐生先輩に惚れたのか。文化祭の時には『結局は好きになった子がタイプ』と語っていたが、それにしたって真逆すぎるだろう。

 それを聞けばさすがに木戸も恥ずかしいのか、誤魔化すようにズズと飲み物を飲んだあと、「誰にも言うなよ」と前置きをして――あとやっぱり視線を感じるのか周囲を見回し――話し出した。



◆◆◆



 話は約二年前、ちょうど俺達が入学したての頃に遡る。

 入学前の蒼坂高校は桐生先輩が突出した人気を誇っており、彼女を頂点に数名の美少女と親衛隊が騒ぐ……という、オツムの程度は今とさほど変わりのない状態だったという。

 それでも宗佐のようなイレギュラーな存在が居ないだけ愛憎も薄かっただろうか。


 そんな中、新学期と共に新入生を迎え、蒼坂高校の男子生徒の間で衝撃が走った。


 月見弥生の入学である。


 蠱惑的な雰囲気と手腕で男を魅了する桐生先輩とは真逆、純粋さと儚さを混ぜ合わせた小動物のような愛らしさ。それでいて体つきは男子高校生には目の毒なレベル。

 桐生先輩が男の欲望を刺激するのであれば、月見は男の庇護欲を刺激するタイプと言えるだろう。

 そんな月見をはじめ、文化系女子の魅力を突き詰めたクール系の委員長に、中性的な爽やかさで女子にも人気の西園と、多種多様な美少女が入学してきて、蒼坂高校の男子生徒の間では混乱すら起こったという。……後々すべての美少女がとある一人の生徒に惚れることになり、その混乱がそっくりそのまま嫉妬と怨念に変わるのだが、それはさておき。


「入学したての頃ってさ、誰が好きかとか、どの子がタイプだとか、そんな話ばっかしてただろ」

「……入学したての頃って割と周囲に怖がられてて、宗佐ぐらいしか声かけてこなかったな」

「敷島、クッキー食べるか。買ってやるよ……」

「露骨な同情はいいから、さっさと話せ」


 当時を思い出してちょっと切なくなる俺に、木戸が哀れみの表情で頷いて返してきた。

 ――余談だが、別に俺が入学当時不良だったとかそういうわけではない。高校一年生となるとまだ小柄な男子生徒も多く、そんな中で妙に早い成長期を迎えていた俺は身長も体躯も頭一つ抜けていたのだ。おまけに新しい環境に緊張もあってか当時の俺は強面気味だったようで、友人達曰く「声を掛けるのを躊躇われた」とのこと……。なんて切ない話だ――


 そんな俺の高校デビューはさておき、話を元に戻す。

 確かに思い返せば、あの子が良いだの可愛いだのと、そんな会話があちこちで交わされていた。

 自分が誰かを好きになるなんて当分先の話だと思っていた当時の俺は、自分とは全く関係ない世界だと割り切ってそんな会話を交わすクラスメイト達を眺めていたのだ。


「……それで、その時のお前は月見に惚れてたんだろ?」

「あぁ、だって月見さん可愛いし守ってあげたくなるだろ」

「確かにな。だけどそれがどうして桐生先輩になったんだ?」

「入学して二ヶ月ぐらいかな。俺、体育の授業で手首ひねってさ……」


 保健室に行ったがあいにくと保険医は不在で『すぐに戻ってきます』というプレートが下がっていたという。

 急ぐ怪我でもないので待っていようかと適当に椅子に座ってしばらく、静まった保健室の中、仕切りに設けられたカーテンの向こうからコホコホとか細い咳が聞こえてきた。

 保健室なのだから具合が悪い生徒が居るのはおかしな話ではない。ここで『風邪が感染るかもしれない』と危惧するほど神経質ではなく、早く保険医が来ないかと携帯電話をいじりながら待っていたという。


 そうして数分後、カタン! と派手な音が響いた。


 不意打ちの音に驚いて顔を上げれば、間仕切りのカーテンの下からコロコロとプラスチック製のコップが転がってくる。

 水を飲もうとして手を滑らせたのだろう。だがしばらく待ってもコップを拾いに来る様子はない。諦めたのか、もしくは、拾いに来られないほどに辛いのか……。

 仕方ない、と立ち上がってコップへと近付く。

 中は入っていなかったようで、周囲の床は濡れていない。水を注ぐ前に手を滑らせたのだろうか。

 そんなことを考えながらベッドへと近付き、一声かけてカーテンを捲り……、



「そこに居たのが桐生先輩だったわけか」


 その光景を想像して問えば、木戸がその通りだと頷いた。




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― 新着の感想 ―
[一言] さて、続きがどうなるのか… 主人公が珊瑚を好きだ、というのはどこまでバレているのかな。
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