『週刊新潮』コラムめぐる作家・深沢潮さんの抗議と新潮社が直面した深刻な事態―今何が起きているのか
8月4日に深沢さんが抗議会見、そして新潮社が謝罪
8月4日、作家・深沢潮さんと佃克彦弁護士らによる新潮社への抗議の記者会見に足を運んだ。正面には「『創氏改名2.0』のコラムを掲載した新潮社に抗議をします」という横断幕が掲げられている。会見は深沢さんと代理人弁護士のほかに、ヘイト問題に詳しい田中宏・一橋大名誉教授、そして立憲民主・共産・れいわ・社民各党の議員が同席し発言した。司会は田中さんと同じ「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(シン・スゴ)さんが務めた。
そして夜になって、その抗議を受ける形で新潮社がホームページで「『週刊新潮』コラムに関するお詫びと今後について」と題する、謝罪文を公表した。
https://www.shinchosha.co.jp/news/article/3296/
会見で佃弁護士は、4日付で新潮社に内容証明で抗議文を送ったことを明らかにしていたが、それが届く前に新潮社は会社としてのお詫びの姿勢を表明したわけだ。この迅速な対応は、同社がこの事態を深刻に受け止めていることを示したものだろう。
ただ、抗議文では、『週刊新潮』誌面での反論文掲載の提案などもなされており、新潮社が具体的にどう対応するかはこれからだ。「深くお詫び申し上げます」と会社の基本姿勢を示したわけだから、それに沿った対応になることは明らかだが、具体的にどうなるか。かつて2018年、『新潮45』が杉田水脈論文の差別的表現で激しい抗議を受け、雑誌自体を休刊させたことがあったが、『週刊新潮』は同社の看板雑誌であるだけに、ある意味ではその時以上の深刻な事態と言えよう。
日本ペンクラブの2つの委員会が声明
それを受ける形で5日の15時過ぎ、日本ペンクラブが女性作家員会と言論表現委員会の連名で「選挙が終わってもなお続く、排外的言論の横行を懸念します」という声明を発表した。深沢さんの抗議を受けた対応ではあるが、7月15日に発表した声明「選挙活動に名を借りたデマに満ちた外国人への攻撃は私たちの社会を壊します」を敷衍(ふえん)し、参院選を機に広がっている「排他的な言論」や「差別扇動」に改めて抗議したものだ。
日本ペンクラブの作家個々人としての新潮社問題に対する見解は、会見で配布された多くのコメントの中にも含まれている。会長の桐野夏生さんは「作家個人として強い批難の思いを表明」したし、常務理事の中島京子さんも「断固抗議します」というコメントを寄せていた。
また山内マリコさんは「出版社という言論の中心をなす企業として、この件に対する社会的な責任はとても大きく、撤回・謝罪とともに、人権デューデリジェンスへの真摯な取り組みを求めます」。柚木麻子さんは、新潮社主催のR-18文学賞の選考委員の立場から「深沢さんが、デビュー版元であり、出版契約を結ぶ新潮社さん発行の雑誌で、事実誤認の情報のもと、深刻な人権侵害を受けたこと、それに対して誠実な対応がなされないことは、選考委員として看過できることではありません」と見解を表明した。
会見での深沢さんの発言は後述するが、その前に一連の経緯を整理しておこう。私はペンクラブの言論表現委員会と女性作家委員会両方に属しているが、深沢さんも女性作家委員のメンバーで、この間、両委員会でこの問題はいろいろな議論がなされた。深沢さん個人の意思は当初より確固としたもので、新潮社という大きな組織に自分一人ででも立ち向かうというその姿勢に多くの作家が共鳴したというのが現実だ。深沢さんにとってはまさに個人の尊厳に関わる問題で、一歩も譲れないという思いだったのだろう。
「版元が守ってくれないということを思い知るのは」
会見での発言でも語っているように、深沢さんが問題のコラムの内容を知ったのは7月25日のことだったという。その25日に自身のX「深沢潮・はざまのわたし」に深沢さんはこう書き込んでいる。
「版元が守ってくれないということを思い知るのは作家にとって崖っぷちを一人で歩いていくようなものです。心配してくれて、守ってくれる仲間がいるけれどこの絶望とああやはりという諦念は 深く胸に刻まれました。犬笛のような扇動のような文章を目にして恐怖が湧いてきます」
SNSには他の作家の発言も書き込まれ、またペンクラブでも女性作家委員会を始め、波紋は急速に広がっていった。8月4日に会見を行うという案内は、1日に弁護士関係者から私のところにも届いた。4日の会見時には多くの作家らの深沢さんを支持するコメントも発表されているから、準備や対応のスピードはかなりのものだ。
3日付けの東京新聞の連載コラムで論評
私は8月3日付の東京新聞の連載コラムでこの問題を取り上げた。それを引用しよう。
《ついこの間までアメリカの話と思っていたが、外国人排斥をめぐって日本でも分断が深まっているようだ。参政党の躍進に危機感を抱いた既存メディアでは同党への批判がさらに拡大している。『サンデー毎日』8月10日号では特集にも「排外主義に市民権を与えてはいけない」(元外務審議官・田中均さん)といった記事が載っているほか、青木理さん始め、コラムの多くが参政党批判だ。
『週刊文春』8月7日号は前号に続いて「参政党の化けの皮」という特集を掲載。「神谷ファミリー企業の資金源は『在日は死ね』ヘイト経営者だった!」「安藤裕参院議員美熟女タレントとW不倫証拠メール」と、カネと女で攻めているのが同誌らしい。
『週刊新潮』8月7日号も「大躍進『参政党』と『マルチ商法』はやけに似ている」と特集記事で同党批判を続けている。
最近の同誌の参政党批判はかなりの熱を帯びているのだが、ただここへきて物議をかもしているのが巻末の右派論客・高山正之さんのコラム「変見自在」だ。8月7日号では、参政党批判を続けるTBS『報道特集』の山本恵里伽キャスターを「露骨な偏向報道」と非難している。
物議をかもしているのはその前号で、同コラムが「日本人を装って日本を貶める外人」として俳優の水原希子さんや作家の深沢潮さんらを槍玉にあげたことだ。コラムニストの武田砂鉄さんはSNSで「俳優と作家の名前を唐突に出し、出自から揶揄するあまりに酷い内容」と批判した。作家の間でも反発が広がっており、深沢さんは近々、抗議の会見を開くという。
『週刊新潮』は元々、右派雑誌で、高山さんのコラムはその名残りと言えるのだが、この10年ほど同誌の誌面は変わりつつある印象を受ける。参政党をめぐって同じ誌面に論調の違う記事が載るのもその反映かもしれない。
そもそも深沢さんは新潮社からデビューした作家だ。以前から新潮社の文芸部門と雑誌部門は別会社と思われるほど乖離していると指摘されてきたが、今回の件は、展開によっては新潮社に深刻な事態をもたらすかもしれない。》
差別もひどいが、事実誤認も
問題とされた『週刊新潮』7月31日号のコラムのタイトルは「創氏改名2・0」で、「創氏改名」とは言うまでもなく、かつて朝鮮を植民地化した日本が、日本人名を名乗ることを強制した事実を指している。筆者の高山正之氏は、記事中で何人かの名前を挙げ、それらの人たちは「日本人を装って日本を貶める外人」だとして、発言するなら「外人名で語るべき」と主張する。地の文で差別表現とされている「支那人」という言葉を意識的に使っていることも含めて、差別的な一文で、よくこの原稿をそのまま通したなと多くの人が驚くような記事だ。
会見ではその差別性の前に、そもそも事実誤認がひどいという批判もなされた。深沢さんは、作家デビューした時から自分がコリアンルーツであることを明らかにしてきたからこの記事は事実誤認だと話し、同じく記事で「日本人を装って日本を貶める外人」とされた東北大の明日香寿川教授も、オンラインで、こう語った(音声がうまく流れず、司会の代読となったが)。
「明日香寿川は戸籍上の本名であり、通名などもっていません。大事なのは、自分たちと違う意見を非国民非愛国者と批判するのは、それこそ日本がかつてたどった破滅への道です」
会見後の夜になって新潮社が謝罪文を発表したことは前述したが、それを受けて共同通信からのコメント取材が私にあった。以下はそこで配信されたコメントだ。
《月刊「創」編集長の篠田博之さんの話 問題のコラムは、社会の一部にある外国人排斥の風潮を背景に書かれたものだろうが、よくあの差別的な内容をそのまま掲載したなと思う。迅速に謝罪をしたのは、週刊新潮が看板雑誌でもあり、事態を重く受け止めたからだ。新潮社は文芸界で影響力が大きい。コラムで攻撃された深沢潮さんに賛同する声が相次いだことで、作家を守れない出版社と思われるのを恐れたのではないか。》
深沢さんが会見で表明した見解の全文
4日の会見で深沢さんが最初に自身の思いを述べ、文書でも配布された内容を以下、全文掲載しよう。
《名指しされた当事者として 深沢潮
当該コラムで名指しされたことを知ったのは、誕生日の4日前、7月25日のことでした。驚き、怒り、悲しみ、呆れ、そして、恐怖といった感情がまじりあって、しばらく呆然としてしまいました。
文芸の老舗である新潮社の「女による女のためのR18文学賞」の大賞を受賞したとき、私はとても誇らしかったです。これまで影響を受け、愛読してきた文学は、新潮社から刊行されたものが多かったからです。「女による女のためのR18文学賞」出身の作家さんたちの作品も大好きでした。このような素晴らしい文学作品を輩出し続けきてきた新潮社からデビューし、数冊の本を出せたことは、とても幸せでした。
しかし、今回の件で、私の心は打ち砕かれました。
屋上でいい景色を見せてくれたと思ったら、背後から突き落とされた、そんな感覚です。
レイシズムに基づいた差別扇動となる、事実誤認のあるコラムが、信頼していたデビュー版元の媒体に載ったことは、私一人ですませていい問題ではないと思い、このような記者会見にいたりました。
外国ルーツのひとびとが小説を書く機会が増えれば、日本の文学はより豊かになっていくのではないでしょうか。また、世界文学においては、ディアスポラ文学、越境文学、つまり、住んでいる国がルーツでない書き手の文学は高い評価をうけ、ノーベル文学賞も受賞しています。そんな時代において、これからも日本の、もっと言えば、世界文学の一端を担っていくはずの出版社が、レイシズムを放つとはどういうことか。それは、文学そのものへの棄損、文芸界への極めて無責任な態度ではないのでしょうか。いまこそ立ち止まって考えてほしいです。
そもそも深沢潮はペンネームで、新人賞に応募したころに住んでいた世田谷区深沢と、石川啄木の歌「潮かおる 北の浜辺のはまなすよ 今年も咲けるや」から冒頭の文字をとりました。さんずいが三つ並ぶ字面も気に入っています。この日本の、東京の、緑豊かな深沢という土地に愛着があって名付けています。
私は生まれ育った日本をこよなく大切に思っています。この地に素晴らしい友人もたくさんいます。美しい自然も、美味しい食べ物も、私の気持ちを満たし、居心地のいい思いを抱かせてくれます。なにより、日本語に魅力を感じ、学生時代から詩をよく書いていました。幼い頃から現在にいたるまで、日本文学に親しんできました。のちに日本語で物語を紡ぐようになった自分にも、プライドを持っています。
このように優れた日本文化で育くまれた私ですが、日本の名前というのが、いったい何を指すのかわかりません。
深沢潮という名前が日本風だというのであれば、動物や果物、場所のペンネームの方々はどうなるのでしょうか。何をもって日本風というのでしょうか。
暮らしている、育ってきた日本を大切に思い、よりよい国、社会になってほしくて苦言を呈するのに、資格がいるのでしょうか。名前で、その資格が問われるのはおかしいです。
また、水原希子さんへの言及もひどいものです。セクハラを告発するのに、国籍やルーツが関係あるのでしょうか。
私は30歳で日本国籍を取得しました。この国を終の住処とし、生きていこうと思ったからです。もちろん、コリアのルーツもかけがえのないものですが、日本国籍を持つ、日本人であることにネガティブな感情はありません。このように多文化の背景をもっていることをむしろ誇らしく思っています。日本の東京に暮らす一市民として、精いっぱい生き、今後も日本社会に貢献したいと思っています。
韓国籍だったころ、通称名を使っていました。
私の家族は、重い心臓病を患う姉が、コリアンルーツだからといじめられないようにと、姉の小学校入学の際に通称名を使い始めました。
通称名を使うひとびとは、それぞれに事情があるのです。そして、その大きな理由は、民族名だと差別に遭うからなのです。
あまたの在日コリアンといわれるひとびとが、こうして通称名を使って生きています。
このコラムによって、通称名を使う在日コリアンをはじめとした外国ルーツのひとびとや、日本国籍をとった外国ルーツの方がたが、どれほど怖い思いを抱いているでしょうか。
名前というのは、その人の存在と密接に結びついています。
在日コリアンのなかには、通称名が自分のアイデンテティの人もいます。
私に関して言えば、ペンネームも、かつての通称名や民族名も、本名も、すべてが私であり、否定するものではなく、それぞれが私にとって大事なものです。
他人にこういう名前を使えと強要されたくありませんし、されてはならないと思います。
ありのままの自分に誇りを持って生きていける、多種多様なルーツや生きざまのひとびとが胸を張って生きていける、そんな国、日本であってほしいです。
この記者会見にあたり、小説家をはじめとした、さまざまな方がたがコメントを寄せてくださり、応援してくれています。本当にありがたく、心強いです。》
新潮社の謝罪文も全文紹介
最後に新潮社の謝罪文も全文、紹介しておこう。前述したようにまだ抗議文を見ていない段階での謝罪なので、今後の対応については、近々次の声明が出されると思う。深沢さんの抗議文では書面到着から10日以内に回答をとされていた。
《「週刊新潮」コラムに関するお詫びと今後について
書き手に寄り添い良い作品を共に生み出すことは私たちの重要な責務であると考えております。今回、深沢潮様の心を傷つけ、多大な精神的苦痛を負わせてしまったことをたいへん申し訳なく思っております。深くお詫び申し上げます。
いただいた様々なご批判、ご指摘は重く受け止めており、今回の出来事につきましては、出版社として自らの力量不足と責任を痛感しております。
「言論や表現の自由」は極めて重要ですが、その自由の領域は、題材や社会状況によって異なり、また時代とともに変化していくものと認識しております。
まずは私たちの編集現場がそれを常にアップデートしていかなければなりません。そのうえで、そうした変化を筆者の皆様と考えていくことも出版社の役割です。
今後は執筆の依頼をする時点および原稿を頂戴した時点で、必ず世論の変化や社会の要請について筆者に詳しくお伝えしていく所存でおります。また、人権デューデリジェンスの観点を従来以上に強化し、社内の体制を整えてまいります。
深沢様からのご要望は弊社に届き次第、真摯に対応を検討してまいります。
2025年8月4日 株式会社 新潮社》