【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

なぜ広島の新スタジアム建設は20年以上を要したのか? 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(03)

宇都宮徹壱
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか? そしてなぜ、20年以上の歳月を要することとなったのか? 終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、平和都市・ヒロシマにおける、知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)

エディオンピースウイング広島(Eピース)に併設された広島サッカーミュージアム。広島のサッカーの歴史を俯瞰的に学ぶことができる 【宇都宮徹壱】

ミュージアムに見る広島のサッカーと戦後復興史

 もしも貴方が、エディオンピースウイング広島(Eピース)を訪れたら、ぜひ立ち寄っていただきたい施設がある。スタジアムに併設された、広島サッカーミュージアムだ。

 展示の内容は、サンフレッチェ広島の歴史だけではない。江田島の海軍兵学校で「フートボール」が導入されていた明治時代中期を起点に、大正、昭和、平成、令和の時代の広島サッカー界の移り変わりを俯瞰的かつ明快に描かれている。

 興味深いトピックスがいくつもある。たとえば、第1次世界大戦直後の1919年1月に実現した「広島市内で、似島(にのしま)の俘虜収容所に収容されていた「ドイツ兵チームと国際試合開催」という説明パネル。以下、引用する。

《似島俘虜収容所のドイツ兵対広島学生チームが対戦し、広島学生チームが大敗した。ドイツ兵のプレーに衝撃を受けた広島の学生たちは、ドイツ兵たちに指導を請い最新の技術や戦術を習得。ダッシュを繰り返すだけだった広島のサッカーが、最新のドイツ式サッカーへと変貌を遂げることとなった。》

 一方、戦後復興におけるスポーツ、とりわけサッカーが果たしてきた役割についての言及が多いのは、やはり「平和都市」「サッカー御三家」の広島ならではと言えよう。

 静岡や埼玉と並んで御三家の一角とされる広島は、高校サッカー選手権や国体などの大会では常に上位に進出。サンフレッチェの前身である東洋工業サッカー部は、1965年に開幕したJSLで4連覇を達成している。広島が生んだ名選手や名監督については、まさに枚挙に暇がない。

 さて、私がミュージアムを訪れた目的は、Eピースに関しての記述を確認することにあった。展示されていた年表で確認すると、その起点となっていたのは「2012年」。広島県サッカー協会、サンフレッチェ広島、そしてクラブ後援会を主体した署名活動が開始された年である。どうやらこれが「公式見解」となっているようだ。

 ちなみに2012年以前については、03年に発足した「スタジアム推進プロジェクト」を含めて、まったく触れられていない。さらにいえば、サンフレッチェが新スタジアム建設に向けて声を挙げられなかった時代、懸命に汗を流しながら声を挙げ続けていた市井の人々がいたことについても――。

 この歴史の空白を埋めるのが、まさに私に課せられたミッションなのである。

2018年のイベントで初めて知った新スタジアム建設

2018年10月17日に都内で開催したイベント。この時に初めて、広島の新スタジアムが2024年に完成予定であることを知った 【宇都宮徹壱】

 広島の新スタジアムが、2024年に完成予定であることを初めて知ったのは、2018年10月17日のことである。

 なぜ日付まで覚えているかというと、その日は東京・高円寺にあるスポーツ居酒屋KITEN(キテン)にて、日本代表の新監督に就任間もない森保一について語るイベントを開催しているからだ。ゲストに招いたのは、サッカージャーナリストの大御所として知られる後藤健生、そしてサンフレッチェ広島を長年取材している『紫熊倶楽部』編集長の中野和也である。

 ひととおりのトークと質疑応答が終わり、最後にゲストから一言ずつ、というタイミングになった。すると、わざわざ広島から参加していた中野が「ついに新スタジアムが、広島の街なかにできる可能性が高まりました。実現すれば(完成は)数年後ですが、あっという間ですよ」と熱っぽく語り出した。結果として6年後の2024年、Eピースは完成している。

 確かに、6年はあっという間だった。その間、世界的なパンデミックが起こったり、ロシアがウクライナに侵攻したり、ドナルド・トランプが再び大統領となってアメリカのみならず世界中が混乱したり、なんてことが立て続けに起こるとは夢にも思わなかったが――。そして6年後、自分自身が新スタジアムの取材にのめり込むことも。

 広島に地縁のない東京都民の私にとり、現地の新スタジアムを巡る紆余曲折は、どこか遠くの世界の出来事であった。その一方で、サンフレッチェが3回のJ1優勝を果たしたにもかかわらず、新スタジアム建設の機運がなかなか生まれないことについては、かねてより不可解に感じていた。

 広島出身の友人からは、新スタジアムが辺鄙(へんぴ)な場所に建てられる方向で話が進んでいること、旧市民球場跡地にはスタジアムではなく「多目的広場」が作られる予定であること、などなどがため息混じりに語られることがあった。当地の事情はよくわからなかったが、彼ら彼女らの憤懣やる方ない思いだけは汲み取ることができた。

 何となく、そういう方向で話が進んでいるものと思っていたので「ついに新スタジアムが、広島の街なかに」という中野の言葉には、少なからずの戸惑いを禁じ得なかった。いったい、その間に何が起こったのだろう――。

 それから6年後の2024年2月23日、J1リーグの開幕戦がEピースで行われるということで、現地に駆けつけた。カードはサンフレッチェ広島vs浦和レッズ。国内随一の熱量を誇る、浦和のサポーターを迎えたことで、開幕戦は大いに盛り上がった。

 試合は2-0で広島が勝利。試合内容もさることながら、試合後に紫と赤のユニフォームを着た人々を街なかで数多く目にしたことが、強く印象に残った。勝っても負けても、皆が試合後の余韻を心から楽しんでいる。ふと、街なかスタジアム建設に情熱を燃やした人々のことを、思った。

 彼ら彼女らが夢見た光景。それは私の目前に、ごく自然な風景として存在していた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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