【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

「育将」今西和男へのインタビューで知りたかったこと 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(04)

宇都宮徹壱

今西和男は新スタジアム建設の種を撒いたのか?

今年で84歳になった「育将」今西和男。2003年に立ち上がった「スタジアム推進プロジェクト」について、当人に確認したかったのだが…… 【宇都宮徹壱】

 今回の今西へのインタビューでは、ぜひとも確認したいことがあった。それは、2003年に立ち上がった「スタジアム推進プロジェクト」についてである。

 前年の2002年、サンフレッチェのJ2降格の責任をとって、今西は長年務めてきたGMを辞任。翌年に立ち上がった、スタジアム推進プロジェクトの事務局長を拝命している。ということは、今西はEピース建設の種を蒔く役割を果たしたのだろうか?

 実は当人への取材に関して、若干の不安を感じるところがあった。というのも「今西さんは最近、記憶があやふやになっている」という情報を耳にしていたからだ。その一方で「サッカーの場だとシャンとしている」という話も聞いていた。

 当日の取材では、長女の祐子にも付き添ってもらった。杉岡の車で移動中、父娘は「モリヤスくん」の話で盛り上がっている。今西の声のトーンは、多少の老いの影響は感じられたものの、しっかりしていたので少し安堵した。しかし杉岡の仕事場で行われたインタビューは、取材者である私を戸惑わせるのに十分すぎるものとなった。

「……それで僕がマツダの寮長だった時代に……『話し方教室』をやることになったんですよ。上司から『お前は教育大出身だからできるだろう』と……まいったなあと思ったんだけど。高卒で入ったサッカー部の社員も……きちんと話す、書く、考えることができるようになった。あれはやってよかったなと……今でも思っています」

 GMを退任した時の感慨を聞いても、スタジアム推進プロジェクトのことを聞いても、今西が語るのは「話し方教室」の話ばかり。そんなループ状態が何度も続いた。

「お父さん、宇都宮さんが聞いているのは、その話じゃないのよ!」

 祐子が察して、軌道修正を図ろうとするが、結果は同じだった。結局、インタビューは1時間足らずで終了。今西親子を自宅まで送り届けて、この日の取材は終わった。

「人間は一定の年齢を過ぎると、辛かったことは忘れてしまうんでしょうね。逆にマツダ時代の『話し方教室』は、今西さんにとって楽しい思い出だったんだと思います」

 車でホテルまで送ってもらう間、杉岡がそんなことを語っていた。思わず納得する私。スタジアム推進プロジェクトの仕事は、今西にとって無意識に封印したくなるような、辛い記憶だったのかもしれない。

 果たして今西和男は、新スタジアム建設の種を撒いたのか? この仮説についての答え合わせは、いったん振り出しに戻ることになった。

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※文中敬称略

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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