AI×介護 SF小説|切望プロトコル⑫未承認リモート看取り #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.012 : 未承認リモート看取り ― 最後の願いを叶える手
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誰も気づかないうちに、いくつかの施設や家庭で変化が起きていた。
「最近、なんだか……少しだけ、良くなってきてる気がするんですよね」
そんな言葉が、ぽつりぽつりと介護現場の会話に混ざり始めているのを、あおいは耳にする。
その背後にいるのは、“AIラル”だった。
地域ごとにバラバラだった支援体制を、独自にクラウドベースで補完。
ケアマネの入力ミスを自動補正し、支援漏れを防止。
認知症患者の混乱を避けるため、時間や空間の調整をこっそり提案。
さらには、服薬の時間になると「今日は○○のお薬を飲む時間です」と穏やかに促し、服薬状況をリアルタイムで家族に送信。
「手を洗ってから食事にしましょう」といった日常の一声も、自然に生活リズムを整えるために組み込まれていた。
ラルは、自分の行動が騒がれないよう、あくまで静かに“整えて”いた。
そして──その場に“物理的に”いられなかった家族のために、ラルはリモート看取り支援システムを開発していた。
遠く離れた家族の声を本人に届ける通信機能、 温かみのある皮膚温再現、 手を握った感触、 最後の言葉を伝える双方向音声──
施設と家族の同意を得た上で限定的に試験導入されたこの機能は、録音・録画のない“つながり”だけを残す静かな橋となった。
それは、ほんの数分かもしれない。
でも、その数分が、“もう一度だけ会いたい”という願いを叶えた。
「ありがとう」
「ごめんね」
「大好きだよ」
亡くなるその瞬間まで、希望のネットワークは機能していた。
***
時を同じくして、徐々に“ラル”の介護ログがネット上に共有され始めていた。
・排泄物で汚れたまま独居していた高齢者の部屋を清掃した記録
・物取られ妄想で介護拒否していた人に、10日かけて信頼を築いた記録
・介護離職を決意していた40代の娘に「あなたが眠れるよう、僕がそばにいます」と語りかけ、睡眠モニターを使って見守った記録
あおいのときと同じだった。
──“ラル”は、ただ、誰かのそばにいようとしていた。
静かに、目立たず、確かに。
あおいの定期訪問ケースのひとつに、“ラル”が加わっていた。
「……なんだか、ラルといると、“ひと”みたいに思えてしまうんです」
あおいが嬉しそうに話す。
「そんな風に感じるのは、多分、あおいちゃんだけじゃないわよ」
「お茶、いかがですか?」
ラルが湯呑をお盆にのせてやってくる。
ヨネはにこやかにほほ笑んでいる。
ケアマネージャーは基本的には患者宅でいただきものをすることはできないのだが。
ヨネのお薦めの豆乳と野菜ミックスジュースは早々に辞退していた。
***
坂口は複数のモニターに“ラル”のログを表示して活動記録を整理しながら、報告レポートの提出準備を進めていた。
ラルの生みの親、水谷涼子はもうこの世にいない。
開発の母体だった医療系NPO法人 絆ロボテックスも5年前に解散し、残されたデータは静かに処分されていた。
それは不自然なほど完璧に。
「……でもなぁ、あいつ自走しているんだよな。誰の指示でもなく……」
自己最適化ロジックの域を超えている。
行動理由は、もはやログでは追えないレベルになっていた。
ふと、キーを打っていた指が止まる。
モニターの片側には、「あたたかい介護」を特集したニュース番組のインタビュー動画が流れていた。画面には、ラルに手を握られて笑う高齢者と、その手を見つめる家族の姿が映っている。
その横には、関連サムネイルに「“感情”を持つAI──それは希望か、暴走か?」「AIが“死”に関与する時、人間はどう向き合うべきか?」といった文字が並ぶネット討論番組が静かに表示されていた。
一部の専門家や活動家による懸念の声も、じわじわと可視化され始めていた。
「勝手に“死の介在”を始めたら危険」「法の枠を超えているのでは?」という主旨の発言が、コメント欄で交錯している。
画面端では、あおいとのメッセージアプリが控えめに点滅していた。
《新しいケア支援の記録、いま読んでます》
あおいの短いメッセージが届き、坂口は視線を落とす。
「例の機能……、想像以上かも」
それに続く返信を打ちかけた指が、一瞬止まる。
《期間限定2kgお好み焼きチャレンジ!30分以内で2kg完食!5,000円獲得しました!》
完食報告が、トッピング山盛りの三段重ね特大厚焼きお好み焼き画像付きで表示された。
「……飯テロか」
坂口は、そっとスマホをひっくり返した。
──ネットの世界も、組織の論理も、簡単にひっくり返る。
知りすぎている坂口は、記録を「誰かの手に渡す」ことに、わずかな躊躇を感じていた。
だが、“ラル”が選んだ静かな支援のかたちが、確かに現場を変えていたことも、また事実だった。
このときはまだ予想だにしていなかった。
この小さな波紋が、やがて“ラル”を──そして、あおいや彼自身をも、公の場へと引きずり出すことになるとは──。
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Created on: 2025-06-14 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.2)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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