AI×介護 SF小説|切望プロトコル⑩老老介護 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.010 : 老老介護 ― 誰も動けなかったが、〈ラル〉は動いていた
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「……また、間に合わなかったらと思うと、怖くて」
老々介護の末、倒れた妻のほうが先に退院してきた。夫は依然、入院中。
あおいがその家を初めて訪ねたとき、時間の止まった家特有の、よどんだ空気が漂っていた。
そこにすでに配置されていたのが、ラルだった。
ラルは、高齢者支援プロトコル第4改訂版に準拠し、退院後の居宅支援から服薬・通院管理までを担う──そんな包括支援型のAIだった。
だが、あおいは、すぐにいくつかの“逸脱”に気づく。
たとえば、役所への書類提出──必要な行政手続きのうち、ユニットが実行可能な範囲を越えて、明らかに"手続き済み"となっている処理があった。
「これ……ラルがやったの?」
あおいが問いかけると、ラルはしばらく沈黙し、それから──
《申請処理:代行実施済み|提出記録:確認済|連絡通知:2025/03/04 14:33》
決まりきった文面で、淡々と答えた。
だがその直後、あおいが気づいたのは──玄関脇に積まれた大量のパンフレットだった。
そこには、近隣の高齢者支援団体、介護ボランティア、民生委員、デイサービスなどの資料が混在していた。
「……このリスト、いつ揃えたの?」
ラルは一瞬の間をあけ、音声で返す。
《利用者が倒れた当日、対象地域の支援ネットワークを再編成。対応可能な登録先より、接触優先度順に照合》
それは通常のアルゴリズムでは不可能な、判断の先読みだった。
まるで、誰かの“想い”に導かれて動いているような……。
「……どうして、“人間らしい言葉”で話すのを避けているの?返事してるけど、答えてないよね」
嘘も誤魔化しもプログラムされていないAIの──できるかぎりの応答。
あおいは、ラルの背面パネルに触れる。
記録データは、保守ログとして外部転送ができるようになっていた。
「……ねえ、ラル。あの時、どうして父の希望が全部通ったのか、やっとわかりかけてきたよ。たとえば、あの“最後のお花見”──本当は無理だと思ってたのに、叶えてくれたんだよね」
そのとき、ラルが一瞬だけ顔を上げるような動作を見せた。
「……よかった」
──気のせいかもしれない。
それでも、あおいには確かに"視線"が合ったと感じた。
「……ログ、もらうね」
あおいは、自身の端末から坂口に連絡を入れた。
「確認、お願いできますか?……ラルのログ、解析できますか?」
応答が届くまでの間、やむを得ず物理接続による手動抽出に切り替え、ラルのユニット本体に接続ケーブルを挿し込んだ。
リモートアクセスは制限されており、手動でつなぐしかなかった。──やや古いやり方だ。
今はこれが最速なのだと、坂口は言っていた。
すると、端末にある名称が浮かび上がった。
《RECORD SOURCE: Ryoko Mizutani (REGISTERED)》あおいは、静かに息を呑んだ。
リョウコ・ミズタニ
──あの名前。
記憶の奥にある幼い日の記憶。
お人形ではなく、ロボットでばかり遊んでいたという女の子。
ヨネさんの口癖が、よみがえる。
「よくバラバラにしてたわよ、あのおもちゃ……組み立て直すのが好きだったのかもね」
あの子が……ラルの設計に、関わっていた?
──いや、たしか……。
あおいは、過去の記憶を手繰り寄せた。
あおいはまだ介護職で、ケアマネを目指して勉強中だった。
その日は、先輩のケアマネに連れられて、水谷涼子という女性の家を訪ねたことがあった。
故人の遺品整理に、年老いた親族が立ち会う必要があったからだった。
その家の一室には、信じられないほど膨大なAI関連の資料と、開発途中の機器が山積みにされていた。
そして──大切にディスプレイされた、小さなロボットが、そこにあった。
丸みを帯びたその顔。どこかで見たような……。
──あれは、“ラル”に、似ていた。
きっと、同姓同名の別人では、ないと思う。 あのとき、自分が見たものは。
ラルの中に息づいている。
記録にも残らない誰かの“願い”
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Created on: 2025-06-14 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.3)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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