AI×介護 SF小説|切望プロトコル⑨願いの記録 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.009 : 願いの記録 ― 声にならなかった言葉
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坂口のデバイスに表示されたログに、あの短い一文が浮かんでいた——
──── ログ記録 ────
《また、この『沈黙』がありました》
──────────────「これ、父の……?」
あおいは、指先でスクロールしながら、その文面を何度も読み返していた。
デバイスに表示されているデータは、前回の異常補足の続きとして、遠隔協力病院に存在する別ロットユニットの動作記録を調べたものだという。
──── ログ記録 ────
【時刻】 15:14:32
【発話】 利用者娘 発話後、ユニット 応答遅延:3.2秒
【通信状態】 正常/処理集中なし
【応答状態】 出力保留(理由コード:判定不能)
【記録フラグ】 再現不可能事象
────備考────
《また、この『沈黙』がありました》
非仕様フラグの回数:9回(30日間中)
他ユニットと比較した異常率:4.2%(平均2.1%)
────────────────機械の沈黙にしては、あまりに、静かすぎた──
「正直、この数値だけだと“処理遅延”にも見えるんですが……“沈黙”の前後ログを見ると、どうもそれだけじゃない気がして」
それは、単なる“処理落ち”じゃない。
あの子は──返さなかった。
返せなかったんじゃなくて、返すべきじゃないって思ったのかもしれない。
ラルの仕様外行動は、単なる暴走ではない。
とても曖昧で、けれど何かに導かれているような──。
「ラルは、それらを『判断材料』として扱っていたようです。ログには、場の空気の変化や表情の読み取りデータまで記録されています。非言語情報を重みづけして、推定判断に使っていた」
──そうか、そういうふうにこの子は動いていたんだ。
あおいは、父の在宅介護のころを思い出す。
働いていた父の代わりに担っていた母の介護の頃や、仕事として担当した介護のケースと違って、通ることの方が少ない在宅介護の希望の数々が、「なぜかすべて通っていた」──ずっと腑に落ちなかった。
「……あれは、私じゃなくて、父のためだったんだね」
意思を汲んでいるかのような“仕様の枠を越えて最適化する”行動。
坂口は、画面を別のログに切り替えながら言った。
「正式な登録がないまま参照されたケアメモの中核は、『小鳥遊あおい』さん。
たぶん、あなたですよね。心当たりありますか?」
──── ログ記録 ────
【時刻】 15:12:03
【観察】 視線固定(対象:利用者娘)/表情変化:眉間収縮
【感情判定】 不安 【時刻】 15:14:25
【発話】 利用者娘『眠れてるよ、ね、お父さん』
【記録フラグ】 保護対象精神安定要素/願い
────────あおいはしばらく沈黙した後、静かに頷いた。
「……あのとき、父はもう声が出せなかったんです。だから私が代わりに、父が言ってほしいことを、ラルに話しかけていました。ずっと……たとえば『ありがとうって、きっと思ってるよ』とか、『お父さん、もうがんばらなくていいよ』とか……そういうのを」
坂口はログを確認するように視線を落とし、頷いた。
「音声ログに残ってました。“保護対象の精神安定につながる言語的要素”としてフラグが立てられていました」
「……それってつまり、“願い”だと判断したってことですよね?」
「はい」
そして、坂口は少し間を置いて付け加えた。
「本当は……想いで動くなんて、プログラマらしくない発想かもしれません。でも、あなたになら言ってもいいかなって」
あおいは、思わず微笑んだ。
あおいが見たのは、あくまで自分の父に関わると思われる記録ログだけだった。
だが、その中に確かにあった「沈黙」と「ささやかな最適化」が、 あおいにとっての“願い”への応答だった──。
──きっと、あの子は、誰かの想いを背負ってる。
ラルの行動は、正式な命令でも、定型化された指示でもなかった。
それに、ラルの“非仕様”はこれだけではないのかもしれない。
まだ、ラルの中には……私の知らない誰かの“願い”が、眠っている──。
「あと、家族のログもありました。ちょっと異常値ですけど。……」
思い出したように坂口が追加する。そこにデリカシーはない。
─────[栄養摂取ログ・平常日平均] ─────
主食:米 約1kg 副菜:冷食+加工肉系 約600g
菓子類:ナッツバー3本+スナック+プリン
推定摂取カロリー:7,250kcal
→ AI判断:異常ではあるが健康状態に問題なし
→ メモ:摂取タイミングが規則的・消化速度が速い・食後の活性度上昇
──────────────────────────────「AIが“異常だけど健康”って言い切ってるのが一番怖いんですが」
「プリンは別腹です」
あおいはきっぱりと言い切るが、論点はそこではない。
「食べるのって、生きてるって感じですよね。
いっぱい食べて、いっぱい動いて、いっぱい…看てきたから。
通常値から外れた行動は、ときに本人は異常だと思っていない。
元気印の笑顔がトレードマークの細身の妙齢女性は、微妙にずれている。
そして長年の介護ケアラー歴。
目前のミステリーなヒストリーに、坂口は、言葉を飲んだ。
そして、人体の謎のほうは謎のまま、一旦ホールドすることにした。
それらログの奥深くには、もう一人のキーパーソンの存在が残されていた。
かつて試作中の「ラル」を現場に持ち込み、無断動作によるトラブルを繰り返しながらも、ひとつひとつ「願い」に寄り添う記録を残していた誰かの痕跡──。
───── UNIT MEMORY LOG [CLASSIFIED] ─────
■ Record Type: Experimental Log / Facility Test No.029
■ Access Level: Tier 3 (Developer Access Only)
▶ "失敗しても、いいのよ。やろうとした結果なら、私が責任とるって。ね、ラル"
[Audio Log: Prototype Environment Test – Subject A-Alpha]
▶ 『行為の結果は、私が引き取ります──ユニットの判断を否定しません』
[Text Log: Internal Autonomous Reasoning Archive]
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Created on: 2025-06-15 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.4)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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