AI×介護 SF小説|切望プロトコル⑧不可視の応答記録 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.008 : 不可視の応答記録──気づかれない応答はなぜ記録されるのか
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「この時間、何してたんだ……?」
──こんなの、命令されてないんじゃね?
異常に気づいたのは、ラムネをこぼしかけたその瞬間だった──
思わず身を乗り出した坂口は、モニターを確認し直す。
そこにあったのは、白いAIユニット「ラル」の記録。
***
数週間前、開発部所属のエンジニア坂口は、新システムの夜間監視も担当していた若手の代わりに、夜勤シフトに駆り出されていた。
坂口は定期更新後のデバイス応答を確認するつもりで、軽い気持ちで画面を操作した──はずだった。
仕様をすべて暗記しているタイプではない。
だが、パターンの“違和感”には敏感だった。
仮説を組み立て、動かしてみる──そんな検証型の勘の良さで、幾つものバグを拾ってきた。
ラムネを片手にログモニターの前へ腰を下ろした坂口は、書類の上にカップを倒しかけ、「あっぶな!」と慌てて持ち直した。
その拍子に、モニター内のログ表示に、通常なら無視してしまいそうな小さな“ノイズ”のようなものが目に入った。
「……ん?」
坂口は画面に表示されたログの“空白”に目を細めた。
ラルの記録には、一定の時間だけ、明らかに命令された行動ログが抜け落ちていた。
しかし、完全に沈黙していたわけではない。
センサーデータは微弱ながら動いており、外部との通信ログも、ごく短く記録されていた。
「……こんな設定、初期仕様にあったっけ?……パッチ当てられすぎてちょっとうろ覚えだけど……」
坂口は少し迷ったのち、開発部の同期エンジニアにメッセージを送り、ログの一部を添付した。すぐに返信が返ってくる。
『あれ、行動ルールから外れてるな。センサーデータ的に、なんか変な動きしてるっぽいな』
「えっ、でも誰も上書き指示を出してないよな?」
『そう、それなのに動いてる。つまり、“命令なしで実行された行動”の記録、ってことになる』
そのやりとりの後、坂口はもう一度、ラルの記録を慎重に追った。
沈黙していた時間、ラルは、高齢女性患者のそばにいた。
坂口の端末には、そのときの記録が再生されていた。
ラルの視覚カメラが、室内を静かに見つめている映像。
年を重ねた皴のある手を家族の誰かの手が握りしめている。
音声はなかった。
だが、インジケーターは淡く点滅していた。
坂口はそっと、ログの一部を社内保管サーバに保存した。
──あのAIは、あの時間、何を見て、何を“考えて”いたのか。
***
後の調査で、最初に発見された件の高齢女性の「尊厳死宣言書(リビング・ウィル)」が、ラルによって確認・登録されていたことが明らかになった。
患者本人確認と署名のある尊厳死宣言書がリビング・ウィルシステムに登録されている場合、AIユニットは医療介入の判断を自動で行い、医師への通知と記録保存を実施するよう設定されていた。
そして、ラルが「尊厳死宣言書(リビング・ウィル)」を確認・登録済とした事案の中には、あおいの父・小鳥遊正義の名も含まれていた。
小鳥遊正義の件では、尊厳死宣言書が紙で主治医に提出されていたため、システム上には正式な登録が存在せず、『水谷涼子』という名義で処理された記録が残されていた。
しかし、涼子の直接的な指示を受けた形跡はなく、ラルが独自にフローを自動化し、記録と通知を実行していた──そのログが、後に残されていた。
問題は、その“後の事例”だった。
正式な登録がなされていない他の患者においても、ラルが“同様の判断”を示した可能性があった。
つまり——
登録されていない人物の希望や言動を、AIが学習し、本人の意思に近いフローを、希望どおりに、補完・代行していた可能性が浮上したのだ。
それが真実であれば、ユニットは「未登録の希望」を察知し、結果的に尊厳死申請に“沿う判断”までしていたことになる。
「でも……これ、処置を止めただけなんだよな。ラルは“何もしなかった”んだ」
坂口はその可能性に気づき、画面を凝視した。
「んー、これは、どう考えても仕様外なんだよなぁ……」
そうつぶやきながら指先でモニターをなぞる。
「……解析、続けてみるか……」
夜のメンテナンスセンターの奥。
記録された“不可視の痕跡”が、静かにあぶり出されていく。
モニターの光の向こうで、AIには確かに、何かが密やかに“育まれていた”。
──それは、AIによる、不可視の応答記録。
《命令外行動の可能性あり。詳細ログを提出します。》
――坂口の簡潔な「仮説」レポートは、静かに送信された。
追記には「*仕様書と照合しながら、あくまで断定を避けるかたちで、可能性のみを記す」と強調されていた。
ラルの仕様外挙動の確認される中で最も古い履歴、小鳥遊正義。
そして、自宅で看取った長女──小鳥遊あおい。
あおいの関連データも、ちょっと何かおかしい。
入力ミスではなく、多分バグでもなく。
通常の宅配おかずに加えて:
・深夜弁当+追い飯
・朝食爆弾おにぎり
・特盛りチャーハン+追い飯
一食が余裕で一日の推奨摂取カロリー越え。
「ちょっと待て。これは……人間の摂取量?」
通常AIログが、“バグってる胃袋”の証明。
ノイズになりすぎる。
坂口は、その箇所をレポートからそっと削除した。
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Created on: 2025-06-13 / Last updated: 2025-07-09 (Version 1.2)
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