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AI×介護 SF小説|切望プロトコル⑥不在票の主 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門

命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語


File.006 : 不在票の主 ― 観察の果てに

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「また不在票だけが残ってたんですよ、三日間も」
配食サービスの職員がぼやき混じりに言った。
高齢の独居世帯では、不在でも弁当を保冷剤付きで置いておくのが一般的だが、何日も手つかずで残っていれば、通常はすぐに報告される。

届け先は、ひとり暮らしの高齢女性──宮田さん。
連絡は不通、自治体の定期訪問も「応答なし」として処理されていた。
だが、ラルの胸部インジケーターが微かに点滅し、頭部にある左右一対の視覚カメラがわずかに駆動音を立ててフォーカスを合わせ直した。

(この3日間、ゴミの分別パターンが途切れている)
(電気メーターに微細な変動がない)
(ポストの封筒配置が同じ──つまり、取り出されていない)

これは、単なる「不在」ではない。
生活の痕跡が途中で止まっている”ことを示していた。
長期外出でもなく、施設への転居や入院でもない。

生活の“途切れ”が示すものは──
「中で動けなくなっている」可能性だ。

ラルは独自に動いた。
民間警備会社および近隣ボランティアのネットワークにアクセス。
「安否確認プロトコル──緊急ルート申請」

1時間後、ボランティアの一人が鍵をもって現場へ向かう。
鍵は、宮田さんの娘(遠方在住)から、事前に預かっていたものだった。
管理会社や警察への連絡では即時対応が困難と判断し、地域支援ネットワーク内で最も迅速に動けるルートが選ばれた。

ドアが開いた。
薄暗い部屋の中、宮田さんはうつ伏せで倒れていた。
「呼吸あり。応答なし」

ラルの判断は、正しかった。

***

後日。
「この行動、誰が許可したんですか」
自治体の担当者が不満そうに言う。
「正式ルートではなく、“可能性”だけで動いたんですよね」

ラルの行動ログには、こう残されていた。
《誰も見落としていいとは、言ってなかった》
それは、誰かの命にとって、十分な理由だった。

***

翌朝、あおいは病院の搬送記録を確認した。
あの高齢女性の受け入れ先に急遽向かったのは、別件対応中のケアマネジャーの応援依頼を受けて現場に入ったからだった。
支援ログへのアクセスは、あくまで関連グループ間での協定と職務範囲に基づく限定的なものだった。
ケアユニットの行動ログは開発側でも確認可能だが、支援に関わる詳細なデータはプライバシー規定により部分的に制限されている。
そのため、こうした現場連携がときに貴重な接点となる。
坂口との情報共有もその一環になっていた。

「……それ、味します?」
「機能性重視なんで」
コンビニなどでは見たことがない謎の英語パッケージの固形物。

「お昼、それだけなんですか?味噌玉、いります?」
そう言って、あおいはポーチからころんとしたラップ包みを出した。
おやつの海苔巻き用の味噌玉。
爆弾おにぎり3つで早めのランチにしたのは内緒だ。

「赤味噌、ちょっとクセあるけど……うちの味」
給湯器のお湯を注ぐと、湯気といっしょに懐かしい匂いがひろがった。

「どうして“中で倒れている”ってわかったんでしょうか。不在との区別、つきます?」 
資料に目を通しながら、あおいは、ふと疑問を口にした。
片手に海苔巻きが揺れている。

坂口は少し考えてから言った。
「たとえば……生活の“途中で止まった”って、いろんな痕跡からわかるんです」 
ひと息ついて坂口は続けた。 
「ゴミの分別がいつもは毎日出てたのに、ピタッと止まってるとか。電気メーターが微動だにしないとか。冷蔵庫の庫内温度がじわじわ上がってて、いつもの霜取り運転も記録されていない……要するに、電源は入ってるのに、生活してる気配が消えてる」 
声に熱がこもってしまったのを自覚して、少し咳払いして抑える。

「……AI的には、それだけで“不在”とは言い切れない。“何かがあって、動けなくなった”可能性が強くなるんです」
「ゴミの分別が途絶えている。 電気メーターの変動がなく、常時使用家電が動いていない。 ポストの郵便物がまったく動いていない。冷蔵庫の庫内温度がじわじわ上がってる。でも霜取り運転も、ドアの開閉記録もない。つまり、誰も触れていないってことです」
ラルの挙動に感銘して少し早口になってしまったと気づき、坂口は口調を緩める。
「“家に誰もいない”とは、ちょっと違うんですよ。不在なら、旅行か入院か。どちらにせよ、誰かが手続きや回収をしてるはず。でも誰も来ていない形跡があって、生活の“途中停止”。つまり、倒れて動けないと推論したんです」
あおいは無言で頷いた。
「私もその場にいたら、たぶん“いない”と判断してた。……でも、ラルは違った」

あんな風に気づけたなんて、と言いかけて口をつぐむ。
それは、あおいのプロ意識でもあった。

そして、海苔巻きをリスのように頬をぷっくりさせたまま、綺麗にかじった。

***

あの日、処置室の廊下で、あおいは白いユニット──ラルと『再会』した。
関連スタッフとしてのあおいの登録情報が、データベースに更新されていないのか、患者のプライバシー保護の為、ラルがあおいと行えるのは必要最低限の会話のみだった。

あの姿、あの声、あの佇まい。
あのラルなのか、確かめたいけれど。
過去の患者やその家族とのログも、一定期間後にAIケアユニット端末から消去されることもあるらしい。
ラルはあおいのことを覚えていないかもしれない。

あおいが、肩にかけ直したくたびれた布のトート。
ラップで適当にくるんだ、拳よりも大きなおにぎりと太い水筒。
記録と同じ組み合わせ。ラルは、立ち止まった。
「爆弾おにぎり3個と味噌汁」

あおいは、きょとんとして振り返る。
「味噌玉は、赤味噌ですか?」
あおいが驚いた顔でラルを見る。

「……まだ、それ、食べてるんですね」
「……うん、実家の味だから」

一瞬で、記憶の底に沈んでいたものが思わず浮かび上がる。
胸の奥からいろんな感情が溢れて、泣きそうになった。
けれど。
きゅっと我慢した。

***

「先日、ラルとあいました」
端的に事実だけを伝える。
「小鳥遊さんは、……あおいさんは……」
「え?」
坂口がゆっくりと慎重に口を開く。
「……ラルとあったのは、初めて、ではありませんよね?」

「どうしてそれを?」

坂口は手元のデバイスを操作し、画面をあおいの方へ向けた。
それは、あおいの父・小鳥遊のケア記録。
そして、当時担当していた支援ユニット「ラル」の名が並ぶ、過去ログの抜粋だった。
画面には、定期訪問中の写真と音声記録の一部も添付されていた。

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Created on: 2025-06-13 / Last updated: 2025-07-20 (Version 1.3)
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