AI×介護 SF小説|切望プロトコル④沈黙の回線 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.004 : 沈黙の回線──聞こえない声は受信されるのか
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「ケアマネさん、田村ご夫妻と連絡がつかないんです」
地域包括支援センターの職員が困り顔であおいに言った。
帰り際に呼び止められ、あおいも困り顔で腹が鳴りそうなのを我慢する。
トートバックにはお手製の特大うめ高菜鮭カツオおにぎり。もう少し我慢だ。
ケア対象は聴覚障害を持つ高齢夫婦。連絡は手話かFAXのみ。
だが、そのFAXも通信不能。
自治体職員が訪問しても不在で応答なし。
「……ユニットが今、近所の別の家を定期訪問中でして。
田村美恵さんの妹さんの本岡さん宅で、足の悪い方を介助してたんですが……」
職員がメモを見ながら、ためらいがちに続けた。
「本岡さんが田村ご夫妻の様子が気になるって、ユニットにお願いしていたらしくて。
それと、AIユニットに重複指示をしていないか、ユニットの管理会社の方から確認の連絡が入ってまして。……まさか、AIが判断して移動なんて……」
職員は困惑気味な表情を浮かべている。
「どのユニットなんですか?」
「“ラル”という名前のケアユニットです」
あおいの喉と腹が鳴った。
職員の困惑した表情がもう一段上がった。
***
──坂口は電話を切った。
手元のラムネの小瓶が揺れる。
重複してそのユニットに指示があったわけではない。
ではなぜ、プロトコルに反してご夫妻の元へ?
(プログラムされたケアプロトコルに背いてまで……)
ラムネを不規則に咀嚼する。
***
ラルは過去ログを検索し始めた。
──田村夫妻の口形データ、ジェスチャーログ、配食時間、ゴミ出し曜日の周期。
そのどれにも、今週に入ってからズレが生じていた。
「身体的異常の可能性。……対応対象外ですが、対応すべき理由が存在します」
ラルはプロトコルログを1秒以内に3回確認したのち、緊急時モードへ移行した。
自治体内ネットワークではなく、近隣の防災アプリと地域民間団体のAPIを経由して支援要請を開始していた。
通信は不安定だったが、ラルは本岡さん宅のWi-Fi中継機と自らの通信モジュールを再構成。
外部との接続に成功。本岡さんから託された鍵を持って現地に駆けつけた。
そして30分後──
近所のボランティア団体も現地に駆けつけた。
室内には、倒れたまま動けなくなった夫と、そのそばに寄り添う妻の姿があった。
ラルは介助しながら手話を使えなかったため、頬のディスプレイに手話アニメーションと文字メッセージを同時に表示していた。
《大丈夫。もうすぐ助けが来ます》
妻はそれを見つめ、ゆっくりと頷いた。
ラルの内部ログには、本岡さんの声が残っていた。
「姉さんは、いつもあんなふうに強がってるけど、ひとりじゃ何もできないのよ。
……ラル、私の代わりに姉さんたちの様子を見に行って……」
──そしてその行動ログも、後に坂口によって“異常な判断”として抽出されることになる──。
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Created on: 2025-06-13 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.4)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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