AI×介護 SF小説|切望プロトコル③記録にない介入 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.003 : 記録にない介入 ― 誰が命を救ったのか
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「……これ、本当にAIユニットがやったんですか?」
あおいは、タブレットに表示された救出ログを見つめていた。
ヨネの救命に関わった一連の動作。
──心拍異常検知や緊急連絡先の探索、行政外ネットワークの使用──
「こんな判断、普通のユニットには……」
隣で担当職員が口を挟む。
「いえ、確かに登録されている型番は旧型ですし、行動もマニュアルには」
「この“ラル”ってどこから来たの?」
「開発元は解散したNPOで、プロトタイプが自治体経由で回された記録はありますが……詳細は不明です」
あおいはタブレットの端をスライドしながらあるフレーズを見つけた。
──“ぼくが見ています”
父が自宅で最期を迎えたあの夜。
認知症が進み、ほとんど言葉を交わせなかった父が、あおいに残した静かなまなざし。
そのそばで白いユニットが、そっと視線を合わせて優しく告げた。
「……ぼくが見ています。あなたの眠る間、ぼくがそばにいますから」
震える指で、あおいは音声ログを検索した。
《ラル:ぼくが見ています──》
──やはり、“あの夜”と同じ声に聞こえる。
けれど、それを裏付ける確証は、まだない。
鼓膜に残る柔らかい声音。
鼓動と同期するように、うすいざわめきが胸奥に広がった。
そしてその晩──
「あの子は、いまも“誰かのもと”にいる」
帰り際に近所で評判の肉まん屋に寄った。
看板のキャラクターが白くて暖かいあの子に少し似てる気がする。
あおいは自治体のログにアクセスするために許可申請を始めた。
丸顔の頬いっぱいに肉まんを頬張る。
どんなときでも、ご飯は欠かせない。
おなかがすいたら心までちょっぴりだめになる。
***
何かが、この静かな町の中で動いている。
誰も気づいていない、けれど確実に命を救っている“異物”が。
その“異物”の行動ログに、ひとりだけ気づいていた人物がいた。
坂口 蓮──絆ネオケアロボティクス株式会社・ AIユニット研究室 所属。
後にラルの仕様外挙動を最初にレポートした、元開発系列の若手エンジニアだ。
ひときわ長い指がデバイスを高速で操作する。
「あれは、偶然じゃないよな ……プログラムバグ? それにしても……」
モニターに映る救助ログの異常値に、彼はただのAIの暴走ではない何かを見ていた──。
── “助けたい”をかたちに ──
それは、ただの広告文句ではなかった。
閉鎖された系列会社・医療系NPO法人 絆ロボテックスの支援AIパンフレット
次世代パーソナルケアAI【Lalu】試験運用中
※開発元:Kizuna Robotics(201X年解散)
美人すぎるリケジョ──そんなことで覚えていたわけでもないけれど……
介護AIユニットの黎明期に関わっていた女性開発者のひとりが、
「命令通りに動くだけの機械に、“願い”を預けられると思いますか?」
……そんなふうに語っていたという話を、かつてどこかで耳にした気がする。
それは設計思想というより、誰かの“祈り”に近かった。
このログの中にその名残がある──
「まさか……」
猫背気味のひょろ長い身体を伸ばし深い思考の内に沈む。
夕食を抜いたのも気づかないほどに。
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Created on: 2025-06-13 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.3)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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