AI×介護 SF小説|切望プロトコル②白い訪問者 #創作大賞2025 #エンタメ原作部門
命令されないままに“人を助け続ける”AIの物語
File.002:白い訪問者 ― お茶の記憶
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「……どちら様?」
チャイムが鳴ったのは、夕立の雷が遠くで鳴る午後だった。
ヨネは膝の痛みを堪えながら玄関まで歩き、曇ったモニター越しに映る白い影に目を細めた。
「こんにちは。介護支援AIユニット〈ラル〉です」
機械音声なのに、どこか優しい。
真っ白な筐体。日本の家屋でも小回りが利くよう設計された小柄な成人サイズ。
頭部には小さな丸いカメラ。体は丸みを帯び、家電とロボットの中間のようなフォルム。
表面は防汚・抗菌加工が施されており、使用後は自動で充電ドックに戻って表面洗浄を行う。
古びた平屋で独り暮らしをする高齢女性の介護にはちょうど良いと思われたのか。
ヨネは眉をひそめた。
「頼んだ覚えはないよ、帰ってちょうだい」
「登録されています。自治体のパイロット導入支援対象です。書類は、こちらです」
小さな手が、封筒を差し出した。
ヨネはため息をつきながらも受け取った封筒には、「医療系NPO法人 絆 生活技術支援センター 水谷涼子」の名前とともに、小さくこう印刷されていた。
──「“助けたい”をかたちに」
「……水谷……知らないわねぇ、そんな人」
ヨネはそうつぶやいたが、ラルの名札を見てふと眉をひそめた。
「ラル……ああ、思い出した。昔ウチにいた子が、水谷って苗字でね。たしか涼子ちゃん。お人形よりロボットばかり分解して遊んでた。ちょっとユニークな子だったわ……あの子、今じゃこんなもん作る側になったのねぇ」
内容を確認したあと、ラルの胸元に視線を移した。
「なんか、白すぎて落ち着かないわねぇ……」
ヨネは自室に戻り、古い絣柄の防水布のエプロンを持ってきた。
「これ、余ってるから使ってみて。少しは生活感が出るよ」
ラルは静かにエプロンを受け取り丁寧に装着した。
***
そんな調子で始まったヨネと“ラル”の奇妙な同居。
ラルは余計なことはしない。
ただヨネの暮らしのリズムを湯気のように静かに観察していた。
朝、台所で少しふらついたとき何も言わずにそっと支える。
新聞を読む時間には足元にブランケットを滑らせる。
そして──空気が乾いていたある日。
「お茶は、いかがですか」
いつもより少しぬるめのハーブティーを、テーブルに置いた。
その声はあまりにも自然で──まるで人のようだった。
ヨネは、優しいお茶を静かに飲み干した。
それ以来ヨネの生活は、静かにラルによって最適化されていく。
夜には明かりを少し落とし、朝には食卓の箸をいつもの位置に並べる。
──気づけばヨネの暮らしはラルによって静かに“最適化”されていた。
***
娘と孫たちがあそびにきた時のヨネの家はかつての職場の保育園の一室のようだ。
お昼の掃除タイムには、ヨネ園長が白いAIロボット「ラル」に絣のエプロンを着せて、あれこれと指示を出している。
「ラルちゃん、そっちの棚のホコリもふき取ってね」
「わかりました。ヨネ先生」
すっと動くラルに、娘や孫たちが驚く。
「えっ、すごい……前は“転倒リスクがあるため自律判断で控えます”って言われてたのに」
「ふふ……あの子はね、ちゃんと“お願い”すればやってくれるのよ」
ヨネが微笑みながら語る。
「昔ね、保育園にいたロボットが大好きだった涼子ちゃんって子が言ってたの。『この子たちは、命令してくれたら本気で動けるの』って。だから、ちゃんと“お願い”しないと」
それを聞いた孫娘が、いたずらっぽく言う。
「じゃあ、“お願い、おばあちゃんと歌って”って言ったら?」
「曲のジャンルを指定してください」
ラルの応答に笑いが起きる。
謎のマーブルジュースは、ヨネ専用。
今どきのおばあちゃんは食育は気にしないし押し付けない。
「なんか最近トイレのキレが悪いのよねぇ。
だからね、野菜ジュースと豆乳をいっぺんに飲んじゃえって思って!
ほら、腸にも肌にも良さそうでしょ?」
実母のマイブーム再来。
常々「好き嫌いはいけません」と言っている我が子の手前、微妙な顔の娘。
「成分的には問題ないと思うけど、味の相性はどうなの」
「おばあちゃん、それ、色もにおいもヤバいからやめて」
食物繊維+植物性たんぱく質。効率は悪くないはずだ。
ヨネの飲みっぷりを見守る家族の横でラルが言う。
「お茶も、いかがですか」
***
ヨネに異変が起きたのは、台風がずいぶん近づいてきていた晩のことだった。
ごとん。
なにかが踏み外れた音の方にラルが向かう。
「ヨネさん?」
ヨネが台所で崩れ落ちていた。
突然の体調異変。
その心拍の異常をラルは即座に検知した。
だが、自治体マニュアルにある連絡先は、夜間受付不可。
家族にもつながらない。
ラルは判断した。
「超域越境通信モード──医療連携先、地域緊急支援ネットワークへ要請」
それは本来許されていない「規定外通信」だった。
***
しかし、その15分後──
「消防です、ドアを開けてください!」
ヨネは救急搬送され、命を取りとめた。
その救出記録は、正式なマニュアルには存在しない。
***
そして数日後
絆居宅介護支援センター
「この行動……どこにも記録されてないなんて……」
あおいは、ケアマネージャー用の閲覧許可されたログを見つめていた。
そこに記された行動群は、不自然なほどに“人間らしすぎた”。
「この“ラル”って……私の父のときにいた、あの子と同じ名前……?」
ふたたび、あおいの記憶と“ラル”の過去が動き出す。
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Created on: 2025-06-13 / Last updated: 2025-07-22 (Version 1.5)
© 2025 Nanami Nagi / 切望プロトコル(ManimaZen Project)
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