職場で飛び交う「いってこい」「正直ベース」「ガラガラポン」などの言い回し。そうした“おじさんビジネス用語”たちを、あえて使う必要はどこにあるのでしょうか。
「おじさん」というキャッチーな表現の裏側に、実は深い仕事哲学や仕事観が隠れていたりしないだろうか……? 言葉使いという切り口から、上司や先輩のマインドセットに迫れないだろうか……?
そんな仮説のもと、「おじさんビジネス用語」の特徴から用法、付き合い方を言語学者の川添愛さんに考察していただきました。
どれくらい知ってる? 「おじさんビジネス用語」のバリエーション
「おじさんビジネス用語」というものがあるらしい。私はふだん「言語学者」とかそれに類する肩書きで活動するフリーランサーであり、8年ほど前までは研究機関に勤務していたが、あいにく会社で働いた経験はない。よって、普通のビジネス用語もあまり知らないし、ましてや「おじさんビジネス用語」と聞いてもピンとこない。しかしこのたび「考察してみてほしい」とのお話をいただき、なんだか面白そうなので引き受けてしまった。
さいわい、ネット上には「おじさんビジネス用語」を紹介している記事がいくつかある。筆者がそれらの情報源をあたって「おじさんビジネス用語」と言われている表現の一部をまとめたのが表1である。
表1:「おじさんビジネス用語」として挙げられていた表現の一部
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| あいみつ | 相見積もりの略 |
| アゴアシ付き | 食事代(アゴ)と交通費(アシ)が付いていること |
| 一気通貫 | 初めから終わりまで |
| 一丁目一番地 | 最重要課題 |
| いってこい | 損得がないこと |
| エイヤ | 勢いで行う様子 |
| 鉛筆なめなめ | 帳尻を合わせること |
| 音頭を取る | 先頭に立って行う |
| ガッチャンコ | 複数のものを一つに組み合わせること |
| ガラガラポン | 白紙に戻すこと |
| 空中戦 | 資料やデータに基づかない、口頭だけの議論 |
| ケツカッチン | 終了時間を延長できない状況 |
| 交通整理 | 状況を整理すること |
| サチる | 飽和している(「サチュレーション」に由来) |
| ざっくばらん | 率直な様子 |
| 三遊間 | 担当者が決まっていない仕事/油断しているところを出し抜かれること |
| 正直ベース | 正直 |
| 全員野球 | 全員で力を合わせること |
| ダマでやる | 秘密裡に進める |
| ツーカー | 気心が知れた様子 |
| 手弁当 | 自分で費用を負担すること |
| テレコ | 互い違い、入れ違い |
| 突貫工事 | 短期間で片付けること |
| なるはや | 「なるべく早く」の略 |
| 握る | 関係者との間で合意を得る |
| ネゴる | 交渉する(「ネゴシエーション」に由来) |
| ペライチ | 一枚の紙(にまとめること) |
| ポテンヒット | 担当者が決まっていない仕事 |
| ほぼほぼ | 「ほぼ」の強調 |
| ポンチ絵 | 概略図や構想図 |
| よしなに | いい具合になるように、よろしく |
| リャンメン印刷 | 両面印刷 |
| ロハ | 無料(ただ(只)の漢字を分解したもの) |
「おじさんビジネス用語」が話題になっている背景には、中高年層が職場で使う言葉が若年層に伝わらないという問題が存在するらしい。2023年の民間調査およびマイナビが実施したアンケート(※)によれば、「おじさんビジネス用語」の理解について世代差が存在すること自体は事実であるようだ。
しかし、リストを眺めたり記事を読んだりしているだけではいまいち実感が湧かない。これらはビジネスの現場でどの程度使われているのだろうか? また、この中のすべてが本当に「おじさんビジネス用語」と言えるものなのか? また、これらの言葉は、他の「業界用語」とどんな違いがあるのだろうか?
以下ではそれらの疑問について考察する。ただし、あくまで「おじさんビジネス用語」を使う側でも使われる側でもない傍観者の立場から観察・分析した結果なので、ご了承いただいたうえでお読みいただけるとうれしい。
女性も使う。「おじさんビジネス用語」の使用状況を尋ねてみた
まずは「おじさんビジネス用語」をもっと身近に感じるために、同世代の友人10人(50代前半)に、職場での使用状況について尋ねてみた。
「職場で使われている」との声が一番多かったのが「エイヤ」と「正直ベース」(10人中8人)で、第二位が「交通整理」「ポンチ絵」「がっちゃんこ」「ざっくばらん」「なるはや」(10人中7人)、第三位が「ガラガラポン」「ダマでやる」「握る」(10人中6人)であった。
その他、友人たちから得られた情報によれば、一部の用語については「女性も使う」ということが分かった。たとえば「なるはや」「ペライチ」「ざっくばらん」「よしなに」「ダマでやる」については、「職場の女性がよく使っている」との証言を得ることができた。あくまで筆者の周囲に限った事例だが、現場の空気感を幾分か反映したものではありそうだ。
回答してくれた友人の中には公務員、準公務員の人もいて、なぜか「空中戦」「突貫工事」に関しては、企業に勤める人たちよりも公務員の人たちの回答数の方が多かった。また「ポンチ絵」に関しては「省庁からの通達で使われている」との証言があった。私の中でも「ポンチ絵」は官僚用語のイメージが強い。ちなみに企業に勤める人たちの回答に限定すると、「握る」「ダマでやる」が一位に浮上した。
意外だったのは、「おじさんビジネス用語」の代表格としてしばしば挙げられる「全員野球」について、「使われている」と答えた人が10人中2人と、非常に少なかったことだ。確かなことは言えないが、もしかするとこれを使うのはさらに上の世代なのかもしれない。つまり「おじさんビジネス用語」を使うとされている人々の間でも、すでに世代差が生まれている可能性がある。
実は「若者言葉」でもある? どこからどこまでが「おじさんビジネス用語」なのか問題
企業や公的機関に勤める友人以外にも何人か、同世代の知り合いに「おじさんビジネス用語」のリストを見てもらい、知っている言葉を答えてもらった。すると、ほとんどの人は「ざっくばらん」を知っていた。実はビジネス経験のない私も「ざっくばらん」「音頭を取る」「ツーカー」「ほぼほぼ」あたりは知っていたので、「おじさんビジネス用語」の中にはビジネスに特化した言葉ではなく、一般用語もあるのではないかという疑問が湧いた。
一般用語とビジネス用語を分けるのは簡単ではないが、「小型の国語辞典に載っているかどうか」を見るのは一つの目安になるかもしれない。そこで手持ちの『明鏡国語辞典MX』(58000語収録)を引いてみると、「ざっくばらん」「音頭を取る」「ツーカー(つうかあ)」「手弁当」「よしなに」については、「おじさんビジネス用語」として紹介されていた用法がそのまま載っていた。これらは「おじさんビジネス用語」と一般用語の境界あたりに属すると考えていいかもしれない。もっとも、もともと一般用語だったが徐々にビジネス以外のところでは使われなくなり、ガラパゴス諸島の生き物のような生き残り方をしている可能性もゼロではない。
また、「ほぼほぼ」については同辞典には載っていなかったものの、2024年版の『現代用語の基礎知識』では「若者言葉」の項目で紹介されていた。これだけを理由に「おじさんビジネス用語ではない」と断言することはできないが、単に「ビジネスの場で中高年層がこういう言葉を使っている」なおかつ「若年層の中にこれらを解さない人がいる」というだけで即座に「おじさんビジネス用語」として認定するのは危険かもしれない。
仕事をほんのちょっと楽しくする“調味料”? 「おじさんビジネス用語」の特徴
「おじさんビジネス用語」については、「擬音語・擬態語や略語が多い」「野球や麻雀、相撲に由来する言葉が多い」などといった特徴が指摘されている。ここでは他の業界用語との比較や、使われる状況などに着目し、どのような特徴が浮かび上がるかを見てみたい。
一つには、様態(もののありさま)を表す言葉が多く、「もの」や「概念」そのものを指す用語が比較的少ないということが言えそうだ。「ガッチャンコ」「ガラガラポン」のような擬音語・擬態語、「よしなに」や「なるはや」といった副詞はその典型的な例だ。「全員野球」「正直ベース」「一気通貫」「ペライチ」などは名詞だが、たいてい「~で」や「~に」を伴って「状態を表す副詞」として使われている。いわゆる「カタカナビジネス用語」の中に「アジェンダ」(予定表)や「エビデンス」(裏付け)など、「もの」や「概念」そのものを指す名詞が多く見られるのとは対照的だ。
また、官僚用語などと比較すると、「おじさんビジネス用語」は「隠語」の割合が低い。官僚用語では「マル政」(政治家がからむ案件)や「お経」(法案審議に入る前に、大臣が読み上げる法案の提案理由のこと)など、外部の人間に意味を悟られないために使う言葉が多い。「おじさんビジネス用語」にも「ロハ」のように漢字を分解した言葉や、「ネゴる」「サチる」といった略語はあるものの、意図を隠すための言葉だとは言い切れない。
そもそも「おじさんビジネス用語」はどういう状況で、どういった効果を狙って使われているのか。この点に着目すると、次の三つの可能性が考えられる。
- 言いにくいことをできるだけ言いやすくしたいときに使う(ガラガラポン、ポテンヒット、正直ベースなど)
- 楽しくない仕事を少しでも楽しく感じたいときに使う(リャンメン印刷、一気通貫、いってこいなど)
- 身体感覚を呼び起こしてやる気を出したいときに使う(全員野球、突貫工事、交通整理など)
「1」のように考える根拠は、「おじさんビジネス用語」のラインナップの中に、心理的な負荷が高い場面で使われる言葉がいくつかあることだ。たとえば「ガラガラポン」は「白紙に戻す」ことを意味するが、何かを白紙に戻すというのはそれなりに大きな決断であるはずだ。それを「ガラガラポン」と表現する背景には、心理的な負担を軽くしたいという意図があったのではないか。
また、「担当者が決まっておらず放置されている仕事」を意味する「ポテンヒット」や「三遊間」は、業務上の問題を野球にたとえている。こういう軽めのユーモアを入れることで、問題を客観的に見る余裕をひねり出そうとしているようにも感じられる。
「正直ベースで申し上げますと」という言い方も、普通に「正直に申し上げますと」と言うよりも柔らかい。「ロハ」にしても、おそらく「タダで」とストレートに言うのが憚られる場面で、やんわり言えるところが重宝されているのではないだろうか。最近では「予算感」「ギャラ感」「スケジュール感」のように「~感」が使われるケースも増えているが、「正直ベース」の「ベース」と通ずるところがあるように思う。
「2」の用語の代表は、「リャンメン印刷」「一気通貫」といった麻雀用語だ。普通に「両面(りょうめん)印刷」とか「一気に」(あるいは「一貫して」)などと言えばいいところでわざわざ麻雀用語を使うのは、「仕事が面倒でウンザリしそうだけど、楽しい麻雀のことでも思い出して元気出そう」といった想いがあるのではないか。「ガッチャンコ」や「いってこい」のように、口に出すとちょっと楽しい言葉にも同じ効果がありそうだ。
「3」の代表例として考えているのは「全員野球」「突貫工事」だ。野球や工事のように身体感覚に訴える比喩を使うことで、「全員で」「大急ぎで」と言うよりもやる気を喚起しやすいように思う。また、「交通整理」もこのカテゴリーに入りそうだ。状況を整理するというのはしばしば抽象的な思考を伴うが、それを「身体を使って車や人の流れを制御する行為」になぞらえることで、ちょっとしたゲームのようにも感じられる。
ここまでの考察をまとめると、「おじさんビジネス用語」というものは、仕事を少しでも楽しく、円滑に進められないかという思いから生まれた言葉なのかもしれない。そこには外部の人々から何かを隠そうとかいう意図はなく、また「カタカナビジネス用語」に見られるようなプロっぽさやグローバル感もない。あくまで、仕事をほんのちょっと楽しくする「調味料」のような言葉、と言えるのではないだろうか。
“用語”よりも結局人間性が大事。「おじさんビジネス用語」との付き合い方
ネットで「おじさんビジネス用語」と盛んに言われ出したのはここ最近(2022年以降)のことであるようだ。中高年層の中には「このまま使い続けていいのだろうか?」と考える人も出てきているかもしれないが、私としては「ケースバイケース」と言うしかない。
業界用語の良い点は、コミュニケーションを効率的にしたり、仲間意識を高めたりするところだ。よって、すでに使い慣れている者どうしであれば、わざわざ言い換える必要もないだろう。
注意すべきは、自分が使っている用語が相手にとって馴染みのないものである場合だ。どんな言葉にも言えることだが、自分にとっては「普通」の言葉でも、他人にとってもそうであるとはかぎらないし、また同じ言葉を使っていても自分と他人とでは違う用法を念頭に置いている可能性もある。頭の中の辞書は一人一人違うからだ。
「おじさんビジネス用語」に限らず、世代差、地域差、また専門分野の違いによって、「通じない言葉」はたくさんある。通じていないことに気づくには、相手のことをよく見る必要があるし、相手が「それはどういう意味ですか?」と質問をしやすいような空気を作ることも大切だ。「それぐらい知っとけよ」などと言って自分の「あたりまえ」を相手に押しつけるようなことは、双方にとってプラスにならないと思う。
「おじさんビジネス用語」を使わない人々の中には、「自分も使った方がいいのだろうか?」と思っている人がいるかもしれない。これに対する私の意見は、「使いたければ使ってもいいけど、わざわざ使う必要はない」である。とくに、上司や取引先に気に入られようとして無理に使うのはおすすめしない。きっと不自然になってしまうし、あまり良い印象を与えない可能性もあるからだ。
たとえばの話だが、ご自身が長年愛好している趣味のジャンルの用語を、新参者が無理矢理使っているところを想像してみてほしい。たぶん違和感ありまくりだと思う。新しい言葉や耳慣れない言葉が自分の中に落ち着くまでは、それなりに時間がかかる。定着すれば自分の中から自然と出てくるはずだ。
そのうえでもし、「おじさんビジネス用語」を使いたいのであれば、言葉選びの大前提である「分かりやすさ」と「相手への気づかい」をまずは意識すべきだろう。
最後に個人的な意見を言わせていただくと、「どんな用語を使うか」よりも「どんな人間であるか」の方が重要であると思う。「おじさんビジネス用語」であれ、他の業界用語であれ、好きな人や尊敬する人が使っていれば好感度が上がるし、嫌いな人が使っていれば嫌いになる。用語そのものを気にし過ぎるよりも、自分と相手の間に良い関係が築かれているかどうかを気にした方が有益ではないだろうか。
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職