赤沢氏の「尋常じゃなかった」介入 最低賃金「6.0%」の舞台裏
6.0%という数字は、ある人物によって一蹴され、漂流しかかっていた。
「6.0%ちょうどなんてないだろう。全然ダメだ。もう一声。これは政治判断なんだ」
最低賃金の目安を決める厚生労働省の審議会が今年4回目の審議を終えた翌日、7月30日だった。ひそかに永田町の中央合同庁舎8号館を訪れた厚労省幹部を前に、「賃金向上担当相」を兼務する赤沢亮正経済再生相が言い放った。
最低賃金の目安は、労使の代表と公益代表の有識者で構成する中央審議会が毎年決める仕組みだ。赤沢氏に決定権はない。だが、公益代表をサポートする立場から労使の調整に入っていた厚労省側が示した内々の「6.0%」に赤沢氏は「6%台前半」など上積みを求めて突き返した。
「これからはとにかく最低賃金だ」
今年の議論では、歴史的な物価高を踏まえ、労使ともに昨年の目安を上回る引き上げの必要性では一致していた。
労働組合の中央組織・連合がまとめた今春闘の正社員の賃上げ率は平均5.25%で前年を0.15ポイント上回った。「昨年(5.0%)を下回ることにはならないだろう」。使用者側もそんな認識は持っていた。
「5.0%」をどの程度上回るか――。それが焦点だった議論の雲行きが怪しくなったのは7月20日の参院選後。与党が大敗し、石破茂首相の退陣論が声高に叫ばれるようになってからだ。
「これからはとにかく最低賃金だ」。参院選が終わり、トランプ関税をめぐる日米交渉を合意に導いた赤沢氏は帰国後、秘書官らをあつめて、熱っぽく号令をかけた。
ターゲットに据えたのは、石破政権が掲げる「2020年代に1500円を達成する」という目標。実現に必要な年平均7.3%の引き上げまでどこまで近づけられるかだった。
審議会が大詰めの議論を迎える中、赤沢氏は「こんなものがあるぞ」と官僚らに朝日新聞の記事のコピーを手渡した。
食料の価格上昇を背景に「6.4%」という引き上げ水準を「妥当」とするエコノミストの見解が紹介されていた。暗に目安水準を示されたと受け止めた官僚の一人は赤沢氏の介入が「議論の収束とは逆方向に働いた」と振り返る。上積みを求めて譲らない赤沢氏との面会後、最低賃金を通じた政権浮揚の意図を感じたのか、官僚の一人は「現政権の存亡…」という言葉を漏らして立ち去った。
こうした赤沢氏の意向を考えて厚労省も動いてきた。22日の審議会に、目安の参考指標としてコメを含む食料品の消費者物価指数の前年比伸び率「6.4%」(24年10月~25年6月平均)という数字を新たに示した。
昨年に指標として示した生活必需品を含む「頻繁に購入する品目」の上昇率は4.2%。前年同期を下回り、赤沢氏の求める水準には届いていなかった。政府関係者は「誰がみても(政府目標の)実現は難しいが、やる気が全く見えない数字を出すわけにもいかない」
厚労幹部「審議会が壊れてしまう」
一方、こうした政権側の露骨な動きを察知した使用者側は収まらない。中小企業への悪影響を懸念する使用者側には内々に「6.4%」という数字が提示されたが「話にならない」と反発して、拒否する一幕もあった。
審議会が15年ぶりの6回目に突入した今月1日、赤沢氏は経済団体の幹部と面会し、高い水準の引き上げに理解を求めた。審議会とは別に、閣僚が直接的に協議することは異例だ。労働側のある関係者は「政府がやるなら審議会はいらない。勝手にやってくれ」と怒りを隠さず、厚労幹部は「審議会が壊れてしまう」と頭を抱えた。
赤沢氏と使用者との会談は不調に終わり、44年ぶりに7回目の審議会が開かれるのを前に厚労幹部が赤沢氏を訪ねた。6.0%超は無理です――。そんな従来の立場を伝える幹部に、赤沢氏は6.0%を容認するかわりに、20年代に1500円を達成するという政権目標を審議会として道筋を立てるように求めた。
この要求がどのように審議会の議論に反映されたかは不明だ。だが、目安は4日夜、6.0%で決着した。その直後、首相官邸に石破首相を訪れた赤沢氏は、記者団から「1500円」という政権目標に届かない目安となったことを問われ、こう反論した。「『2020年代1500円』はもう実現できないというようなことをおっしゃいましたが、私は全くそのように考えておりません」
第2次安倍政権が賃上げを成長戦略に盛り込んで以降、最低賃金の目安に政権側が注文をつけることは珍しくはない。ただ、政府関係者は「大臣が直接動いちゃったのは記憶にない。尋常じゃなかった」と言って、続けた。「赤沢さんが動かなければ6.0%には届かなかった」
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