主賓席に座った私の前に、日の丸とニジェールの小旗を手に手に持った小学生たちが、砂煙をあげて走ってきた。校庭に並べられた座席に、先を争って座ると、まるで青空教室だ。生徒はみなで百人はいるだろう。私はそこで悟る。今日の主役は小学生たちである。
ニジェールの首都ニアメの、ミレアム・ナザレ小学校に、草の根無償資金協力の資金を使って、4つの教室を建てた。今日はその、教室の供与式典が行われている。生徒総代の男の子が、紙を手に登場して、マイクに向かう。
「日本大使、教育省の局長さん、教育委員会の方々、今日はよくいらっしゃいました。」
しっかりしたフランス語で挨拶したあと、これからの式次第を読み上げる。8歳にして、もう中学校への進学資格試験に飛び級合格した、学校一番の優等生だ。
年少組の子供たちが、お母さん方に連れられて出てきて、私の前で歌を披露してくれる。拍手を送りながら、私は演説をどうしようか、と考えている。もちろん推敲を重ねた案文は、私の胸ポケットに収まっている。しかし、開発における教育の重要さと、日本の国際協力の趣旨、ニジェールとの友好関係を謳うという内容では、子供たちを前に、どうも場違いではないだろうか。
小学校を運営する、「ノートルダム友愛会」代表のシスターが、日本への謝意を述べる挨拶を終えた。次は私の番である。私は一通りの挨拶を並べた後、演説文をたたんで横に置いて、子供たちに向かって授業することにした。
「生徒の皆さん、私は日本から来ました。日本を知っているひと、いますか。」
とつぜん私が生徒たちの方を向いたので、戸惑って黙っている。
「日本、っていうのは、何ですか。」
一人が手を上げた。私は指さすと、「国」と小さく答える。
「よくできました。そう、日本と言うのは、ニジェールと同じで、国です。」
そして、ニジェールはアフリカの国で、日本はアジアの国だと説明する。
「皆さんの手元に、二つの国の国旗があります。どちらの国旗にも、真ん中に丸がありますね。これは何ですか。」
こんどは沢山手が上がる。一人を指名すると、「太陽」と答える。
「よくできました。太陽は日本から昇って、ニジェールにやってきます。そして皆を照らします。太陽は、万物全てのエネルギーの元ですよ。だから、両国の国旗は、みんなが心にエネルギーを持って、という意味なのですよ。いつも心に太陽を。」
と、適当なことを並べる。
「勉強は、何故するのですか。」
すぐに手が挙がって、「いろいろ知って、賢くなるため。」
「そうだよね。賢くなるためだよね。賢くなって、ここに列席している人たちのように、社会でさまざまに活躍する、立派な大人になるためですよ。」
大人たちは、大いに手を叩いてくれている。
皆、まじめに聞いてくれているから、ちょっと大事なことも言っておこう。
「日本でも、皆さんと同じ、小学生たちがいて、皆さんと同じく、一生懸命勉強していますよ。それで、皆さんは、とても幸せなのです。なぜなら、いい学校に通って、いい先生方が教えてくれて、そして学校に通わせてくれるご両親がいる。」
「でも、アフリカの他の場所では、皆さんと同じ子供たちで、学校に行くことも出来ない人たちがたくさんいるのですよ。勉強したくても、学校に行けないお友達たち。それを思えば、せっかくいい学校に行けるのだから、しっかり勉強してください。そうしたら、日本のお友達もたいへん嬉しく思います。」
そう言って、青空授業を終えた。
続いて、教育省の局長が挨拶に立つ。演説の中で、いや、大使というのは外交官だと思っていましたが、なかなか教師もお上手です、と褒めてくれる。私は、席から手を振って、お礼を返す。生徒総代がマイクに進んで、テープカットにお立ちください、と案内。私と局長とで、白いテープにはさみを入れた。続いて、小学校の教室に入る。教室では、生徒たちが模擬授業を見せてくれる。男の子が黒板に、定規とコンパスを使って、日の丸を描いてくれた。
「大使は先ほど、日本なんて国は知らないだろう、と子供たちに言っていましたけどね。」
と、社会生活省からの来賓氏が、私に言う。
「私らくらいの年齢だと、みな日本をよく知っていますよ。そうだろう。」
と傍らの教育省の局長に、賛同を求める。二人とも40代半ばくらいである。
「日本というと、日の丸をつけたトラックが、食べ物を配りに、小学校にしょっちゅうやって来ていました。だから、私らの時代の子供たちは、みな日本をよく知っていましたよ。」
傍らの局長も、相槌を打っていう。
「そうそう、日本とカナダでしたね。いろいろ生徒たちに配ってくれたのは。日本は食料、カナダはノート。」
はて、30年以上前に、日本はそういう経済協力をしていたのだろうか。それにしても、その時代の思い出が、日本という国への感謝とともに、いま社会の屋台骨になっている年齢の人々の心に、しっかり残っているわけである。私は、少なからず嬉しく思った。私の青空教室の授業も、この子供たちの記憶の片隅にでも残るだろうか。大人になった後にどこかで、自分は日本を知っている、日本の大使が学校に来て何だかお話をしていった、と言ってくれればいいと思ったわけである。 生徒総代が進行役を務める。
後ろに、日本が供与した教室 NGO「ノートルダム友愛会」の代表シスターの挨拶
年少組は、揃って歌を披露
ニジェールと日本の国旗
年長組は、中学入学資格試験を控える。
日の丸を描く。
日本はどこかな。ここです。
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