年の初めにあたって、大統領年頭挨拶という行事がある。大統領が、国内の各界の人々を大統領府に迎えて、挨拶を交わす。2日間にわたり、国の機関の長、首相はじめ閣僚、外交団、軍首脳、宗教関係者、ビジネス関係者、学界、言論界、スポーツ界、と順次大統領府に集まる。大使たちは政府閣僚と一緒に呼ばれる。私は、昨年はちょうどこの行事の日に、東京への帰国出張があったので、出られなかった。だから私にとっては、今年がはじめての体験である。
大統領府には、同僚の大使たちが皆集まっていた。大広間の入り口の前で、名簿の順に、一人一人が呼ばれる。「日本大使閣下」と呼ばれて、私は大広間に入る。バグボ大統領は、中央に立っている。そこまで歩いて行って、うやうやしくお辞儀をした後、握手して挨拶。大統領閣下、新年にご多幸あれ、というような口上を述べたら、バグボ大統領も笑顔で挨拶を返しつつ、私に言う。
「いつも、コートジボワール国民のために、いろいろ力をつくしてくれてありがとう。」
挨拶を終えた大使たちは、用意された座席に座る。全ての大使、国際機関の代表たちが、座席に座り終えたら、外交団長から、バグボ大統領への祝辞が伝えられる。コートジボワールでは、外交団長つまり外交儀礼順位の一番は、常にバチカン大使である。枢機卿の赤い礼服をまとったバチカン大使が、外交団の中で調整した原稿を読み上げた。
「今年もまた、新年にあたって願を掛けるのは、大統領選挙のことです。来る選挙は、透明性の高い、自由で信頼のおける選挙となるべきです。全ての候補者が、投票の結果を受け入れるという、しっかりした約束を誓うべきです。」
さて、バグボ大統領が、答礼の挨拶を行う。原稿を持っているが、読まない。
「選挙のお話が、バチカン大使から提起されました。その話もしますけど、その前にコートジボワールの日々の生活の話をしたい。大統領になって、10年になります。その間に、83回のストライキがあった。職場で仕事が放棄された期間は、合計18カ月にものぼるのです。」
何と、ストライキの話をはじめた。
「民主主義というのは、自由があるということです。だから、ストを行う自由はあります。でも、雇用主の側にも、ストに出て仕事をしない労働者に、その分給料を払わない自由がある。」
おっと、かなり乱暴な議論だ。
「ストに出た人の給料を減額したら、それはその人に敵対的な行為だ、と受け取られます。でもそれは違う。私だって、かつて10回ほど、ストに打って出たことがある。給料は払われなかった。でも、それは当然と思っていましたよ。人々は知るべきです。ストの権利もある一方で、それは給料が支払われないという結果を覚悟したうえなのだ、ということを。」
何故また、新年挨拶で、ストの話などをするのだろう。
「なぜストの話をするかって。それは、私には皆さんの給料を上げたくても、資金が無いからです。コートジボワールの公的債務は、総額6兆4千万フラン、返済額は、毎年7千万フランに及ぶのです。この公的債務が減免されるように、世銀、IMF、欧州をはじめ主要な債権国と、一生懸命交渉をしています。そして、パリクラブの合意を得て、政府はこれから債務救済のための条件を整えなければなりません。そのために、一銭も給料を上げるわけにはいかないのです。」
バグボ大統領は、私たちの方を向く。
「ここにおられる皆さんに、感謝いたします。世銀に、そしてこの困難において、私たちの国を助けてくれる国々に。」
そう述べて一息つく。
「日本に。」
おっ、いきなり日本か。
「米国に、フランスに、中国に。ええっと、スペインにもです。サウジアラビアに、アラブ諸国に。」
国名を呼ぶとは、大胆である。挙げなければならない国名は、他にも例えばEUとかカナダとかあるから、気を悪くしているのではないか。まあ、日本が真っ先に登場したからいいとしよう。
そして、バグボ大統領は選挙の話だ、と切り出す。
「私は、選挙を早く実現すべきだ、と行ってきました。さらに今日は付け加えたい。選挙を早くすべきことは勿論ながら、同時に首尾よく実現しなければならない、と。問題は、これまで放っておかれた、つまり身分証を発行されなかったコートジボワール人がいるということです。彼らを、ちゃんと国民として扱わなければならい。」
つまり、選挙人名簿を首尾よく仕上げなければ、大統領選挙はうまくいかないということであろう。
バグボ大統領の演説が終わって、カクテルということになった。大使たちも皆立ちあがって、閣僚たちと挨拶をしている。私も、何人かの閣僚たちと挨拶をしつつ、ふと見たら、バグボ大統領のところに誰も行っていない。それで、私は歩いて行って、改めて大統領に挨拶をした。
「大統領閣下、改めてお祝いします。年末に出された本のことです。全部読みましたよ。読み応えがありました。一党支配の政治文化とか、プランテーション経済とか、コートジボワールが抱える問題と、閣下の政策構想が、よく理解できました。」
ほほう、読んでくれたか、と大統領は相好を崩す。
バグボ大統領に、彼の本の話をしておきたかったのは、今日の挨拶に示された焦燥感は、この本に書かれている内容に符合していると思ったからだ。私が、それをちゃんと理解しましたよ、と大統領に伝えておきたかったわけである。
たしかに、大統領が憤慨するくらい、昨年後半はストが多かった。学校の先生が長いストに入って、小学生から大学生まで、学生たちが授業を受けられなかった。病院では医者がストをして、病人たちが苦しんだ。裁判所の役人がストを打って、司法手続きが進まなくなった。皆、賃上げを要求してのことである。そして、何でもすぐにストライキに出るというのは、おそらくフランスに学んだ政治文化なのではないか。
フランスのように、経済が豊かな国なら、ストライキで正当な分配を求めることに意義があろう。しかし、コートジボワールは経済が疲弊し、債務に苦しんでいる。そうしてそんな国で、自分たちだけ賃上げを要求できるのか。それは、国民が今もって、「親方日の丸」に甘えるところがあるからだ。うまくいかない事は全部、「お上」の所為にするところがあるからだ。今日の挨拶で、ストライキの話をしたのも、バグボ大統領が、国民に反省を求めたかったのではないか。
ともあれ、年末年始の休みを使って、バグボ大統領の本を読んでおいたことで、ずいぶんいろいろなことが分った。バグボ大統領への話題に使えただけでも、十分元は取れたかもしれない。
大統領府には、同僚の大使たちが皆集まっていた。大広間の入り口の前で、名簿の順に、一人一人が呼ばれる。「日本大使閣下」と呼ばれて、私は大広間に入る。バグボ大統領は、中央に立っている。そこまで歩いて行って、うやうやしくお辞儀をした後、握手して挨拶。大統領閣下、新年にご多幸あれ、というような口上を述べたら、バグボ大統領も笑顔で挨拶を返しつつ、私に言う。
「いつも、コートジボワール国民のために、いろいろ力をつくしてくれてありがとう。」
挨拶を終えた大使たちは、用意された座席に座る。全ての大使、国際機関の代表たちが、座席に座り終えたら、外交団長から、バグボ大統領への祝辞が伝えられる。コートジボワールでは、外交団長つまり外交儀礼順位の一番は、常にバチカン大使である。枢機卿の赤い礼服をまとったバチカン大使が、外交団の中で調整した原稿を読み上げた。
「今年もまた、新年にあたって願を掛けるのは、大統領選挙のことです。来る選挙は、透明性の高い、自由で信頼のおける選挙となるべきです。全ての候補者が、投票の結果を受け入れるという、しっかりした約束を誓うべきです。」
さて、バグボ大統領が、答礼の挨拶を行う。原稿を持っているが、読まない。
「選挙のお話が、バチカン大使から提起されました。その話もしますけど、その前にコートジボワールの日々の生活の話をしたい。大統領になって、10年になります。その間に、83回のストライキがあった。職場で仕事が放棄された期間は、合計18カ月にものぼるのです。」
何と、ストライキの話をはじめた。
「民主主義というのは、自由があるということです。だから、ストを行う自由はあります。でも、雇用主の側にも、ストに出て仕事をしない労働者に、その分給料を払わない自由がある。」
おっと、かなり乱暴な議論だ。
「ストに出た人の給料を減額したら、それはその人に敵対的な行為だ、と受け取られます。でもそれは違う。私だって、かつて10回ほど、ストに打って出たことがある。給料は払われなかった。でも、それは当然と思っていましたよ。人々は知るべきです。ストの権利もある一方で、それは給料が支払われないという結果を覚悟したうえなのだ、ということを。」
何故また、新年挨拶で、ストの話などをするのだろう。
「なぜストの話をするかって。それは、私には皆さんの給料を上げたくても、資金が無いからです。コートジボワールの公的債務は、総額6兆4千万フラン、返済額は、毎年7千万フランに及ぶのです。この公的債務が減免されるように、世銀、IMF、欧州をはじめ主要な債権国と、一生懸命交渉をしています。そして、パリクラブの合意を得て、政府はこれから債務救済のための条件を整えなければなりません。そのために、一銭も給料を上げるわけにはいかないのです。」
バグボ大統領は、私たちの方を向く。
「ここにおられる皆さんに、感謝いたします。世銀に、そしてこの困難において、私たちの国を助けてくれる国々に。」
そう述べて一息つく。
「日本に。」
おっ、いきなり日本か。
「米国に、フランスに、中国に。ええっと、スペインにもです。サウジアラビアに、アラブ諸国に。」
国名を呼ぶとは、大胆である。挙げなければならない国名は、他にも例えばEUとかカナダとかあるから、気を悪くしているのではないか。まあ、日本が真っ先に登場したからいいとしよう。
そして、バグボ大統領は選挙の話だ、と切り出す。
「私は、選挙を早く実現すべきだ、と行ってきました。さらに今日は付け加えたい。選挙を早くすべきことは勿論ながら、同時に首尾よく実現しなければならない、と。問題は、これまで放っておかれた、つまり身分証を発行されなかったコートジボワール人がいるということです。彼らを、ちゃんと国民として扱わなければならい。」
つまり、選挙人名簿を首尾よく仕上げなければ、大統領選挙はうまくいかないということであろう。
バグボ大統領の演説が終わって、カクテルということになった。大使たちも皆立ちあがって、閣僚たちと挨拶をしている。私も、何人かの閣僚たちと挨拶をしつつ、ふと見たら、バグボ大統領のところに誰も行っていない。それで、私は歩いて行って、改めて大統領に挨拶をした。
「大統領閣下、改めてお祝いします。年末に出された本のことです。全部読みましたよ。読み応えがありました。一党支配の政治文化とか、プランテーション経済とか、コートジボワールが抱える問題と、閣下の政策構想が、よく理解できました。」
ほほう、読んでくれたか、と大統領は相好を崩す。
バグボ大統領に、彼の本の話をしておきたかったのは、今日の挨拶に示された焦燥感は、この本に書かれている内容に符合していると思ったからだ。私が、それをちゃんと理解しましたよ、と大統領に伝えておきたかったわけである。
たしかに、大統領が憤慨するくらい、昨年後半はストが多かった。学校の先生が長いストに入って、小学生から大学生まで、学生たちが授業を受けられなかった。病院では医者がストをして、病人たちが苦しんだ。裁判所の役人がストを打って、司法手続きが進まなくなった。皆、賃上げを要求してのことである。そして、何でもすぐにストライキに出るというのは、おそらくフランスに学んだ政治文化なのではないか。
フランスのように、経済が豊かな国なら、ストライキで正当な分配を求めることに意義があろう。しかし、コートジボワールは経済が疲弊し、債務に苦しんでいる。そうしてそんな国で、自分たちだけ賃上げを要求できるのか。それは、国民が今もって、「親方日の丸」に甘えるところがあるからだ。うまくいかない事は全部、「お上」の所為にするところがあるからだ。今日の挨拶で、ストライキの話をしたのも、バグボ大統領が、国民に反省を求めたかったのではないか。
ともあれ、年末年始の休みを使って、バグボ大統領の本を読んでおいたことで、ずいぶんいろいろなことが分った。バグボ大統領への話題に使えただけでも、十分元は取れたかもしれない。
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