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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第三章:二年生秋
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32:文学少女の幻想と現実



 やたらとにこやかな笑みで委員長が俺の腕を掴む。むしろ腕を組むと言えるぐらいの近さでじっと見上げてくる。

 彼女の性格を知らぬ者には、きっと可愛らしく映るだろう。

 奥ゆかしい文学少女と思いきや、大胆に腕を組んで迫ってくる。これはギャップに弱い男ならばコロっといきかねない、


 ……まぁ、今の俺には嫌な予感を感じさせるものでしかないのだが。


「あのね敷島君、私達べつに芝浦君を信じてないわけじゃないの。彼ならきっと素敵な王子を演じてくれるって信じてたわ」


 眩い笑みのまま委員長が話を続ける。

 はきはきとした口調は彼女らしいのだが、言い知れぬ圧を感じるのは気のせいだろうか。


 だがなんにせよ、委員長が宗佐を信じていたのは事実だろう。

 元々王子役を宗佐に決めたのは彼女と女子生徒達だ。それに委員長は宗佐に惚れているのだから信頼は厚いはず。

 だがそれでも何か言いたいことがあるのか、委員長は言い淀みながら「でもね……」と小さく漏らした。


「でも、芝浦君が絡むとここぞって言うときに問題が起こるじゃない?」

「そうだな。今回も見事にこんな事になってるわけだし」

「だから私『もしかしたら今回の文化祭も何か起こるかもしれない』って思って、念のために対策を考えていたの」

「ほぉ、なるほど」


 思わず感心して頷いてしまう。

 良い判断だ。委員長が宗佐のことを見ているからこそ取れる判断とも言えるだろう。

 そしてそんな委員長の判断のかいあって、彼女の背後に構えるクラスメイト達は落ち着きを取り戻している。

 ……この状況で落ち着きすぎな気もするけど。


 ところで、どうして委員長は俺の腕を掴んだままなのだろうか。

 それどころか彼女だけでは足りないと更に一人が俺の腕を掴み、果てには腰にしがみついてくる者までいる。

 まるで俺を逃がすまいとしているみたいじゃないか。いや、まるで、ではないか。


 これはまずい。

 非常にまずい。


 ここまでくれば俺でも察しがつくと言うもので、先程から感じている嫌な予感が刻一刻と色濃くなっていく。試しにと軽く腕を動かすだけでもより強く掴まれてしまうのだ。

 まずい、なんていうものではない。俺の頭の中で警報が鳴り響く。


「委員長、その対策って言うのは……」

「もしも芝浦君に何かが起こったときの対策……。そう、『代理王子、再び』よ!」


 委員長の高らかな宣言を最後に、シン、と一瞬静まりかえった気がする。

 いや、正確に言うのなら完全には静まりきっておらず、体育館からは黄色い声が聞こえてきた。

 西園が舞台に立っているのだろう。彼女の付き人姿は世の男が揃って羨みそうなほど様になっており、見た女子が悉く瞳にハートを浮かばせていたのだ。そんな女子からの熱い声援に違いない。俺も一度で良いからこんな声援を受けてみたいもんだ……。


 と、一瞬だが現実逃避をしてしまった。

 だがすぐさま意識を取り戻し、改めて委員長に向き直る。

 先程彼女が口にした『代理王子、再び』なんて物騒な対策は、どう考えても……。


 俺が宗佐の代わりに舞台に上がるわけで……。


「いやだ! 断る! 冗談じゃない!」

「お願いよ敷島君、台詞もダンスも完璧に覚えてるんでしょ!」

「絶対に! 何がなんでも! 嫌だ!!」

「仕方ないわね……。みんな、敷島君を着替えさせて!」

「ちょっと待て!やめろ!」


 委員長の合図を切っ掛けに、一斉にクラスメイト達が俺に襲いかかってくる。


 無理矢理シャツを脱がされかけ、かと思えば上履きを剥ぎ取られ、足をブーツに突っ込まれる。さらに強引に櫛で髪を梳かれたかと思えば、あげくには顔面にファンデーションをぶちまけられる始末。

 このままでは不味いと俺も抵抗するわけだが、女子が数人混ざっているので力任せに手足を動かすわけにもいかない。

 宗佐ほど徹底してはいないが、俺だって女子には優しくしようと努めているのだ。

 いくら王子の代理を押しつけられていたとしても、彼女達に暴力は振るえない。……向こうはかなり強引にきているが。


 というわけで無理矢理ズボンを剥ぎ取ろうとしてくる馬鹿な男子数名を蹴り飛ばすぐらいしか出来ず、あれよと言う間に上半身を脱がされてしまった。

 これには危機感と共に羞恥心が沸き上がるのだが、そんなことも気にかけず準備を続けるクラスメイトの非情さといったらない。


 ところで女子生徒の諸君、仮にも目の前に半裸の男がいるんだから、もうちょっと恥じらいってもんをだな……。

 という文句を言おうとした瞬間、再び顔面にファンデーションをくらった。


「着替え班、きつくても無理矢理押し込んで。この際だから見える所だけ整えられれば良いわ!」

「止めろおまえら、ふざけんな!」

「誰か、照明と音響に主演が変わるって伝えてきて!」

「だから俺は代役なんて……! おい、だからズボンは止めろって!」


 ズボンまで脱がそうとする男子生徒の頭をひっぱたき、出来うる限りの抵抗を試みる。

 だが流石にこうもガッチリと押さえつけられてはまともに動けるわけがなく、ならばと助けを求めて顔を上げた。

 クラスメイトが全て敵になった今、それでもこの状況で俺に味方をしてくれそうなのは……。


「妹! 頼む助けてくれ……って、妹ぉ!?」


 そう、俺の唯一の希望と言える珊瑚が……、


 居ない!?


 どういうわけか先程まで居たはずの珊瑚の姿はなく、驚愕と絶望を綯い交ぜにした俺の胸中を察したのか委員長が申し訳なさそうに溜息を吐いた。

 ……罪悪感すら感じていそうな表情ではあるが、その割には考え直してくれる気配はない。


「敷島君、私達のためだと思って舞台に立ってちょうだい……。分かるでしょ、貴方しか頼れる人が居ないの」

「いやだ! 俺はそういう柄じゃないって言っただろ! それに俺が代役すれば済むってことは月見は戻ってきてるんだろ!? それなら宗佐の居場所を聞いてすぐに迎えに行けばいい! まだ間に合うはず!」

「ズボンの裾が足りないなら裾上げを戻すか布を継ぎ足して、袖は折ってる部分を戻して調節。シャツは全部止めないで、ベストから見える場所だけ止めておいて。えぇっとそれで……そうそう、こんな無理強いをするのは本当に心苦しいの、でも文化祭の為だから仕方ないのよ」

「心苦しい割にはテキパキ指示出してるよな!? あ、待て、本気でズボンを脱がすなって! わかった……わかったよ着替えるから脱がすな!!」


 覚悟を決めて叫べば、一瞬にしてクラスメイト達が離れていった。

 嬉しそうに微笑む委員長の表情と言ったらない。晴れやかで嬉しそうで、こんな状況じゃなければ彼女の笑みを可愛いと思えただろう。……この状況だと褒める気になんて全くならないのだが。


 有事の際を考える危機管理能力、そしていざという時に発揮される判断力。

 強引さ、話術、そして俺が同意するや再びてきぱきと指示を出し始めるこの手腕……。

 さすが委員長である。

 彼女を奥手で消極的と考え、桐生先輩と対立したらどうなるか……なんて案じていたのはどこのどいつだ。委員長ならば桐生先輩が相手だろうと対等に渡り合えるに違いない。


 おまけに、俺に衣装を手渡す際に一際眩い笑顔で、「引き受けてくれるって信じてたわ」とまで言ってのけるのだ。

 奥手で消極的な文学少女なんて存在しない……。少なくとも俺の周りには。


 だがそんな強引さを見せつつも、俺が衣装を手にする瞬間「お願いね」と小声で告げてきた。

 弱々しく乞うようなこの声に抗えるわけがない。


「俺と宗佐じゃ体格が違いすぎる。バレないようにフォローしてくれよ」


 そう返せば、了承と取ったのだろう委員長がパッと表情を明るくさせた。

 次いで誤魔化しのために照明を暗くするようにと指示を出し、それどころか大道具の位置変更まで伝える。

 その的確な指示も声色も普段の彼女らしく、それを聞いてクラスメイト達も方々に散っていく。



 覚悟を決めるか。

 そう自分に言い聞かせ、衣装を手に着替えスペースへと急いだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 妹って、こうなったらどうなっているか判るでしょう… 喜んで出いって、踊ってきなさい。千載一遇、というやつ。
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