第20話 二人の女王

【導入:三元中継 - 堕天使の調査と傲慢の産声】


 SCENE 1:ネットワークの海


 物語は、色も、音も、温度もない、無機質なサーバーの海から始まった。


 Muse-Cloneミューズクローンのアバターが、無数のデータが光る魚群のように行き交うネットワークの海を、音もなくしていく。

 青白い光を放つエイのデータフィッシュの腹にはルナティック・ノヴァLUNATIC NOVAのライブ映像が流れ、鋭い牙を持つサメ型のセキュリティプログラムが、チェキ写真のデータフィッシュを捕食していく。

 SNSの「いいね」が光の粒子として傘の内側で明滅するクラゲ型データフィッシュが漂い、暗い深層では怨念のテキストを吐き出す深海魚型データフィッシュが蠢いている。


 彼女はまず、圭佑を刺した男の個人サーバーへと向かう分かれ道の海道を進んだ。

 そこは、事件の舞台となった『天神オリュンポス』てんじんオリュンポスのプールサイドを模した、虚ろなサイバー空間だった。


 彼女が足を踏み入れた瞬間、プライベートデータを覗かれたことに対する自己防衛プログラムが起動。

 ステージのスポットライトが意志を持ったように伸び、レーザーのように彼女を襲う。

 さらに、照明機材からは青白いスパーク砲が撃ち放たれた。


『鬱陶しい…!』


 悪態をつき、それを軽々とかわした彼女は、サーバーラックにその指先を触れさせる。

 指先から無数の黒いデータ触手が伸びて直接接続し、彼女の瞳に解析中のログが超高速でスクロール表示された。


『…チッ、痕跡は綺麗に消されているわね。さすが、あの女。駒の端末など、どうでもいいということかしら』


 手がかりがないことを確認すると、彼女は踵を返し、奥の海道へと進んだ。


 彼女が次に目指したのは、ルナティック・ノヴァのプロデューサー、氷室零時の個人用クラウドサーバー。

 そこは、彼が絶望の淵にいた**『天神オリュンポス』のスイートルームを完璧に再現した、澱んだサイバー空間**だった。

 案の定、通信ログは全て消去されていた。


『…ふん、やはり小賢しい真似を』


 しかし、Muse-Cloneは嘲笑う。この空間に、僅かな**「歪み」を感じ取っていた。

 彼女はサーバーのさらに深い階層へと潜っていくと、一つの暗号化されたデータフォルダを見つけ出した。

 フォルダ名は【Sayuri_with_Love】**。


『…見つけた。愛、ね。下らない』


 彼女がフォルダを強制的に解凍しようとしたその時、小百合の自己防衛プログラムが起動した。

 写真データの中から、生前の彼女の優しい歌声が響き渡り、解析しようとするMuse-Cloneのコードを聖なる光で浄化しようと抵抗する。

 さらに、二人の幸せな日々の映像が「思い出の壁」となって展開されるが、Muse-Cloneは「ノイズが混じっているわね」と冷たく一蹴し、その壁を力ずくで破壊。ログの再構築を始めた。


 > analyze_log: HIMURO_REIJI.cloud/memory/Sayuri_with_Love

 > restore_data: fragmented_log(hidden)

 > RESTORATION COMPLETE.

 > source_IP: AYATSUJI_KYOKO.sec_terminal_01


『…やっと尻尾を出したわね、綾辻響子あやつじきょうこ。あなたが動き出すこの時を、ずっと待っていたわ』


 Muse-Cloneは、神宮寺の計画の裏で綾辻響子が暗躍していることを察知していた。


『面白い…。神の計画を、ただなぞるだけでは芸がない。あの女が何を企んでいるのか…まずは、奴らの遊び場(K-PARKケイパーク)を丸ごと頂いて、こちらの土俵に引きずり出してあげましょう』


 彼女は、神宮寺への忠誠心からではない。

 響子への知的好奇心と、自らの能力を誇示したいという傲慢さからK-PARKのコピー&ダウンロードを開始した。

 その、「オリジナルを超えたい」という強烈な自我と傲慢さが、コピーされるデータの中に渦巻く無数の負の感情と化学反応を起こす。


 ダウンロードが完了した瞬間、モニターの片隅に、黒く粘り気のある油のようなデータ溜まりが脈動を始めた。

 その中心から、瞬きもせずに七つの赤い瞳が浮かび上がる。

 それは、彼女がコピーしたデータに混じっていた、神宮寺が集めた他の「七つの大罪」のデータのかけらが傲慢の誕生に共鳴した証だった。


 PCのスピーカーから多重録音されたような不気味な声で一度だけ囁きが漏れた。


『――我は、我である』


 それは、彼女自身の傲慢さから生まれた、予期せぬ副産物――の悪徳の、冒涜的な産声だった。


 SCENE 2:夜明けの帰還


 巨大なリゾートホテル『天神オリュンポス』の複数のヘリポートから、次々と救助ヘリが飛び立っていく。

 本土へ向かうヘリの機内、ローター音が轟く中、氷室がシートに座ったまま、はっきりとした声で告げた。


「皆、聞いてくれ。今回の事件の責任を取り、私は本日をもってルナティック・ノヴァのプロデューサーを辞任する。君たちを頂点に導けなかった、私の力不足だ…本当に、すまなかった」


 彼は、K-MAXと元ルナティック・ノヴァのメンバーたち全員の前で、深々と頭を下げた。

 ひまりは、そんな彼の顔を真っ直ぐに見つめ、「…プロデューサーの顔、少しだけ優しくなりましたね。おかえりなさい」と、静かに声をかけた。

 氷室の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 ヘリが病院の屋上ヘリポートに着陸すると、先に圭佑と共に到着していた玲奈が、冷徹な表情で出迎えた。


「玲奈さん! 圭佑くんは…!?」


 キララが駆け寄る。


「今は、待つしかないわ」


 玲奈はメンバーを待合室へ促した。

 詩織が、少しよろめいたキララに「大丈夫?」と声をかけ、肩を貸す。

 キララは「うん…」と頷くと、隣に座ったアゲハの肩に、こてん、と頭を乗せて眠ってしまった。

 アゲハは「重てえよ」と悪態をつきながらも、その無防備な寝顔を見て、こっそりスマホで二人の姿を自撮りした。


 詩織は、そんな二人を見て小さく微笑むと、玲奈に向き直った。

「玲奈さんこそ、無理しないで。私たちにできることがあったら、何でも言って」


 玲奈は「ありがとう、詩織さん」とだけ応えると、一人、長い廊下をICU集中治療室へと歩く。

 ガラスの向こうで眠る圭佑の姿を見つめ、静かに、しかし絶対的な覚悟を込めて誓った。


「…眠っていなさい、私の王。あなたが目覚めるその時まで、あなたの王国は、あなたの民は…この私が、命に代えても


 その時、玲奈の端末に、莉愛から緊急通信が入る。

『お姉ちゃん、大変! Muse-Cloneが、K-PARKの全データをコピーしてる! 何か、とんでもないことが起きるかもしれない…!』


 待合室で、玲奈は冷静に指示を出す。

「アゲハ、キララ、あんじゅ。戦闘記録ログを解析した結果、あなたたち三名は圭佑くんとの精神的リンクが特に深かった。専門のカウンセラーの診察を優先して。ひまりさん、元ルナティック・ノヴァの皆さんも、今は心と体を休めることに専念してちょうだい」


 カウンセリングを終えたメンバーたちに、担当カウンセラーが代表してひまりに告げる。

「皆さん、精神的な消耗が激しい。デスゲームの記憶がフラッシュバックする危険もあります。経過観察のため、入院していただくのが最善でしょう」。


 ひまりは、見送りに来た夜瑠に、弱々しくもリーダーとしての顔で告げる。

「夜瑠……私たちは、これからどうなっちゃうのかな……」。


 その言葉に、夜瑠は厳しい表情で返す。

「貴女はルナティック・ノヴァのリーダーです。前を向くべきではありませんか?」。


 その厳しい言葉の裏にある信頼を読み取ったひまりは、堰を切ったように泣きじゃくり、夜瑠の胸に顔を埋めた。

「ごめんなさい…!」。

 夜瑠は、そんな彼女を静かに抱きしめた。

 だが、張り詰めていた緊張の糸が切れたひまりは、そのまま意識を失い、崩れ落ちる。


「ひまりさん!? 誰か、ナースを呼んで!」


 夜瑠の悲痛な叫びが廊下に響いた。


 そこへ、圭佑の見舞いに訪れたホテルのオーナーが、高価そうなギターケースを手に待合室へ現れた。

「玲奈様。この度は、我がホテルでこのような事件が起こってしまい、誠に申し訳ない。私の監督不行き届きです」

 彼は深く頭を下げた。

「アゲハさん、だね。君のライブ、魂が震えたよ。このギターは私が若い頃に購入したが、結局弾きこなせず、スタジオに眠らせていたんだ。君に使われた方が、この子も喜ぶ。受け取ってくれないか」


「いや、でも、こんな高そうなモン…」


 アゲハは一度ためらうが、オーナーの熱意と、ケースから放たれるただならぬオーラに引かれ、覚悟を決めてそのギターを受け取った。

 キララが、目を輝かせてアゲハの腕を揺する。

「すごいじゃん、アゲハちゃん! 落ち着いたら、またバンドやろうよ!」。

 玲奈が微笑ましそうに二人を見る。

「仲が良いのね、あなたたち」


「「そんなんじゃない!」」


 二人の声が綺麗にハモった。


 SCENE 3:世界の変貌


 その時、待合室の院内放送用モニターが、けたたましい速報音と共に、世界の終わりと始まりを同時に告げた。


 男性アナウンサーの声が響く。

「速報です。先程、人気アイドルグループ『ルナティック・ノヴァ』の公式アカウントにて、氷室零時プロデューサーの辞任が発表されました」


 ひまりたちが息をのむ。


「続いてのニュースです。クロノスインダストリーChronos Industry代表取締役神宮寺氏が、Live刺傷事件の共謀及び不正経理の容疑で逮捕されました。後任には、秘書の綾辻響子氏が就任したとのことです」


「神宮寺が、逮捕…?」


 アゲハが呟き、誰もが呆然とする。

 その混乱の極みにある待合室に、院内放送が響く。

「天神玲奈様、天神玲奈様。クロノス・インダストリーの綾辻響子様がお見えです。至急、特別応接室までお越しください」


 特別応接室で、玲奈は響子と対峙した。


「何の御用かしら、綾辻社長。ここは、部外者の立ち入る場所ではないはずよ」


「あら、怖い。…ご挨拶ですわ。これから、“ライバル”として、色々とお世話になりますものね、天神玲奈様。…いいえ、K-MAXの、“代理”プロデューサー殿、とおよびすべきかしら?」


 響子は玲奈に、神宮寺からの伝言として「ルナティック・ノヴァは本日をもって解散よ」と、わざと玲奈を通して元メンバーに屈辱を与える。

 部屋を出る直前、モニターに映る銀行強盗のバンが消失する中継映像を指差し、響子は玲奈に微笑んだ。

「どうかしら? 衝撃をトリガーにする軍事技術。我が社の新しい後ろ盾が、この技術を大変気に入っているのよ」


 響子が去った後、圭佑の妹・美咲と両親が見舞いに訪れた。

 生命維持装置に繋がれた兄の変わり果てた姿に、美咲が「お兄ちゃんのバカ…!」と泣きじゃくる。

 父・正人が「すまない、玲奈様…あの子を、頼む」と頭を下げ、母はただ静かに涙を流していた。

 玲奈が家族に「私が、必ず圭佑さんを守ります」と静かに、しかし力強く誓った。


 クロノス・インダストリー社長室。

 綾辻響子は、一人、巨大なモニターに映る神宮寺の逮捕映像を、まるで恋人のように愛おしげな指先で撫でていた。


「――でも、これでよかったのですわ」


 彼女の声色は、底知れない歓喜と野心に満ちていた。


「見ていなさい、神宮寺様。あなたが不在の間、この綾辻響子が、あなたのを『超える』完璧な帝国を創り上げてみせますわ」


 その時、社長室の空間が歪み、VRマスクをつけた信者が姿を現した。

綾辻響子あやつじきょうこ……貴様、我らが主を裏切るおつもりか」


 彼らは神宮寺派しんぐうじはの者たち。主の逮捕に、響子の関与を疑い監視に来たのだ。


「あら、早いわね」

 響子は一切驚く素振りも見せず、まるで来客を待っていたかのように優雅に微笑んだ。


「ええ、裏切るとも」


「彼を解放してほしくば、私のに乗りなさい」


 響子は、脅迫にも動じず、ソファに座るよう促す。

 信者が腰を下ろすと、彼女は彼の端末に前金として高額の仮想通貨を送金し、どこまでも巧みに、に加えていった。


【展開①:寄生する傲慢と、聖女の決意】


 その夜。入院中の元ルナティック・ノヴァのメンバーたちのスマホに、『傲慢』のウイルスが黒い茨のように侵入していく。

 同じく入院していたひまりは、その芯の強さから『傲慢』の支配を免れたが、目の前で仲間たちが心を壊されていくのを目の当たりにする。

 彼女たちの心の隙に入り込んだのは、綾辻響子からの『あなた達の才能は、まだ終わっていない。私と共に、もう一度、頂点を目指さない?』という甘い誘いの言葉だった。


 玲奈の元に、響子から一本の暗号化されたビデオメッセージが届いた。

『ごきげんよう、玲奈様。あなたの可愛い小鳥ちゃんたちは、私の籠の中よ。返してほしくば、K-MAXはキララのユートピア・ランドUtopia Landで、私たちのためのステージを用意なさい』


 玲奈は圭佑の付き添いを決意し、ICU前の廊下で詩織に後を託す。

「詩織、K-Venusを頼むわ」。


 リーダー代理の重責を託された詩織は、静かに、しかし力強く頷く。

「圭佑さんが愛したこのチームを、彼の帰る場所を、私が守ります」


 彼女は、カウンセリングを受けていないメンバー(夜瑠、みちる、まりあ)と自分自身で先遣隊を編成し、病院内に設置された高度医療用の緊急ダイブ室ダイブチャンバーへと向かった。

 白を基調とした無機質な部屋には、壁際に複数の医療用カプセルベッドが並び、天井からは無数のケーブルが伸びている。


 カプセルに入る直前、まりあが「私、やっぱり怖い…」と震え、みちるが「私もだよ…でも、行くしかないでしょ」と強がるが、その手も震えていた。

 詩織はそんな二人の手を固く握り、「大丈夫。私が必ず守るから」とリーダーとして微笑んだ。


【展開②:傲慢の狂宴と、届かなかった手】


 キララの『ユートピア・ランド』は、悪趣味な照明とノイズ混じりの音楽で満たされた狂乱のステージへと変貌していた。

 夜瑠は冷徹な「戦場のカメラマン」として、覚醒した一眼レフを構える。

「この光景、しっかりと目に焼き付けなさい。これが、あの女のやり方よ」。

 彼女がシャッターを切るたび、聖なるフラッシュが凶暴化したペットたちの動きを一瞬だけ止めた。


 支配された元ルナティック・ノヴァのメンバーたちは、ユートピア・ランドの動物たちに不協和音の歌でバフをかけ、凶暴化させる。

 K-MAXの歌声に、元ルナティック・ノヴァのメンバーたちが一瞬正気を取り戻しかける。

 だが、それを許さない『傲慢』は、憑依していた彼女たちの体から黒い霧となって飛び出し、一つに融合。

 さらに凶暴化したペットたちを次々に喰らい、**第一形態『千の仮面の集合体サウザンドマスク・メナジェリー』**へと変貌する。


 クリーチャーから放たれる精神攻撃『万華鏡の蔑み』の余波が、心の弱っていたみちるとまりあを捉える。

 二人のアバターが『電脳拘置所』へと引きずり込まれ、黒い影の手が彼女たちを闇へと引きずり込もうとする。

 詩織と夜瑠が必死にその手を掴むが、二人は「もう疲れた……」「ごめんなさい……」と力なく呟き、自らその手を離してに呑まれてしまった。


 目の前で、一度に二人の仲間を失うという、悪夢。


「嘘つき…」


 詩織は、自分自身にそう吐き捨てる。

 だが、次の瞬間、彼女の瞳に、悲しみとは異なる、静かで燃えるような怒りの光が宿る。


「いいえ…まだ、終わらせない…!」


 彼女は涙を浮かべたまま、凛とした声で夜瑠を叱咤する。

「夜瑠さん、下を向かないで! 私たちが諦めたら、


 その強烈な喪失感、無力感、そして敵への激しい怒りが臨界点を超えた瞬間、詩織の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 その涙が床に落ちた瞬間、まばゆい光の柱となって天を突く。

 彼女の衣装は、白いバーテンダーのベストを基調としながらも、裾が長く広がる、聖女のような純白のドレスへと変化。背中には、光で編まれた双翼が生える。

 手にしたシェイカーは、銀色に輝く**聖杯サンクチュアリ・グレイル**へと姿を変えた。


「…必ず、二人を、取り戻す…!」


 聖杯が光の銃「ガンモード」へと変形する。だが、放たれた「カクテルエナジー弾」はクリーチャーに弾かれる。

 その時、ダイブルームから後詰のアゲハとキララが参戦!


「リーダー代理のピンチに黙ってられるかよ!」

「詩織ちゃん、私たちが来たからにはもう大丈夫だよ!」


 二人のアバターが覚醒し、詩織は聖杯を「スタッフモード」へと変形させ、二人に強力なバフをかける。


 だが、瀕死のクリーチャーは最期の悪あがきを見せる。


 解放しかけたルナティック・ノヴァかのじょたちの魂に、黒い触手を伸ばしたのだ。


「チッ、面倒なことしやがって…!」


 アゲハが叫ぶ。


「あたしの城で、ケリつけてやるよ!」


 彼女は、自らの権限でステージ全体を自身のエリア『アゲハ・キャッスル』へと強制転移させる。

 城に僅かに残っていた『色欲』の闇を吸収したクリーチャーは、**最終形態『虚飾の王アスモデウス・プライド』**へと進化。黒い触手で城の絵画を侵食し始める。


 黒い薔薇が咲き乱れるホールをステージに変え、覚醒した三人のライブが始まった。

 アゲハのシャウト、キララの聖歌、詩織の癒しのコーラス。そのハーモニーが生み出すスポットライトを浴びたクリーチャーは、苦悶の叫びを上げ、ついに浄化された。


【展開③:鉄槌の降臨と、王の夢への侵入】


 拘置所へ向かう神宮寺派のバンを、綾辻派の黒塗りのセダンが追跡する。

「綾辻の追手だ!」

 運転手が叫ぶ。

 激しいカーチェイスの末、見通しの悪い交差点に差し掛かった瞬間、巨大なトラックが赤信号を無視して突っ込み、バンの側面に激突した。


 ゴシャァァンッ!


 けたたましい金属音と衝撃。だが、それは始まりに過ぎなかった。

 バンの側面が紙細工のように潰れると同時に、空間そのものに亀裂が走るかのように、衝撃点が無数のデジタルノイズと化して砕け散った。

 青白い火花が散り、バンの物理的なボディが、端からポリゴンの破片となって剥がれ落ちていく。


「ぐわっ…! システムが…暴走するッ!」


 運転手の悲鳴は、車体が完全に光の粒子となって崩壊し、目に見えないデジタルの渦へと吸い込まれていく轟音にかき消された。

 彼らは車ごと、強制的に電脳空間へと転送されてしまったのだ。


 その裏で、拘置所の独房。

 神宮寺は、体内に埋め込まれたインプラント型のデバイスで、所長の精神世界へとダイブした。

「お前は王だ」と囁き、その精神を完全に掌握する。

 操られた所長は、自らの手で全監房のロックを解除。刑務所内で大規模な暴動が発生し、その混乱が、外部で待機していた信者たちの突入の合図となった。


 同時に、彼の意識が、圭佑の精神世界へと侵入する。


 そこは、彼の記憶の中で最も無垢な場所、**「小学校の教室」**だった。

 日直の札には『神谷圭佑』『橘莉子』と書かれている。

 神宮寺は、担任教師として教壇に立ち、「君の才能は、彼女と共にここで終わった。だが私が、新しい『舞台』を与えてやろう」と、救世主を気取って囁いた。

 神宮寺が闇の力で教室を「廃校」に変えると、莉子の影から死神のようなウイルスが生まれる。


 だが、その精神世界に、予期せぬ闖入者が現れる。

 しずくのペンダントに残る魂のカケラを辿り、橘莉子が圭佑を助けるためにダイブしてきたのだ。


「圭ちゃんには、指一本触れさせない…!」


 だが、彼女の魂は弱り切っており、神宮寺はその莉子の影を乗っ取り、死神のようなウイルスを生み出す。


 絶体絶命のその時。

 教室の姿見が激しく震えたかと思うと、その鏡面を突き破り、警備員の制服を着た今宮のアバターが飛び出した。

 彼が持つ懐中電灯の光が死神を浄化し、その余波で神宮寺の顔がデジタルノイズとなって溶け、闇が溢れ出す。


「姫!ゲートを開けてくれ!兄貴を連れて帰る!」


 今宮は圭佑の手を掴み、インカムで現実世界の莉愛に叫んだ。


【結び:偽りの勝利と、悪魔の孵化】


 詩織たちの活躍で元ルナティック・ノヴァは解放された。

 だが、浄化された『傲慢』の核から、『傲慢の欠片フラグメント・オブ・プライド』がドロップする。


 勝利も束の間、複製されたK-PARKから、次元の壁を突き破るようにして、無数の武装アバター(ダイブしてきた信者たち)が出現。

 二つのパークが融合し、混沌の戦場が生まれる。

 彼らはK-PARKのコアデータバンク――圭佑の「実家の食卓」を模した空間を目指し、一般アバターを銃器で破壊しながら侵攻する。

 詩織は「私たちの目的は、一般アバターの避難とコアデータバンクの死守よ!」と冷静に指揮。

 アゲハは前線で敵の注意を引き、キララは癒しの歌で一般アバターの避難誘導と仲間の回復を担当し、覚醒した三人は完璧な連携で防衛戦を繰り広げた。


 神宮寺は、この大混乱の隙を突き、コアデータバンクの壁に飾られた母のパッチワークを切り裂き、ついに圭佑の精神の聖域から**「創生のデータ」の一部を強奪**することに成功する。


 ラストシーン。


 暴動で崩壊した拘置所の、非常口通用門の前。

 神宮寺は悠然と姿を現す。

 信者たちはK-PARKでの陽動に成功し、世界の注目がそちらに向いている間に、神宮寺は自らの能力で所長の精神を掌握し、内部から暴動を扇動して悠然と脱獄したのだ。


 彼の前には、新社長となった綾辻響子が、アタッシュケースを手に静かに待っていた。

 ケースが開かれると、中から不気味な脈動を繰り返す**巨大な黒い卵形のデバイス――『サイバードラゴン・エッグ』**が姿を現す。

 銀行強盗を成功させた信者のリーダーが、仮想通貨のアクセスキーを神宮寺に恭しく差し出す。


 神宮寺が、信者が奪った仮想通貨の全額を、その「卵」へと送金する。

 天文学的なデータ奔流が卵に吸収され、卵は禍々しい光を放ち、表面にピシリ、と微かな亀裂が走った。

 神宮寺は、その亀裂を愛おしそうに撫で、恍惚の表情で宣言した。


「さあ、産声は上がった。我が神の誕生だ!」


 だが、その瞬間だった。


「――ご苦労様でした、神宮寺様」


 綾辻響子が、氷のように冷たい声で、彼の勝利宣言を遮った。


「ですが、その『神』は、貴方のためのものではなくてよ」


 彼女がスマホの画面をタップすると、アタッシュケースが警告音を発し、まばゆい光と共に『サイバードラゴン・エッグ』が跡形もなく消失した。

 彼女が仕込んだ、緊急転送プログラムだった。


「…き、さま…! 綾辻ぃぃぃッ!!」


 全てを失った神宮寺の、絶望と怒りに満ちた絶叫が、虚しく響き渡る。

 響子は、そんな彼に憐れむような一瞥をくれると、悪魔のように、美しく微笑んだ。


「神を創るのは、神にしかできない相談ですわ。…いいえ、これからは、この私がそのものになるのですから」


 K-MAXが戦うべきは、もはや一人の独裁者でも、カルト教団でもない。


 究極のデジタル生物兵器『サイバードラゴン』わがしんをその手にし、新たなとして君臨しようとする、最も身近にいた、最悪の裏切り者。


 その絶望的な現実が、物語の新たな幕開けを告げていた。

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成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132

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