鹿が轢かれるのを待って
人生から逃げ続けて、ここまで来た。例えば、人生の始めの方に思い描いた人生像があって、それを目指し続けることが正しい生き方だとしたら、僕の人生は最初から最後まで全部間違っているんじゃないかと思う。もちろん、人生に正しいとか間違っているとかそういうことはない、と考える向きもあるとは思うのだけれど、幼少期にかけられた「最後まで粘り強く頑張る」というあの呪いはずっと長く尾を引くもので。
いつも、自分は頑張れていないと感じていた。何をやっていても、自分は力をちゃんと出していない、怠けている、そんな気がした。今日こそはちゃんとやろうと思って、「ちゃんと」やれたことなんて果たして一回だってあっただろうか。毎日、「今日はだめだった」と後悔している気がする。たぶん、今もけっこう。
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購入者のコメント
2借金玉さんの文章を読んでいると、鬱の時の焦燥感と逃げたいという甘い誘惑と、頭の芯が痺れて動けないような感覚を思い出しました。
確かに他責で逃げ切れるほど世の中甘くないけど、時には逃げるのも有りだなと思いました。
序盤の文章から、鹿が轢かれるのを待って〜にどう繋がっていくのかな? と気になり購入しました。こんなふうに繋いでいくんだ〜と勉強になったのと、借金玉さんの文体というか文章が好きです。事象→心象→結末までスムーズに読み終えました。そこに繋げていくのには相当書きこんで、努力されてきたんじゃないかなと思っています。