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【感想】NHK 歴史探偵「放送100年スペシャル 後藤新平の大風呂敷」を視聴しました

2025年3月26日(水)22:00~23:00 歴史探偵「放送100年スペシャル 後藤新平の大風呂敷」を視聴しました。

<NHKのあらすじ>
ラジオ放送開始100年のスペシャル調査。
東京放送局初代総裁・後藤新平を特集する。
大風呂敷の異名を持つ後藤が放送に託した思いとは!?
佐久間宣行さんたちとひもとく。

■プロローグ

●スタジオで
今日のテーマは、後藤新平です。
佐藤所長「放送100年のテーマにピッタリの人物です」
最初の演説を行ったのが、東京放送局初代総裁・後藤新平です。
ゲストは、テレビプロデューサーの佐久間宣行さん、タレントのトラウデン直美さん
佐久間さん「復興とか台湾で学んでいて、放送の祖という印象がないです」
トラウデン直美さん「コロナパンデミックのときに後藤新平を初めて知りました」
多くのプロジェクトを成しますが、検疫事業、台湾、鉄道、震災復興が知られています。
後藤を象徴するような言葉が、「大風呂敷」
後藤新平、どんな人物だったのか?

■後藤新平 どんな人物だったのか

●NHK放送博物館
・川村誠さん
100年前のスタジオを再現した、椅子と机、マイクだけの簡素なものでした。
氷の柱を再現しています。機材の熱で室温が急上昇、氷を置くことでしのいだそうです。
1925年3月22日、日本で初めてのラジオ放送が始まりました。

●後藤新平のルーツ
記念館(岩手県奥州市)
大谷翔平選手の地元でもあります。
・中村淑子さん
後藤のルーツ、学生時代のノート、「解剖」の文字があります。
ノートの中には、頭蓋、骨、骨膜など、後藤が書き写した医学書でした。
中村さん「後藤の仕事の原点は医者から始まっています」
1882年4月6日、自由民権運動のリーダー・坂垣退助が暴漢に襲われたとき駆けつけたのが後藤新平でした。
国がよりよく生きるためには何が必要かと板垣に問われた後藤は、人間は生理学が基礎と述べました。
生理学とは、生物の過仇の構造や仕組みを究明する学問です。
後藤はそれを人間ではなく国家に当てはめました。
衛生環境が整えば多くの国民を救うことができると考えたのです。
後藤「私は人体を治療する医者よりむしろ国家を治療する医者でありたい」
13年後、日清戦争で大きな問題が。

●24万人の検疫
コレラが中国大陸で発生し、24万人が帰国すればコレラの感染爆発・パンデミックの危機が訪れます。
最先端の衛生学を学んだその名が知られた存在でした。
陸軍次官・児玉源太郎から命じられたのは、検疫伝染病を水際で防ぐ対策です。
24万人の兵士すべてを調べ尽くす検疫でした。
3か所(桜島・似鳥・彦島)の検疫所に兵士を集め検査する、予算1兆円が使われることになりました。

●似島(広島県)
・山内一信さん(名古屋大学)
検疫所に入るための桟橋です。
検疫所の入口で、後藤はあるルールを設けます。
山内さん「症状のある兵士とない兵士のルートを分けていました」
もく浴の施設とボイラーの施設があって、最新鋭の消毒機で消毒していました。
さらに、兵士は無症状でも最大9日間留め置かれました。
山内さん「今のように、発熱外来とそれ以外、水際対策が当時行われていました」
検疫をすり抜けたのコレラ患者はわずか37人、未然に防がれたのです。

●スタジオで
佐久間さん「今とほぼ同じことを一人の人物が行ったすごいことです」
もう一人のゲスト伏見岳人さん(東北大学)
「ドイツに留学し感染学を研究していて、国勢調査につながる調査も勉強していました」
「後藤はそこを結びつけて新しいプロジェクトとしてまとめていました」
住民の不安解消のために後藤は何をしたの?
正解は見学会を開き、デモンストレーションをして見学してもらいました
1898年 台湾統治に関わる
1906年 南満州鉄道初代総裁
1908年 逓信大臣
1920年 東京市長

■関東大震災

●内務大臣・後藤新平
1923年9月1日、東京は大災害に襲われます、関東大震災です。
死者行方不明数10万人、帝都は壊滅しました。
翌日新しい内閣が発足します。
蝋燭の火に後藤新平の姿がありました。
山本権兵衛は内務大臣に後藤を任命しました。
「元通りにするのではなく新しい東京を作ります」
「復旧にとどまらず復興を企画すべし」
復興予算は13億円、当時の国家予算に匹敵する規模です。

●後藤の大風呂敷
市政会館へ
・伏見岳人さん
2年前に発見された古い封筒の表紙に後藤の文字、幻の資料です。
中には、大量の線が書き込まれています。
青い線が、復興のポイントでした。
クイズ:Q:青い線はいったいなんでしょう?
正解は地下鉄です。
赤い線は震災前からあった鉄道の路線、そこに青い線で地下鉄を張り巡らせようとしました。
通勤ラッシュを緩和しようと考えたのです。

●碁盤の目の東京駅
東京駅はターミナルステーション・心臓の役割。
心臓と血管を整えて循環させる、国の病を治す後藤ならではのアイデアです。
更に、道路の建設や拡張、公園の整備などを打ち出していきます。
しかし、高橋是清、伊東巳代治等から厳しい批判にさらされます。
「後藤の計画は理想に偏ったものだ、震災にあった人たちを虐待する復興である」
「100年先のことを考えてください。必ず東京市民も得をします」
今を重視する人にとって受け入れがたいものでした。

●後藤の大風呂敷の行方
昭和通りへ
後藤は幅72mの巨大道路を築こうとします。
実際の道幅は実際に測ると39.8mで、復興計画には遠く及びません。
規模を縮小するなかで40m、予算は5億円以下に縮小されました。
大幅に形を変えることになったのです。

●スタジオで
佐久間さん「復旧に対する考えもわかるし、生活自体を考えていく復興も大事です」
今に残る後藤の復興計画、昭和通り、靖国通り、今も大動脈として活躍しています。
更に、鉄製の橋で再建されたのが永代橋。
隅田公園は災害時の避難場所として整備されたものです。
帝都復興の意義について国民の理解を十分に得られなかった、と後藤は述べています。
伏見さん「情報を国民に伝えていく手段としてラジオ放送に関わっていく流れでした」
関東大震災とラジオ放送、もうひとつの出来事が起きていました。

■関東大震災直後の事件

●待罪書
後藤新平記念館へ
大正12年11月「待罪書」自分の罪に処罰を求める、後藤が天皇に出した文書です。
「目の前に広がる惨害を朝鮮人の仕業だと考えるものがあった。無実の民でありながら殺傷されてしまった者が少なくない」
自警団を結成、朝鮮人などへの暴行や殺人事件が起きたのです。
「流言飛語、盛んにおこなわれ」流言飛語とは、口伝いで拡散する根拠があやふやなことを指します。
流言飛語の事例がまとめられています。
警視庁『大正大震火災誌』
「社会主義者と朝鮮人の放火多し」
「井戸に毒薬を投入。朝鮮人数百名が襲いかかってくる」
なぜこのような流言飛語が拡散したのか?

●なぜ流言飛語が拡散したのか?
・佐藤健二さん(東京大学)
流言飛語は、異常事態発生しやすいといいます。
佐藤さん「原因や理由のわからないことを理解しようとする現象と捉えることは重要です」
異常事態や不可解なことが起こると人々は活発なコミュニケーションを図ります。
そうした中で情報が入り乱れ流言飛語が拡散していくのです。
朝鮮人の放火の流言飛語、関東大震災では突然の火の手が上がったり爆発が相次ぎました。
それの原因が朝鮮人の仕業と結びつけられてしまいました。
9月1日の朝刊です。
朝鮮人が警察の取り調べられを受けたという火災と関係ない記事です。
不可解な状況を説明する材料になったといいます。
政府は何をしていたのか?

●政府の対応
内務省の通達では、震災を利用して朝鮮人が各地に放火している。
行動に対しては厳密なる取締を加えるよう。
震災の2日後、警視庁はビラを配りはじめます。
しかし、数日間、朝鮮人への暴行事件が続き、231人の朝鮮人が亡くなりました。
同じ事態を起こさないよう、政府は大宣伝の実施が必要である、と方針を示しました。
有事の際の手助けになると考えたのです。
ラジオの機運が一気に高まります。
佐藤さん「多くの人に瞬時にラジオで届けることは魅力的に見えたのは確かです」
1924年日本初のラジオ局東京放送局が誕生、初代総裁に任命されたのが後藤新平だったのです。

●スタジオで
佐久間さん「SNSと相性が良すぎるんです。メディアそれぞれがそれぞれを信じている状態です」
佐藤所長「ラジオがあったら流言飛語が無くなるのかという思いがあります」
後藤は「最も必要なのは放送を出す側受ける側双方が倫理観念を持つことだ」と述べています。
最後の大風呂敷へ

■最後の大風呂敷

●ラジオ放送初日の様子
NHK放送博物館へ
簡素なスタジオには理由があるといいます。
社屋ができておらず、都内の学校を間借り、なんとか放送当日に間に合わせました。
1925年3月22日ラジオ放送開始
日本初のアナウンサー・京田武雄「JOAK,JOAK、こちらは東京放送局であります」
そして、後藤新平がマイクで話します。
放送の機能とは、文化の機会均等、家庭生活の革新、教育の社会化、経済機能の敏活であります。
しかし、乗り越えなければならない壁がありました。
どれだけの人数に届いたか、早急に手を打たなければならない。
後藤たちの懸念とは?

●ラジオ放送での懸念
・村上聖一さん
常務理事・新名直和の証言テープです。
放送開始当時の状況が記録されていました。
「まだ加入者も寥寥たるもの、銀行も金を貸してくれない」
ラジオ放送を聴くことができたのは3500人、放送の意義が十分に伝わってなかったのです。

●最後の大風呂敷
放送の原点へ
・各務俊広さん
大風呂敷に迫るヒントがラジオです。
放送時刻表、いわゆる番組表が貼ってあります。
後藤たちが取り組んだのが魅力あるコンテンツ作りでした。
英語講座、料理献立、子どもの時間、株式・商品、そして、歌舞伎の放送です。
演目は「桐一葉」淀殿が家康の恨み節をはくシーン。
当時はすべて生放送でした。
さらに受信機の普及にも取り組みます。
新名直和の証言「ラジオ組み立て方法を伝授したのです」
各地に職員を派遣し、ラジオの作り方を教えていました。
20万人を突破ラジオの時代が到来します。
4年後、後藤新平は71歳で生涯を閉じました。

●スタジオで
佐久間さん「最後まで現役、最後まで挑戦」
トラウデン直美さん「ラジオが後藤の集大成」
伏見さん「自治、自分をマネージして運営していくそれが人間としての基本と言い続けた」
佐藤所長「今、大事、自治って、自分で考えて自分の頭でたくさん情報がある故に」
<ラジオ放送の歩み>
・1925年ラジオ放送開始
・1934年室戸台風 臨時の番組編成が組まれ災害報道が行われる
・1945年終戦
・1953年テレビ放送開始 戦後の経済復興にあわせテレビが急速に普及していく
・1960年カラーテレビ放送開始

メディアの形どんな事が必要ですか?
佐久間さん「それぞれの信頼が揺らいでいる状態でお互い傷つけ合う時代」
「疑問と不安を持ったうえで信頼を構築することが大事」
トラウデン直美さん「結局使い方、考え方が違う人を遠ざけちゃいけない」

ーーーおわりーーー

次回は「吉田松陰の教育力」4月1日(水)22時放送です。

■感想

NHKの番宣でした(笑)
とはいえ、後藤新平の歴史が詳しく学べて良かったです。
朝鮮人暴動事件は、いろいろ情報が錯綜していて当時の状況が不明確になっています。
おそらく真実や暴動はあったのでしょうが、政府は治安維持の観点から鎮圧優先で動いたとみています。
ここで話題にするのは突拍子もないなあと思っていたのですが、最近の韓国芸能人大量出演のNHKとしては、入れたかったんでしょうね。
流言飛語であり、後藤も謝っているんだぞと主張しています。
このあたりが、現在のNHKを象徴しているようで、なんとも信用できないことなのです。
様々なことにおいてSNSで事実が明らかになり、嘘をついていたことがバレて、最近はSNS叩きに奔走しているのが痛々しいです。
オールドメディアといわれて信頼を失いつつあるNHKさん、頑張ってほしいものです(笑)

日本古代史に興味ありませんか?
電子書籍を出版していますので、ぜひ読んでみてください。


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